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株式会社インフラコモンズ代表取締役の今泉大輔が、現在進行形で取り組んでいるコンシューマ向けITサービス、バイオマス燃料取引の他、これまで関わってきたデータ経営、海外起業、イノベーション、再エネなどの話題について書いて行きます。

製品輸出ではなく投資事業 - 日本政府のパッケージ型インフラ輸出政策のまとめ(下)

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今回の政策の恩恵を受けるのはどのような企業なのかということについて、しばらく考えていました。

■ほとんどの企業はすぐに競争入札に動けない

商社や一部のプラント会社のように、海外ですでに、発電、造水発電、水といった分野のインフラ事業を展開している企業であれば、今回の政策の恩恵をフルに受けることができると思います。具体的には、国際協力銀行(JBIC)が取り仕切るファイナンスの面で、日本貿易保険(NEXI)が付けるポリティカルリスクなどの保険の面でです。

これらの企業はすでに自前で案件が取れる情報チャネルを各国政府との間に持っています。早い段階から情報を得て、プロジェクトの準備を始め、複数の銀行とプロジェクトファイナンスの枠組みを整え、SPCの設立の手はずも整えて、競争入札に臨む。打ち出した価格やその他の条件に競争力があれば落札となります。そして、設備が完成し、20年といった長期間にわたるインフラ運営事業が始まります。
ファイナンスの枠組みを整える際に、政策で補強されたJBICとNEXIの下支えがあれば、商社が取るリスクは緩和されます。結果として、より多く案件で競争入札に参加することができるようになり、落札の機会も増えると思われます。

一方でほとんどの企業は、各大使館に派遣されたインフラプロジェクト専門官から案件の情報が伝えられたとしても、おいそれと競争入札に動けないのではないでしょうか。

政策的な手当としては、案件組成への支援はある、ファイナンスの支援はある、ポリティカルリスクなどへ手当する保険の手当はある、競争入札に勝ちやすいように日本政府のトップセールスによる応援もある。よいことだらけなのです。
しかし、競争入札に勝って長期にわたるインフラ事業を営むには、企業側に超えなければいけない壁があります。社内の利益相反です。どういうことか見てみましょう。

■メーカーの内部で起こる可能性がある利益相反

インフラ事業は膨大な初期投資を必要とするため、どうしても事業の性格は「投資」の側面が大きくなります。ある割合まではプロジェクトファイナンスの融資およびインフラファンドなどの投資(出資)が期待できるとしても、自前の資金を出さないインフラ事業はありません。

この投資はリターンの源泉を事業が生むキャッシュフローに負っています。エンドユーザーないしオフテイカー(売電事業における卸先電力会社等)から上がる売上から人件費、メンテナンス費、減価償却費などを引いて利益が出たものに、減価償却費を足し戻してキャッシュフローが得られます(注:簡略化しています)。このキャッシュフローから、プロジェクトファイナンスの貸し手に返済が行われ、インフラファンドなどの投資家に配当が支払われ、その残りが事業当事者のその年度におけるリターンとなります(注:同上)。
このリターンが年率1ケタ台前半といった低率であれば、何もわざわざ長期のリスクを取って事業に臨むこともないでしょう。インフラファンドが一般的に期待する10数%といった良好なリターン得られるからこそ、インフラ事業に臨むわけです。それこそが投資というものです。

このリターンをよくするためには、初期投資はなるべく抑制し、メンテナンス費もなるべく低く抑えるということが不可欠になります。すなわち、高速鉄道であれば車両は安く、長期にわたるメンテナンス費も低水準であれば好ましいです。海水淡水化プラントであれば、プラント設備費は安く、逆浸透膜などの消耗品も価格が安ければ好ましいということになります。

ここを製造業の目線で見れば、車両はできるだけ高機能で高価格のものがよく、メンテナンスに必要な部品やサービスにおいても高い収益が得られた方が望ましいです。海水淡水化プラントの設備費も高い方が好ましく、逆浸透膜も高機能の高い製品が売れることが望ましいということになります。

この製造業としての収益機会を立てようとすれば、20年に及ぶ事業期間の収支シミュレーションをして、競争入札で出せる建値は、高くなります。結果として、競争入札に勝てない可能性が高まります。また、競争入札に勝ったとしても、20年にわたる事業は、投資収益率がふるわないものになります。

20年に及ぶインフラ事業を受注しようと動くチームと、自社製品を海外に売ろうというチームとの間には、このような利益相反が生じる可能性があります。あくまでも極端な例で言っているので、両者の便益をバランスさせる妥協点はあると思うのですが…。

■「投資家の目線」が必要に

経営者目線では、ある種の踏ん切りが必要になると思います。すなわち、パッケージ型インフラ輸出とは、製品の販売とはまったく異なる、新しい事業モデルなのだと。少なからぬ自己資本を長期にわたって寝かせる必要があり、そこから安定的なリターンを生むのが主目的の事業であると。自社製品の販売において収益を出そうとすれば、インフラ事業は成立しない可能性もあるため、社内において利益が相反する2つの部門の間で、経営者として仲裁する必要も出てくるだろうと。

商社の場合は、社内に製造部門を持っていませんから、このような利益相反は起こりません。むしろ、世界中からもっとも投資収益率を高めることができる製品を探してきて、インフラにあてがうことができます。

国際協力銀行の加賀隆一氏が書いた「国際インフラ事業の仕組みと資金調達」を読んでいると、インフラ事業の醍醐味、リスク、リスク緩和の仕組みなどがよく理解できます。加賀氏は、プロジェクトファイナンスによって資金を融資する貸し手の目線で記していますが、それでも「リスクを負う姿勢」を明確にしています。

銀行にとっても、プロジェクトファイナンスは、その事業が持つリスク(端的には事業からキャッシュフローが上がらなくなり、返済が滞るリスク)を取って行う融資です。すなわち、投資としての性格があります。メーカーがパッケージ型インフラ輸出に乗り出す際にも、長期にわたるリスクを取って資金を投じるという、投資としての性格が求められることに違いはありません(なお、インフラ事業に内在するリスクは、それを緩和するものとして種々の保険が整備されており、日本貿易保険なども提供しています。また今回の政策措置により付保範囲が拡大しました)。

投資家としての目線を持つと、外国政府が認める地域独占などのうまみがあり、安定的なキャッシュフローを生むインフラは、「そこに投資できる」というだけでかなりの特権です。それを将来の収益源として育てていくという判断は、経営のレベルで初めてできることだと思います。

個人的には、日本のパッケージ型インフラ輸出が健全な発展を遂げるためには、リスクを取って長期のインフラ事業を手がける企業群と、外国企業に競争入札で勝てる価格性能比と低維持費構造を持つ製品を納入する企業群とが、分化して緊密に結びつくエコシステムの形成が必要ではないかと考えています。

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