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ヴィジュアル、サウンド、テキスト、コードの間を彷徨いながら、感じたこと考えたことを綴ります。

データよりもヒトを見よ。直感と私心なき行動が、リアルを変える。 ~6弦のカナリア(7)~

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ネットでの周知困難。祈りしかないなか、前日の曝露。

西横浜 EL PUENTE』での無香害ライブを成功させた、『TERROR SQUAD』。
今度は、6月4日(日)、『東高円寺 二万電圧』。『PIG'S TAIL 19TH ANNIVERSARY LIVE』19周年イベントの最終日。
出演バンドは、『VEins』、『DOORMAT』、『ギロチンテラー』、『TERROR SQUAD』、『SPANAM』、『AWAKED』、『SHADY GLIMPSE』、『VROOM』。
『TERROR SQUAD』は4番目、18時30分から25分間の演奏となる。

8バンドのファンが集結するとあって、SNSでの無香害のお願いは、空振りに終わる可能性が高い。 途方に暮れる啓発者たち。暗雲が立ち込める。

さらに、ライブ前日。大関氏が曝露に巻き込まれる事案が発生。

大雨の土曜日。スタジオ練習を終えた大関氏は、帰途、買い出しに。
レジで精算した直後、強い抗菌臭に襲われた。
ディーゼル車の排気ガスのようなニオイ。それは、13年前、職場で危険を察知したときに嗅いだニオイでもある。
酸味があり喉に突き刺さり肺まで苦しくなる。大関氏にとっては、2019年に転倒を引き起こした製品の次に、危険度が高い製品だ。
10年前なら活性炭マスクで緩和することはできた。だが今では、曝露1分で肺が気持ち悪くなる。

大関氏は、感知力の高まりが原因だと考えている。はたしてそうなのか。それだけなのか。社会問題になっているにもかかわらず、より強い香り、より強い抗菌機能を期待する消費者がいる。それに応えるメーカー。ニーズとシーズの悪循環を断ち切れない状況が生まれている。

移香したまま帰宅すれば、自宅に化学物質を持ち込むことになる。「まだ気持ち悪い」ツイートが続く。
曝露後9時間を過ぎ、ようやく状態は落ち着きをみせた。

翌日。出番の1時間前。大関氏は、東高円寺に到着、そしてツイート。客が予想以上に多いという。
会場の空気は、どうだ?ステージは安全なのか?完奏できるのか?

圧倒的なプレイ。演奏後の笑顔は飛び出すか!?

18時30分。ギタリストはステージにいた。 セッティング、完了。
客たちの視線が集まるなか、ストラトのボディに手を置いて、一呼吸。

不意打ちの、爆音!ギターとドラムが地獄の扉を開けた。
始まった!今回もこの曲、『Straight to Hell』で幕開けだ。
目を見開く客。トップスピードに乗り、疾走する、ドラムとベース。
ギターの強い中低音。熱と力。やわらかな音を挟んで、再びの、疾駆。
ボーカルが現世の鎖を叩き斬る!生への渇望を引きずり出して、叩きつける!生きろよ、生きるんだ、自分で創れ、自分の生を!
 ♪I will Fight With Fate
 ♪I will Survive
 ♪Your Fate Is Yours
 ♪Your Fate Is Up To You
ギタリストの左手は力強くフレットを登り、客たちの驚きを置き去りにしたまま、あっという間に地獄の扉は閉じた。次の瞬間。

「スリー!フォー!」
4人が呼吸を合わせる。大関氏のカウントから、『Bastards!』
ギターは中音域のトリル。ボーカルの煽りに、客が叫ぶ。
 ♪Bastards!
 ♪Bastards!
 ♪Bastards!
ギターソロが始まる。繰り返される、高音のストロークからのスクラッチ!降下する音がギュンと響く。目をひくライトハンドに合わせて、ボーカルはエアギター。
伸びた音。一呼吸ののち、ゆっくりとベースの低音は前進するリズムを刻む。力強く並走するギター。
ベースとギターの前にはマイク。三人と会場が声を揃える。
 ♪Bastards!
 ♪Bastards!
 ♪Bastards!
激情が渦巻くなか、2曲目は不意に終焉を迎えた。客席に拳を向ける大関氏、呼応する客。

曲の余韻に浸る間もなく、音が放たれる。3曲目は『Survival for Conflint』
吹きあがる熱風。汗を滴らせ、手を拡げて、受け止めるボーカル。
地響きのような、リズム・セクション。ひたすらに刻むスネア。響くシンバル。突き刺すベース。前へ!前へ!
中高音域のギターソロに、たたみかけ、吠える、ボーカル。地獄にあらず。これはリアルだ。
ベースとギターが共鳴して、沈黙。

そこへ、満を持しての、新曲『No Wrong Way』

初めて聴く客、何度目かの客、誰にとっても、待望の1曲。
なにしろイントロの着想から10年、練りに練り上げた曲だ。隙のない、完成度の高さ。大関氏のアレンジは豪胆で緻密。リズム・セクションにがっちり支えられて、シンガロング!拳を突き上げろ!これぞ、ロックだ!

爆音シャワーを全身に浴びて、燃え立つ客たち。『闇より深く...』で、火の勢いは増す。
前のめりに突っ込む、エッジの切り立ったギター。スラッシュメタルの真髄、ここにあり。
それはボーカルの心の叫びなのか、客の心の代弁なのか、この世にあって、誰もが一度はおもうであろうこと。
 ♪逃げてぇ、死にてぇ、何時でも言えらぁ
 ♪涙もて立ち上がれ
中低音のギターソロに絡んで歌唱は熱を帯び、リフから今度は、ギターが撒き散らす音の粒を、ボーカルが覆う。
 ♪待ちわびる陽は 闇より生ずる
ボーカル宇田川氏が客席になだれ込む。客に触れながら声を張り上げる。
 ♪解き放て 荒ぶる獅子を
 ♪研ぎ澄ませ 闇より深く...

呆然自失の客。熱情を吐き出す客。共通するのは、抑えようのない、「テラーの音」への渇望。

熱気に包まれた、客との交感、ラストはもちろん『Chaosdragon Rising
宇田川氏のエネルギーはとどまるところを知らない。激しく刻むベースとギターに乗せて、客たちに歌詞を叩きつける。
 ♪駆け昇れよ、空を喰いちぎり
 ♪立ちはだかる闇を、焼き尽くせ
ギターソロが始まる。フレットを駆け上がる、クリアな「大関の音」。順調だ。
 ♪BACK TO RIOT FIRE
 ♪BACK TO RIOT FIRE
 ♪Back on WILD DISORDER
 ♪WE FIGHT BACK
 ♪CHAOSDRAGON RISING!!
渾身の一撃。ギタリストは、最後のピッキングを振り抜いた。

涙ぐむ客、歓喜する客、充足した笑顔の客。それぞれの、25分。
それぞれが放つ、激情。狂喜。悲嘆。情動の極み。澱んだ想いを昇華させる演奏。

それは、カタルシス。

持てる力を最大限に発揮した。4人は無敵だった。ギタリストの顔に、笑みが浮かんだ。

ステージは完全無香害。奇蹟は、なぜ、起きたのか?

出番を終えた大関氏は、ひとり帰途についた。 「みんな、ありがとう!先に帰ります。またね」心の中で詫びながら。

ほんとうは、終演後の打ち上げに参加したい。バンドマン仲間たちと、飲みながら過ごすひとときには格別なものがある。『SHADY GLIMPSE』『AWAKED』とのステージを心待ちにしていたし、交流をはかりたい。『SHADY GLIMPSE』は、何度もツアーを共にした、兄弟のような仲良しバンド。今回は久々の対バンなのだ。
だが、日用品公害がそれを阻む。昨秋のライブ中の曝露により症状は悪化。今では自宅にたどり着くだけで精いっぱいだ。

帰宅しても、すぐに休むことなどできない。ギターや衣類の移香除去作業が待っている。
一仕事終えて、感謝のことばを、twitterとfacebookに投稿した。

「東高円寺より無事帰宅&除染完了!
ご来場くださったみなさまありがとう♪ 対バンのみんなもありがとう!会場の二万電圧もみな無香料。感謝!!
声をかけてくれたり、みんなが協力してくれて感謝!」

それにしても―――大関氏は、ライブを振り返った。
SNSで繋がっていない人たちにも「日用品公害」が広まっている。なぜだ?

5月28日に、大関氏を取材した朝日新聞の記事に対する感想が「声」欄に投稿されている。だが、来場者全員が購読しているわけではない。
このライブハウスでは、ステージの上手から下手に向かって、エアコンの風が吹いている。ギタリストの立ち位置には有害物質が滞留しにくい。だからといって、それだけで、ステージ上が完全無香害になるはずもない。

「香水や洗剤や柔軟剤や消臭スプレーを控えてほしい」という、具体的なお願いをしてくれた人がいるのではないか?」

思い起こせば、ラストの『Chaosdragon Rising』
ライブハウスの中の空気は、エネルギーの塊と化していた。汗をかいた客からは、シャンプーやリンスの香りが立ち昇る。しかし、それは、体調に影響するほどの威力を持っていなかったのだ。

会場となった 『東高円寺 二万電圧』は、運営スタッフもPA担当者も、皆が無香料だった。

対バンの『SHADY GLIMPSE』にいたっては、メンバー全員が香害対策を実践。完全無香料でライブに臨んだ。リーダーのSHINYA氏は、使用する洗剤に迷い、新品を着用してきたという念の入れよう。TAKEI氏は「対策してきました。大丈夫ですか?」と、気遣いをみせた。TOMOZOW氏は、大関氏の出番前に「あとで洗濯のこと教えてください」と語りかけた。
NISHIYAMA氏は、『Chaosdragon Rising』』のイントロが始まったとき、大関氏の目の前まで移動して、無言の激励をおくった。

誰か、無香害になるよう、呼びかけてくれたひとがいる。
その直感は、あたっていた。

大関氏が、facebookで日用品公害による困難を訴え始めた頃、いち早く、不調に共感を示した人がいた。どうやらその人が、共演者たちに、日用品公害のリスクを伝えてくれたようなのだ。

大関氏が『SHADY GLIMPSE』に感謝のメッセージを送ったところ、こころあたたまる返信があった。

「香害被害者じゃないのに『マイクロカプセル』って言葉を認識している。マイクロプラスチックは認知度は高いけど『マイクロカプセル』って言葉を書いているということは、自力で調べて、何かが起こっていると探知してくれたんだとおもう。マイクロカプセルが人間サイズならタイマンだって。ちゃんと調べてくれてるんだ。まだ頑張れる。」

感動しきりの大関氏のfacebookに、SHINYA氏が、『Chaosdragon Rising』の歌詞を引用して返信した。
「出会えた奇跡も、同じ場所に立ててる奇跡も、当たり前じゃねぇんだよな。
人と過ごす時間、仲間と過ごす時間、さらに大切にしていこう。
立ちはだかる闇を焼き尽くせ!!まだまだ対バンし続けようぜ!!」

大好きなバンドに良いステージを、ギタリストに笑顔を―――ただ、その一念で行動した、ひとりのファン。
共感にとどめず、手探りで実践した、バンド仲間たち。
人と人。心と心。オフラインでの私心なき行動が、リアルを変えたのだ。

カナリアは、守られているのか? 守っているのか?

「いろんな人に守られてる。感謝だね」と、大関氏は言う。

はたして、そうだろうか?
大関氏が守られているのだろうか?
否、大関氏が、みんなを、守ってるいるのではないか。

大関氏は、『TERROR SQUAD』のメンバーたちに、「オレの傍にいれば大丈夫」と言っているとのこと。 4人でひとり。「大関慶治」という個体が、センサーの役割を担う。
ニオイのある有害物質に巻き込まれたとき、その嗅覚は、リスクを捉える。ニオイのない有害物質に巻き込まれたときは、身体症状で、リスクを捉える。4人が逃げ遅れることはない。

最大の防御は、曝露源を遠ざけること。
大関氏は、率先して声をあげることで、共演者を、来場者を、スタッフを、有害物質から守っている。

カナリアからの警告を聴いたとき、自らのセンサーで感知できないひとたちの反応は、ふたつに分かれる。
ひとつは、バンドマンたちのように、直感で、リスクの存在を察知するひとたちだ。気付けばすぐ、行動。
もうひとつは、データによって、リスクを理解するひとたちだ。エビデンスを提示されたのちに、ようやく行動する。

後者は、ロジカルに見えるだけで、矛盾を孕んでいる。
その判断は、計測機器の性能の影響を受ける。
計測機器のセンサーの精度が低く、有害性を検出できなければ、身体症状は、なきものとして扱われる。
一方、計測機器に搭載されるセンサーが高精度になれば、身体症状は、あるものとして扱われる。 同じ症状であってもだ。

データは参考になる。だが、参考にしかならない。
データにかく乱され、目の前の人から、目をそらしてはいないか。
感覚器官を閉ざし、心の声に耳を塞ぎ、直感を葬り去ってはいないか。

大関氏は、語る。
「家族にすら理解されない、職場でも理解されない。そういう人たちが多いなか、バンド関係者は、損得抜きで寄り添っている。仲間を大切におもう気持ちだけではない。バンド関係者には、そもそも無香料の人が多い。おそらく何かのアンテナがあるのだろう。一般論や社会の圧力に流されず、自分で判断する能力が生まれながらに備わっているんだと思う。
少数の弱者をも受け止めてくれる感覚、自分はわからないけど苦しいやつがいるなら寄り添おう、立ち上がろう、っていう感覚があるんだと確信しています。
オレはメンバーという家族に恵まれ、無意識にアンテナを張っている人たちに囲まれているから、なんとか活動できています。」

大関氏の仲間のバンドマンたちは、生命が発する、始原的な感覚を見失ってはいない。
だからこそ、そのライブは、現代の祭典、プレイヤーとリスナーの生命力が湧き立つ、ひときわ熱く、魅力的な場を創るのだ。


大関氏を取材した「(窓)無香料で聴いてくれ」への反響が、5月28日、朝日新聞、朝刊「声」に掲載された。「「香害」の苦しみ、知ってほしい:朝日新聞デジタル」と題して、滋賀県在住の健康被害者が、共感を綴ったものだ。「化学物質過敏症で香りに苦しめられながら音楽活動を続ける方の記事(7日社会面)を読んだ。私も当事者だ。日々、「におい」の回避に精いっぱいで、心身が追いつめられている。」
伊藤絵里奈記者が、朝日新聞Podcast向けに記事への反響を語るため、twitterスレッドで、当時者の方々の声を集めている。

ライブのタイムテーブルは、当日ケータリングのグッドフードセーラが主催者に確認して提供してくれたもの。当日、タコスのブースを出店した。


TERROR SQUAD』ライブ・スケジュール
読者の皆さまがご来場の際には、フレグランス・フリーを実践していただければ助かります。

8月5日(土) 『新大久保 EARTHDOM』

9月16日(土)17日(日)『TTF RETURNS 2023』TRUE THRASH FEST RETURNS 2023-RS限定「TTF 2-DAYS」特典TS付き通し券(前売りのみ) - ROCK STAKK RECORDS

9月30日(土)『西横浜 EL PUENTE』『憎まれっ子世に憚る十五巡目』13時30分開演 BAREBONES、G.L.G.、TERROR SQUAD。予約希望の方は、リンク先(同ライブ企画者のアカウント)を参照。

10月1日(日)『(東京都/町田市)ライブハウス ナッティーズ』『Nutty's Muraki pre Black Spinel Vol.3』18時00分開演。IN FOR THE KILL、TERROR SQUAD、泥虎、Machete Tactics、Brutal Decay。予約希望の方は、リンク先(同ライブ企画者のアカウント)を参照。

12月22日(金)『新大久保 EARTHDOM』DIE YOU『Black X'mas』BASTARD! / TERROR SQUAD、2マン!開演19時30分。

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6月4日『東高円寺 二万電圧』で笑顔を見せる『TERROR SQUAD』ギタリスト大関慶治氏
(大関氏facebookより、撮影:『SHADY GLIMPSE』リーダーSHINYA氏)


『TERROR SQUAD』【試聴・購入】(アルバム2枚)
【PV】『Chaosdragon Rising』

※本稿は、関係者の公開ツイートや投稿をもとに、情報を再構成したものです。

「6弦のカナリア」目次

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