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株式会社インフラコモンズ代表取締役の今泉大輔が、現在進行形で取り組んでいるコンシューマ向けITサービス、バイオマス燃料取引の他、これまで関わってきたデータ経営、海外起業、イノベーション、再エネなどの話題について書いて行きます。

政策が固まった経緯 - 日本政府のパッケージ型インフラ輸出政策のまとめ(中)

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今日は、政府のパッケージ型インフラ輸出政策ができあがってきた経緯を見てみたいと思います。

■第1回パッケージ型インフラ海外展開推進実務担当者会議で共有された政策のひな形

2010年4月6日に、内閣府が主導してパッケージ型インフラ海外展開推進実務担当者会議が開催されました。出席者には「仙谷由人国家戦略担当大臣、古川元久国家戦略室長、関係各省実務担当者(外務省、財務省、経済産業省、国土交通省、内閣官房) 」とあり、議事録の内容も合わせると、仙谷前国家戦略担当大臣ないし古川前国家戦略室長のリーダーシップによって実現した会合であることがわかります。この時配布された経産省作成の資料「インフラ関連産業の海外展開のための総合戦略(案)~システムで稼ぐ~」 をよく読むと、現在日本が持っている課題と解決の方向性が理解できます。
結論から言うと、パッケージ型インフラ輸出政策は両氏のリーダーシップの下で経産省が詳細案を作成し、関連各省が率先して協力を行って具体化したもののように思われます。

この日配布された資料では、政府が取り組むべき施策案として次のものが挙げられています。

 a. 金融支援の強化として、国際協力銀行(JBIC)による先進国向け投資金融の対象の拡充
 b. 同、日本貿易保険(NEXI)による事業リスク填補範囲の拡大
 c. 同、年金基金・機関投資家によるインフラファンドの設立・投資支援
 d. 各国の計画策定段階からの協力と戦略的マッチング
 e. トップ外交の推進
 f. オールジャパンの体制構築

いずれも日本の企業が海外のインフラ案件を獲得していく際に大きな意味を持つものであるため、補足説明をします。

a.については、対外経済政策を担う政策金融機関であるJBICの投融資範囲が、従来は資源案件を除いて、開発途上国向けに限られていたということがありました。これでは米国の高速鉄道のような先進国のインフラ案件で、日本企業がJBICから投融資を受けたいと思ってもできません。そこで先進国で展開する可能性のあるインフラ事業領域においても、JBICが投融資できるように政令を変えるということを意味しています。2010年春〜11月にかけてこの対応が行われています

b.については、経産省系で貿易保険を提供している独立行政法人NEXIにおいて、海外のインフラ事業が被る可能性のあるいわゆる「ポリティカルリスク」について、民間保険会社ではカバーしにくい状況があったものを、公的貿易保険として積極的に付保して行こうというものです。

c.については、インフラファンドについて少しご説明する必要があります。膨大な資金を必要とするインフラ事業においては、受託した民間企業側はその資金をインフラ事業を行うことになる特別目的会社に対する出資(投資)、および複数銀行によるプロジェクトファイナンスによって得ます。自前の出資を除けば、多くの場合出資元になるのは、インフラ専門に投資するいわゆるインフラファンドと呼ばれるファンドです。欧米では多数のファンドがありますが、日本で組成されたものは1つもありません。そこで日本企業が行うインフラ事業に積極的に投資する日本製のインフラファンドを、日本の年金基金や機関投資家の参画によって作ろうというのがc.の狙うところです。
現実問題として、海外でのインフラ事業を日本企業が受注する際には、必ずと言っていいぐらい膨大な初期投資のファイナンシングが課題となります。自前の出資と銀行によるプロジェクトファイナンスだけでは不足するため、別な筋の資金を仰ぐ必要があります。その際にコミュニケーションがしやすい同じ国のインフラファンドがあれば、受注企業は助かるわけです。インフラへの投資は、株式投資や債券投資とは異なるリターン特性、リスク特性があり、長期運用を目的とする年金には適していると言われています。欧米の場合、インフラファンドへの資金の出し手は年金基金が多くなっています。

d.については、どの国においてもインフラ案件は、政府内において長期計画の中で具体化してくるということがあり、案件が競争入札として公開された段階から参画するよりも、計画策定段階からパイプを作っておいた方が受注には有利という事情があります。このため、大規模かつ長期の計画の策定そのものを日本政府が主導する、ないしは、常時インフラ案件に関する情報が入手しやすい体制を日本政府が作っておく必要があるということです。

e.について。最近では政府首脳が経済界のリーダーを多数引率して相手国に行き、そこで大型商談を多数まとめるというケースがよく見られます。また、フランスや韓国の大統領が原発などの大型案件の受注で積極的に動き、成約に至ったというケースもあります。インフラ案件は事の性格上、発注者が一つの国の政府であるため、受注する側の国の首脳がトップセールスを行うことには非常に大きな意味があります。その部分を日本としてももっと積極的にやっていこうということです。

f.については、次のような事情があります。原子力発電所の受注であれば、フランスの政府系原子力専門企業であるアレバ、高速鉄道の受注であれば同じくフランスのメーカー、アルストムが圧倒的な存在感を持っています。国対国のセールスということになると、フランス政府は原子力ならアレバ1社を、高速鉄道ならアルストム1社を押せばいいわけです。一方、日本を見ると、原子力分野にも高速鉄道分野にも有力企業が複数存在しています。場合によっては日本企業同士で同一案件を競り合うということになりかねません。そこで政府と民間企業とがオールジャパン体制を組み、力を集約して受注に当たろうということを意味しています。

以上が、長くなりましたが、4月6日のパッケージ型インフラ海外展開推進実務担当者会議で配布された資料の施策案の補足説明でした。

■インフラ輸出は「産業構造ビジョン2010」の戦略産業分野の1つに

2010年4月13日にも内閣府によるパッケージ型インフラ海外展開推進実務担当者会が開催され、三菱東京UJF銀行のプロジェクトファイナンス担当者に対するヒアリングが行われています。上で少し述べましたが、インフラ案件が成約するか否かはファイナンスにかかっているとも言え、海外インフラ案件におけるプロジェクトファイナンスに関わる課題を理解することは重要です。この時配布された資料でその関連の課題をかいま見ることができます。

2010年6月3日には、経産省の産業競争力部会が「産業構造ビジョン2010」を発表しました。非常に密度の高い提言書となっています。サブタイトルには「日本は、何で稼ぎ、雇用していくのか」とあり、経産省の意気込みが窺えます。

この「産業構造ビジョン2010」の冒頭に付された直嶋元大臣のメッセージには、かなり心に響くフレーズがあります。

近年、日本の産業は、付加価値拡大の多くを、自動車等の特定のグローバル製造業に依存してきたのは事実です。しかしながら、実は日本の輸出比率は国際的には低い水準にあります。これは、特定の企業以外の多くの企業は、世界の成長市場と直接つながっていないことを示しています。グローバル製造業に極度に成長を依存している日本とドイツは、労働生産性が大きく改善しても、賃金水準はこの20年間殆ど向上していません。これは、特定のグローバル製造業に依存した成長モデルは、新興国との賃金競争に直面して、なかなか賃金があがらないこと を示唆しています。日本全体の付加価値をあげていくためには、特定のグローバル製造業以外の産業が、成長市場につながっていく必要があります。つまり、産業構造そのものの変革が必要なのです。

全体的に平易なものの言いのなかで、産業構造そのものの変革が必要だと、真正面から言っています。このビジョンの中で、今後の戦略産業分野としてインフラ輸出を含む5つの分野が挙げられています。

 (1)インフラ関連/システム輸出(原子力、水、鉄道等)
 (2)環境・エネルギー課題解決産業(スマートコミュニティ,次世代自動車等)
 (3)文化産業立国(ファッション、コンテンツ、食、観光等)
 (4)医療・介護・健康・子育てサービス
 (5)先端分野(ロボット、宇宙等)

これらは、アジアの中間層の所得が向上するにつれて市場が拡大する分野、二酸化炭素の排出削減に効果のある分野、少子高齢化により市場拡大が見込める分野のいずれか、という尺度で選定されています。これら5分野に注力することにより、2020年までに149兆円の市場を創出し、258万人の雇用増を目指すというのが、このビジョンの眼目です。インフラ輸出はその中で、市場面でも雇用面でも1割弱を担うことが期待されています。

このビジョンでは、インフラ輸出が戦略産業分野の1つであると謳われただけで、具体的な施策は、パッケージ型インフラ海外展開推進実務担当者会で共有された資料の中にあるものということになります。

■インフラ輸出支援対象の11分野が固まる

2010年6月18日には、パッケージ型インフラ海外展開推進実務担当者会議の中間とりまとめが公表されました。 上で見てきた資料はPPTベースでしたが、こちらはテキストであり前後の文脈が取りやすい内容となっています。

経産省は2010年8月5日に産業構造審議会貿易経済協力分科会において第1回インフラ・システム輸出部会を開催し、これまで内閣府のパッケージ型インフラ海外展開推進実務担当者会議で使われてきた「インフラ関連産業の海外展開のための総合戦略(案)~システムで稼ぐ~」の最終版を用いて、経産省としての合意を固めたようです。

インフラ輸出の対象分野として4月6日のバージョンでは、

 1.水分野
 2.石炭火力発電分野
 3.送配電分野
 4.原子力分野
 5.鉄道分野
 6.廃棄物処理・リサイクル分野
 7.宇宙産業分野

の7分野が挙がっていましたが、8月5日のバージョンでは

 1.水
 2.石炭火力発電・石炭ガス化プラント
 3.送配電
 4.原子力
 5.鉄道
 6.リサイクル
 7.宇宙産業
 8.スマートグリッド・スマートコミュニティ
 9.再生可能エネルギー(太陽光・太陽熱・地熱・風力)
 10.情報通信
 11.都市開発・工業団地

と、8.スマートグリッド・スマートコミュニティ以下4分野が加わっています。個々の分野における戦略概要については、こちらにある資料でお確かめください。
ここまでが霞ヶ関における関係各省の合意形成です。これから先が政府閣僚に対する合意形成ということになります。

■パッケージ型インフラ海外展開関係大臣会合での決定事項

2010年9月9日には、新成長戦略実現会議の第1回会合が官邸で開かれ、菅首相は「パッケージ型インフラの海外展開」を指示。仙谷官房長官が議長、総務、外務、財務、経済産業、国土交通、環境、国家戦略担当の各大臣による関係大臣会合の開催が決定したと報道されています

2010年9月28日にその「パッケージ型インフラ海外展開関係大臣会合」の第1回が開催されます。この時配布された資料で特に注目すべき点としては、以下があります。

●重点プロジェクトの考え方
以下の条件を満たすプロジェクトを重点プロジェクトとし、政府として積極的に支援する。
 - 大型案件であり、我が国への波及効果(特に経済・雇用面) が高い
 – 今後の類似案件への波及効果が見込まれるもの
 – 国際標準作り等において重要な契機となるもの
 – 我が国に強みがあり、国際競争に勝ち抜ける潜在力があるもの

●重点分野は3分野
当面は、入札等の動きがあり、将来性が高いと見込まれる「原子力発電」「高速鉄道・都市鉄道」「水」等を重点分野とする。

●インフラプロジェクト専門官の指名
(この後、外務省が主要な国における日本大使館に派遣した)「インフラプロジェクト専門官」の役割について、海外ネットワーク機能の強化、情報収集・集約の強化を図るものとしている。(補足:海外インフラ案件では上述のように案件が各国政府内部における中長期計画の一環としてできあがってくるため、初期段階から情報を得てパイプライン作りができる情報リエゾンが必要ということ)

●関連政府機関の機能強化
 ー JBICの先進国向け融資金融対象の拡充
 ー NEXIの輸出補償保険の填補範囲の拡大
 - JICAの海外投融資再開に向けた制度整備
 - JETRO、NEDOの機能活用

この後、10月6日から今年1月21日に至るまでおおよそ月2回のペースで会合が持たれ、非常に速いペースで情報共有と意思決定が行われています。各回で情報共有が行われた分野は、「原子力発電」「ベトナム」「鉄道」「水」「石炭火力発電」となっています。

2010年12月10日の会合では、個別分野ではなく「横断的・構造的問題」が議題となっています。配布されたのは2ページの資料ですが、案件の形成に関わる実務的な課題、具体的には、案件の初期段階から関わる方策としてJICAの予算によるフィージビリティスタディ支援を強化、海外PPP案件では慣例となっている国際専門コンサルタントとの連携強化などが挙げられています。

同資料にあるうち、もっとも重要なのが、「関係政府機関のファイナンス面の機能強化」という項目です。
内閣府、経産省などはインフラ輸出振興に関してこの間ずっと企業のヒアリングを続けてきたものと見られ、インフラプロジェクトが大型化しており、かつ、事業期間が長期化している(例:20年等)ことから、民間企業が公的機関によるファイナンス機能の強化を要望しているということをつかんでいます。それに応じる方策として以下を記しています。

JBIC:
・ 機能強化(先進国向け輸出金融、短期つなぎ融資、国内企業向け投資金融の拡充、現地通貨対応強化等)
・ 機動性・専門性・対外交渉力強化を踏まえた組織の独立性確保
JICA:
・ リスク審査・管理体制を構築後、海外投融資の早期再開 (パイロット的な手法も考える)
NEXI:
・現地通貨対応、一定の民間融資における付保率の引き上げ等の機能強化

いくつか補足すれば、現地通貨対応というのは、海外インフラ事業では一般的に現地から得られる収入は現地通貨建てであるため、特に新興国の事業においては、本国への利益の移転に支障を来すことが多々あると言われています。為替リスクもありますし外国為替環境が未整備で多額の送金ができないケースもあるそうです。そうした部分はやはり公的金融機関に担ってほしいということのようです。

JBICの「組織の独立性確保」とは、先般の行政法人の改革によって、それまで独立した機関として営業していた国際協力銀行が民生分野への融資が主力の政策金融公庫の一部門となり、融資の意思決定などで機動性を発揮できなくなったという事情があることから、これを改めてJBICを独立した行政法人に戻そうというものです。

こうした課題や方策が共有された上で、12月10日のパッケージ型インフラ海外展開関係大臣会合では、上に見たようなJBIC、JICA、NEXIに関する「民間資金の補完機能として、関係政府機関のリスクテイク機能を拡大する」ことが決定事項となりました。これは前後する12月8日にも発表され、民主党の既定路線となっています。(蛇足ながら、このあたりの意思決定のスピードは非常に速く、横から見ていて清々しいものがありました。)

■経産省の真成長戦略実現2011における前年の振り返り

年が明けて2011年1月25日には経産省による「新成長戦略実現2011」が閣議決定され、パッケージ型インフラ海外展開政策については、「2010年の主要な成果」ということで、振り返りがなされています。

6.パッケージ型インフラ海外展開
○推進枠組みの構築
・第1回新成長戦略実現会議における総理指示に従い、新成長戦略実現会議の下に パッケージ型インフラ海外展開関係大臣会合を設置し、56 の在外公館で「インフラプロジェクト専門官」を指名するなど当該施策を推進。
○受注支援推進機能強化策の実施
・10 月の日越首脳会談において、ベトナム原子力発電所第2サイト建設やレアアース開発のパートナーに日本が決定。
・政令改正により、JBICが行いうる先進国向け投資金融に都市鉄道・水等を追加。
・パッケージ型インフラ海外展開関係大臣会合において、JBIC の機能強化及び日本政策金融公庫からの分離、JICA の海外投融資の再開、NEXI による貿易保険の強化を内容とする、関係政府機関のファイナンス面での機能強化策の決定。

■補足など

長くなりましたが、パッケージ型インフラ輸出(パッケージ型インフラ海外展開)政策が固まってきた経緯を確認してみました。
流れの全体を見てみると、わずか半年程度の間に関連各省がうまく合意を形成して必要な施策をまとめ、政府での意思決定もスムーズに進んだと言えるのではないでしょうか。これにより、日本の企業が海外においてインフラ事業の競争入札に参加する際のハードルはかなり下がったと言うことができます。企業にとって最大の懸案であるファイナンス面に手当がついたのは朗報でしょう。

一方で、これからインフラ輸出に乗り出したいと考える企業は、どの省のどの窓口に行けば具体的な指針が得られるのかといった、インフラ輸出の”ニューフェース”への対応、育成という課題は残っているようにも思います。海外インフラ案件を複数手がけている総合商社の場合は、すでに固まった施策をフルに活用して、さらに受注案件を増やすことができる立場にありますが、案件情報を得るチャネルがまったくない企業はどうすればいいのか。インフラ輸出支援対象11分野には含まれているが、重点分野からはずれている業種は、今どのように動けばいいのか、といった課題があるわけです。そのへんについては次回に記してみたいと思います。

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