テクノロジーと希望:ITmediaオルタナティブ・ブログ (RSS)

テクノロジーと希望

開けてしまったらあふれ出すテクノロジー。そこには希望が残っていた!

皆様、あけましておめでとうございます。

昨年9月にIBM東京基礎研究所に異動となりまして、新しい立場にて新年を迎えることができました。今日からは、今まで以上に自分の芯をしっかりと持って活動してゆきたいと思います。

一部の方はどこかで聞いたか読んだかしたことがあるかもしれません。これを初めてカミングアウトしたのは、ProVISIONという日本IBMの技術誌に紹介されたときのことです。

- HAL9000を造りたい -

それが私の「芯」です。

そこへ邁進することを決定づけたものはたくさんあるのですが、それはまた別の機会に。

脳科学、脳神経学、心理学、哲学・・・・そういった分野の学者の皆さんには、人格・感情・意識・精神・価値観といったことに興味を持たれ、日夜学習・研究・開発されている方がたくさんいらっしゃることでしょう。

私は、まったく違う側面から、その分野に小さいときから興味を持ってきました。それは「IT(Information Technology : 情報技術)」です。
脳神経の処理内容の多くは情報処理です。「シナプス」と言われる、非常に小さく単純な構造の細胞が「コンピューターノード」としてなんらかの役割を果たし、「側索」と呼ばれる神経節を延ばして繋ぎ合わせたネットワークを形成して脳の機能を果たしています(または、そのように現代では理解されています)。この構造は、ネットワーク・コンピューティングと非常によく似通っており、模倣して似たものを作れてもおかしくはないはずです。人が造った計算装置の中に人格が形成される・・・・。
私がIBMに(入社によって)入門するに至った最も大きなきかっけは、SF映画「2001年」に登場した「HAL9000」でした。おそらく半導体であろうものから作られたコンピューターシステム=計算機「HAL9000」が、宇宙船の制御をし、人間の言葉(当時英語)を使って人間と会話し、チェスをしたり、スケッチを見たりしてコミュニケーションを計る。こんなものを自分で造れるようになりたい、と小学校5年生の私は夢見たのです。まだコンピューターの知識はまったく無かった私でも、「これは夢のような装置である」ということを本能的に気づいたのでしょう。そんなとき、この映画「2001 Space Odyssey」は、「それを実現するのはIBMである」と教えてくれたのです。
まぁ、IBMのほかにもたくさんのITベンダーが登場し、今ではそのかぎりではないかもしれないですが。さて、IBM論はちょっと置いといて、技術的な話にいきましょう。
HAL9000のようなコンピューターシステムを造るにはなにが必要か考えなくてはいけません。
まずは「目」です。
HAL9000を象徴するのは、あの「赤いランプ」。「消防設備の標識でしょ」なんて言ってるあなた。そりゃないでしょ。(いや、そのとおりなんですけどね、うちのマンションにもHALの目はついてます)HALの目は、人を識別し、スケッチを見たり、唇の動きを読み取ったりできます。
次に言葉の聞き取り「耳」です。
登場人物の多くが、HALに対して口で話しかけています。「Open the pod bay doors, HAL !(ポッド・ベイ・ドアを開けるんだ、HAL !)」HALは、コンピューターシステムですが、キーボードで書き込んだりマウスで指示したりしなくても、言葉で話しかければ意思疎通が可能です。
そして「口」です。
HALは切り返します。「I’m sorry, Dave. I’m afraid, I can’t do that.」このコンピューターシステムは「喋る」のです。
そして、もっとも重要なのは「記憶」「人格」「精神」「価値観」のようなもの。HALは、映画「2010」の中で「Dr.チャンドラ」に問いかけます。「Will I Dream ?(私は夢を見ますか)」そんな心配をするコンピューターは、現代の世の中にはありません。
こういったことを可能にする技術動向や発展度合い、なにが足りないのか、今後どうすべきなのか、なんの意味があるのか。そういったことについて、今後は探求してゆきたいと思っています。
まぁ、仕事があるので、仕事しなくちゃならんのですが。仕事にもそれなりにからめつつ、進めてゆきたいと思います。
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9月にIBM東京基礎研究所に異動させていただき、4ヶ月が過ぎようとしています。
とりあえず、開発プロジェクトで一生懸命走ってみました。スクラム・プロセスを使っているので、まさに「スプリント」な4ヶ月でした。
この4ヶ月はとにかくプロジェクトで結果を出すことに専念しました。「こいつ使えねー」と思われたら終わりですからw。なんとか、一部のモジュールを担当し、リリースにこぎつけました。大きな新要求にも年末までになんとか応えることができたと思います。
これから、同プロジェクトの新案件へと突入します。そこでは、初期テストやデプロイメント(インストールして利用可能な状態にすること)を指揮することになりそうです。新機能の提案や市場開拓も今後のスコープとなります。「あんたやってね」とリーダーに言われてますので「つかえねー」とは思われなくて済んだようです。海外での案件が増えるため、これまで以上に多くの国の人と会話することになりそうです。先日のフランス人とのテレコンはなかなかつらかったw。
9月の異動にともない職種変更もありました。これまでの現場エンジニアとしての「ITスペシャリスト」という職種には一旦終止符を打つことになりました。今後は「研究員」という肩書きになります。当然、メジャメント(評価基準)も変わります。研究員としては現在参加させていただいているような研究プロジェクト、特許などの知的財産活動、論文、学会発表、大学での研究などの学術活動が求められることになります。まったく違う世界への挑戦。希望はしていたものの、まさか、自分がこの世界に身を置くことができる日が来るとは想像してませんでした。
これまでは、「新しい仕事を得たら1年はゆうこときいて我慢して大人しく仕事しよう」と思っていました。それくらいは様子をみないと動けないと感じていたからです。しかし、今回はその余裕はなさそうです。即、結果を求められます。もう見習い期間は終了です。なぜなら、長い間それを目指して行動してきたからです。準備はできてます。
年明けにはすぐ動き出したいと思います。
皆様、よい新年をお迎えください。
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豊洲事業所が新しい職場になったことを9月2日にお知らせしましたが、お問い合わせが意外と殺到しましたので、開示可能な範囲でお知らせしておきます。

私が新しく配属になったのは、IBM東京基礎研究所です。これまで「追っかけ」のようにつきまとってきた研究員の皆様と同じ部門に入れたことはとても幸せでうれしい出来事です。

研究員と私のギャップに関してはまた別の機会に。ここでは今回の新しい仕事について少しお話しします。

今回私が関わることになったのは、あるソフトウェアの開発チームです。内容をお話してよいかどうかは、これからリーダーとよく議論してからにしたいと思います。立場としてはアーキテクトという形なので、全体を見渡して、デザインなどを担当することになります。とくに、品質やパフォーマンスに関して期待しているそうです。

これまで、IBMソフトウェアを利用した、たくさんのアプリケーション開発を指揮してきました。新しいほうから言うと、Worklight、InfoSphere BigInsights、SCE(クラウド)、WebSphere sMash、MashupCenter、DB2 の XQuery、WebSphere Process Server など。私が指揮してきた開発のほとんどは発表されて間もない技術や製品ばかり。自ら学び、開発シナリオを組み立て、アプリケーションをデザインし、開発者を教育して、開発を指揮してきました。

期待されていた人材は「アプリケーション開発を指揮したことがある」「クロスブランドのソフトウェア経験がある」「スマフォやタブレットなどのモバイルやWeb2.0などの新しいテクノロジーに詳しい」などの条件があったそうです。そういう人材はなかなかいない、とのことでした。そんな中、これまでの開発を指揮してきた経験が認められました。

開発はグローバルですから、複数の国から開発者が参加しています。その全体を統括することを求められています。そんな大それたことできるのかしらん・・・?それは大きな賭けでもあります。

5年前なら考えられなかったチャレンジです。なぜなら、そこまで英語に自信はなかったのです。海外出張にはかなり行きましたが、メンバーとして参加しただけです。今回の仕事はアーキテクト。自分の責任範囲は非常に広く、全員のリーダー的な役割を求められるそうです。去年、25年周年でボストンに英語を勉強に行ったことが大きな自信になりました。開発リーダーおよびその上司と電話で1時間も話しました。そんなことができたのは、やはりボストンの英語学校に行ったことが役に立ったと思います。でも英語はまだまだ苦手です・・・けどね・・・。研究所のみなさんがあまりに英語できるのですごいな、と思います。まだまだ修練が必要です。

とゆうようなことで、IBM東京基礎研究所のメンバーになりました。週に4回、英語で電話会議。あこがれていた職場への勤務ですから、これからもがんばりたいと思います。このブログを読む先輩方も多いと思いますが、よろしくお願いします。

まだ名刺は作ってませんが、IBM東京基礎研究所と入った名刺をお配りできる日も近いかと。

また慣れてきましたら、いろいろお伝えできる範囲でお伝えします。

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IT業界の変化 2013/08/15

再開宣言で触れたので、少しまとめておきます。

これまでもこちらのブログに書いてきた事柄ですが、IT業界はずいぶん様変わりしました。

コンピューターが世に知られるようになった1940年~1950年代は、軍事予算でコンピューターは開発されていました。Mark I などは米海軍が開発していましたし、アポロ計画を支えたのもIBMのコンピューターです。宇宙開発とコンピューター開発は肩を並べるような価値観だったわけです。

私がIBMに入社したのは1987年。もう26年も前のことになります。
その当時はメインフレーム全盛時代。仕事はもちろんメインフレームの仕事でした。
いまどきの若者には理解しがたいかもしれませんが、その当時の大型のメインフレームの導入事業といえば、航空機を買うような予算感でした。数百億なんて金額が飛び交っていたわけです。

ひとつの大きな変化をもたらしたのは「パソコン」の登場と普及です。いわゆる「ダウンサイジング」の時代。とくにサーバー。メインフレームが得意としていたスター接続型のメインフレーム中央集権は、UNIX系サーバーやPCサーバーとピア・トゥ・ピア型ネットワークの登場により相対的な地位が大きく引き下げられました。信頼性、安定性などで抜きに出てはいたものの、銀行オンラインやアポロ計画と同じレベルの信頼性を要求するような業務はほとんどIT化が終わっており、情報系のシステムへ投資が移動した時代です。このころ、ITサーバーは一気に「一般化」が進み、「部門サーバー」なるものが大量に購入された時代でした。予算感はバスとか自家用車くらいまで下がりました。もちろん、世間の投資はそちらへ移動しました。

ベンダーも一気に増えました。メインフレームは製造そのものが大変だったわけですが、PCサーバーはずっと手軽に製造できます。これは、現代のガソリン自動車から電気自動車への変革でも実際に起きていること、と聞きます。

また、このとき必要になったIT人材が「システム・インテグレーター」です。大型のメインフレーム、UNIXサーバー、PCサーバー、端末機などを統合しなくてはならなかったので、そのスキルを持つ人材が大量に必要になったわけですね。

その後、中央集権はまもなく回復します。それは e-business 時代の到来です。分散サーバーとクライアント・サーバー型の「社内システム」としてインテグレーションされてきた時代がそろそろ終わり、インターネットの登場により「Webサーバー」が大量に必要になりました。このトレンドはWeb2.0時代までなんとか続きました。このころの予算感は、数億~数十億くらいのものが多くなりましたので、オフィスビルを建てるくらいの予算感に戻った感じです。

この中央集権の崩壊を再度招いたのが「クラウド・コンピューティング」です。クラウド・コンピューティングは主にパブリック・クラウドから発展しました。SalesForce、Google、Amazon、といったデータセンターの機能を切り売り方式でネット販売する「自動販売機型」モデルです。
私は著書「クラウドを実現する技術」のときから、クラウドを「自動販売機」と説明しています。Web時代に「セルフサービス」によってさまざまなビジネス・コストが大幅に削減されたのと同様、クラウドでは、セルフサービスによってITコストが大幅に削減さました。セルフサービスだけでなく、普及期に入ったハイパーバイザーを活用したリソースの時分割共有なども大きく貢献しています。このころから、インターネットサーバーは「1時間10円」などというお小遣いレベルまで単価が下がります。

クラウドが削減しているIT予算、とくに「セルフサービス」で削減されているものは何なのか、理解している人があまりに少ないことに今でも驚かされます。

クラウドの「セルフサービス」が削減しているコストは、ほとんどの場合、人件費です。見積もり、監査、提案、契約、マシンの梱包、出荷、運送、搬入、開梱、組み立て、配線、検査、OSやミドルウェアのインストーラーの準備、OSインストール、ミドルウェア・インストール、環境ごとのドキュメンテーション(報告書)、ソフトウェアのサポートデスク、などがごっそりなくなります。自動化されているので個別に実施する必要がない、そして早い。

全体を俯瞰してみますと、以下のような流れです。

  1. 軍事開発時代(計算マシーン、宇宙開発と同等単位予算)
  2. メインフレーム時代(中央集権:航空機と同等単位予算)
  3. ダウンサイジング時代(分散小型化:バスか自家用車と同等単位予算)
  4. e-business、Web時代(中央集権の復活:オフィスビル建築と同等単位予算)
  5. クラウド時代(自動販売機:お小遣い、文房具と同等単位予算)

IT、とくにサーバーリソースのコストはクラウドによって自動化され、極端に価格単位が小さくなり短時間で入手できるようになり、ITを価格破壊させたのです。

だからこそ、クラウドの周辺で、ここに挙げたような作業はできるかぎり(可能なら一切)行うべきではありません。ということは・・・・旧来、こういうことをされていた方は職を失います。ゼロにはなりませんが、席の奪い合いです。

また、単価の極小化も目立ちます。クラウドではITリソースが「1時間10円」という課金体系で利用できる場合でも、サービス(プロフェッショナルの作 業)を「1時間数十円」というような形で頼むことは、現代のIT社会では不可能でしょう。1時間10円のサーバーインスタンスは1ヶ月7,000円です。これの作業を頼むと、作業代が200万円、というのはあまりにアンバランスで す。

このように考えると、IT業界において、クラウドの次に改革を迫られているのは人ではないかと思います。いかに価格破壊につきあい、クラウド的に人材を供給するのか。

別の側面で「モバイル・デバイス」の台頭があります。過去にも、Windowsが流行した年、Palmが流行した年、などありました。同様の流行がまた今来ていることは皆さんもご存知のとおりで、iPhone、Android、といったたスマフォやタブレットの時代です。

以前の流行は、どちらかといえばビジネス層やマニア層を中心としていました。女子学生や主婦がPalm持ってたなんてあまり聞きません。しかし、いまのiPhone、Androidはほんとに誰でも持っています。この一般化がとても大きな市場を作りました。そして、あれらはもはや電話ではなく、コンピューターであり、ネットワーク端末です。

こうして、(搬入するタイプの)サーバーコンピューティングとシステム・インテグレーションに注目が集まる時代は過ぎ去り、現在は、クラウドとモバイル、という時代にあるわけですね。そして、単価はどちらも小さく、国家予算、企業予算というレベルよりずっと小さな予算単位と速度でITが提供されるのがあたりまえの時代にあります。

このいずれもが、ITのコモディティ化を示していると考えられます。よく、SF映画で「空飛ぶ自動車」が出てきますが、あれは「航空機のコモディティ化」を示しています。しかし実現されていませんね。それに比べて、ITは一般家庭に深く入り込み、自宅に一体何個のプロセッサーが動作しているのか数えられないほどコンピューターはコモディティ化しました。さらに、インターネットとクラウドによってサーバーコンピューティングまでが一般の人に利用可能な環境までつくられているわけです。この強烈なコモディティ化が、ITへの相対的な対価を押し下げているのでしょう。

サーバー搬入ビジネスの時代が盛り返すことがあるかどうかは、サーバーベンダーの努力次第といったところでしょうか。その動きについてはまた別の機会に。

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1年半ほどサボってましたが、こちらのブログを再開したいと思います。

さまざまな情報発信を2011年末くらいからやめました。(Facebookは、情報発信ではなくて、単なる生活のつぶやきです。)一番の理由は専任のエバンジェリスト職(主な仕事がエバンジェリストだった)から離職したことです。だれかに代わったのか、というと、そうではありません。専任でエバンジェリストをやっているひとは現在おりません。しかし理由はもうひとつございまして、自分の充電期間に入ったことです。

人の生活には波があると思います。私にとって「充電期間」とは、「しゃがむ」ことです。杏里さんの曲に「Future for You」という曲がありまして、その中に「ジャンプするには一度しゃがむの」と言う言葉が出てきます。落ち込んだどきには、この言葉を思い出して続けるこ とができます。いまは「しゃがむ」時期なのです。

私の場合は、2000年にソフトウェア事業のエバンジェリストになったことは大きな高波でした。分散処理テクノロジー(Webサービス、EJBなど)に対する注目が集まっていたことと、開発プラットフォームであるJavaEEなどのミドルウェアに対する投資が好調だったことなどが追い風となりました。高波を起こしたのは田原さん。300回以上の講演、50以上の寄稿、13冊の著書など、たくさんの活動を行うことができました。
しかし、その時代はすっかり終わりました。時代の流れに関しては今後徐々に書いていきたいと思います。しかし、私の得意な時代は終わりを告げたと思います。

自分の性格からして努力しているところを人に知らせることを好みません。たまに「XXXの勉強をしています」とか「初めて書いてみました」とか公表している人がいますが、そういうことをすることを好みません。これは個々人の好みの問題です。ですので、私の場合は、ご報告するのは結果が出たとき。なので、今はお知らせできることが少ないのが現状です。

私は社内で「自分勝手」で知られています。古い友人や先輩は、ひさしぶりに顔を見れば「今でも好き勝手やってるのか?」と聞いてきます。
会社の指示どおりに(今では指示されなくなってしまいましたが)仕事をしてこなかったのは確かです。指示されたとおりにやっていたのは入社2年くらいだったのではないかと。

できることをやる(入社3年~10年間)
若いときは「できることをやろう」という気持ちが強かったです。このため指示されたとおりのことをやってないように見えたのでしょう。

得意なことをやる(その後11年間)
エバンジェリスト時代は得意なことをやってきました。それは「理解したことを伝えること」でした。

これらは「自分勝手なことをしていた」わけではありません。

入社25年を過ぎまして、長い休暇をいただき、米国ボストンで1ヶ月ほど学生生活を送りました。英語学校で英語を習い、バークリー音楽院の近くでJazzヴォーカルを習いました。IBMではQCC(Quarter Century Club)といいまして、25周年で休暇がもらえます。QCC にはなにか習い事、と決めていたものですから。
これも機会になり、これからの人生を以下のようにしたいと思うようになりました。

やりたいことをやる(これからの1n年)
うまくやりきれるかどうかはわかりません。1n年で人生終わるかどうかわかりません。やりたいことが自分の得意なことなのかどうかもわかりません。しかし、ずっと暖めてきた「やりたいこと」があるのです。

こちらのブログでも進捗をご報告していきたいと思います。

ということでオルタナブログ再開です。

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英語格差 2011/11/20 社会

先日、北海道のJavaFesta講師控え室で、Amazonの玉川さん、Oracle寺田さんと三人での会話において、こんな話が盛り上がりました。(いや、正確には盛り下がった)日本のIT従事者の中に「英語格差」が起きているという話です。以前にもブログに書いたことがあるような気がしますが、三人寄って同じ話題になると、実感もひとしおです。

話のきっかけは「英語で発表された内容を急いでブログに書かなければならなかった」というところから始まり、「翻訳予算の削減が進んでいる」という話。玉川氏がいるAWSは、ITサービスをしている企業という意味では、3人ともITベンダーの仲間であり、企業の中枢は米国にあります。グローバル企業であることも手伝って、基本的に新出の製品やサービスのほとんどが英語で発表され、ドキュメントも英語です。ものによっては、製品も英語のままであることも増えています。この傾向はおそらくすべての外資系IT企業に共通のことであろうとも。
私が入社したころ、社内技術部門だったので日本語のドキュメントなんてどこにもありませんでした。(技術資料は、ほとんどがConfidentialなので日本語に訳す必要がなかった)フィールド部門で日本語のマニュアルをはじめて見たときには感動したものです。ソフトウェア事業に移籍してからはフィールド部門になったため、日本語の資料の豊富さはブランド部門の強さに関係があることも知りました。
しかし、徐々に日本語化の比率は下がっています。その理由はたくさんあります。

  1. 日本の市場が成長傾向にないため、投資が減っている
  2. 新製品発表や買収などもあり、製品の数が多すぎてすべての翻訳に手が回らない
  3. ソーシャル・ネットワークの普及により、ドキュメント以外にも情報が爆発的に増えていて、翻訳が追いつかない

日本におけるIT従事者の英語力の低さは、自分もそうであることからも身をもって実感しています。このため、ソフトウェア事業でエバンジェリストをしてきたこの11年間の大きな課題は、日本の市場において英語のドキュメントしかない製品やテクノロジーが避けられている傾向に対する対応に終始していました。私が担当していた先進テクノロジーのほとんどが、当然のことながら日本語のドキュメントが十分に準備されていたわけではないからです。いち早く日本語で翻訳して情報を発信すること。英語でもドキュメントを読み下すヒントを与えること。そういった活動を通して、少しでも先進テクノロジーに触れていただく機会を増やそうと思っていました。
グローバルチームに、このローカル施策の意味を説明したとき、英語の壁について情報を収集したことがあります。日本のTOEFLのアジアランキングは、某共産国に継いで下から2位、TOEIC点数のSEの国内ランキングは、かなりの下位でした。つまり、SEはぜんぜん英語できないのです。
日本は比較的早くからITを取り入れた国のひとつでしょう。国産ベンダーも多く、ちょうど経済成長期にIT人口も増えたため、たくさんの人材が必要でした。このため日本語のドキュメントをふんだんに用意し、「IT業界には英語は必要ない」という議論が起ってしまうほど、手厚く保護されていた歴史があります。しかし、グローバルチームは、全く理解できていないようでした。英語ができない、というレベルを「方言がわからない」と言っている程度にしか理解しないのです。
しかし、今日、多くの先進テクノロジーが生まれる中、日本語に訳されないものが大量に存在します。このため、かなり大きな割合の日本国内IT技術者が、ほとんどの情報に触れられない(触れたくない)状態で過ごしている状態になりつつあります。これを、「IT業界の英語格差」と論じたわけです。IT業界で、英語のドキュメントを読む人と読まない人の間には、大きな格差が出始めています。

この問題は根が深いです。改善には大きく分けて二つの方向性があるでしょう。

一つは「IT業界の英語能力の底上げ」です。しかし周知のように、ある程度年齢が進んでからの英語力向上は難しい課題です。若い人には徐々に英語ができるひとが増えてきていますが、一巡して入れ替わるには何十年もかかります。

二つ目は「英語ができなくてもよい環境を整備する」ことです。これには多くの方法があります。旧来は大量の予算を使って翻訳していましたが、これをソーシャル化して「訳せる人が訳す」という方法が考えられます。この方法は、n.Fluent というプロジェクトとして実際に行われています。( http://www.research.ibm.com/social/projects_nfluent.html) しかし、「中身が間違っていて、訂正が必要になった」なんていう問題も発生する、という話もありました。そして究極は自動翻訳でしょう。日本人は先進国の中でも突出して英語ができない国なので、翻訳技術に税金をつぎ込んで、実用レベルの翻訳機を開発してみてはいかがでしょうか。

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最近、ITサービスのワークロードにクラウド化の要求が進んでいると感じることがあります。

どういうことかというと、人材サービス、ITスキルサービス、あるいは作業量(ワークロードのこと)サービスなのですが、複数の要求を平行して実施し、「より少ない単位で、より少ない料金で」作業を提供することを求められるようになってきたと感じるのです。

昔、ITシステムというのは「準備して置いておく物」という感覚が強かったために、「あるITシステムを準備すると、初期費用1億円、年間2500万円の出費があり、2人くらいは占有で運用要員が必要」のように思い込んでいました。

しかし、いま少なくともインフラは、仮想化、クラウド化が進むことによって「一ヶ月数千円」「一ヶ月十数万円」という感覚が根付いてきました。このバランスからすると、「1作業あたり数千円」とか「数万円」とかいう単位で期待されているのをひしひしと感じます。

私自身、数台の仮想マシン(VM)を平行して何台も管理し、いくつもの案件のサポートをしているような状況です。(私は有償人材ではないので、お金を頂いてませんが)

ところが、IT人材はいまだに「人月」で計算をします。作業に2ヶ月かかる、と言ったとたんに、月額100万円、200万円、300万円という金額に、期間をかけ算し、あっというまに数千万の費用が「見積もり」と称して出てきたりします。300万円といえば、クラウド上のVMインスタンスの起動作業が1回あたり5,000円の手数料なら、1ヶ月に600回も起動できる作業料金です。

コンピューターが一ヶ月数千円~数十万円と言ってるときに、なぜ人件費だけが一ヶ月あたり数百万円もかかるのか、と考えると、お客様が疑問に思うのは当然でしょう。

クラウド化が進むことによって、IT作業は激減しています。ネットワーク経由で作業することで移動を伴いませんので、移動時間が無題になりませんし、旅費もかかりません。待ち時間が発生すれば別の作業も並行して行えます。そうすることで、以前は「待ち時間は珈琲飲んだり居眠りしてた」という時間も、有効に作業できるはずです。

これは、コンピューターがクラウド化したことにより、人間も同様に時分割で共有化し、有効に利用される(それを求められる)時代にきているのではないかと感じる瞬間です。もしかすると、そういう単純作業は、今後クラウドソーシングでまかなえるものになっていくのかもしれません。あるいは、自宅作業の人材などが急激に増加する可能性もあります。

今後、最もコスト削減を要求されるのはITスキル人材サービスだろうと感じる今日このごろです。いやあ、IT技術者にとってはたいへんな時代になりましたね。休んでるヒマはありませんよ。

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最近、すこし奇異に感じることがあります。

「これは私個人の意見であり、[組織名]を代表する意見ではありません。

このような disclaimer(お断り)をプロフィールに書いている人も多いはず。ご多分に漏れず私も多くのブログやつぶやきサイトで書いています。

ある企業に勤める多くの比率の人が、ある意見に「賛成だ」とブログに書いたとします - 先ほどのお断りを付けた上で。

しかし、企業の「公式」と言われる発表では「中立」あるいは「反対」と表明していたとします。

これは、この企業が「中立」で「反対」というのは、一体なにを示しているのか、疑問に思えてきます。

恐らく、組織としては「経営陣」「弁護士」「広報部門」といった、一部の人間が集まり、「会社としてはどういう方針で行こうか?」という話し合いを持ったうえで決めていることなのだろうと思います。しかし、昨今のようなソーシャル時代では、個々人の意見があからさまにインターネットに公開され、他の人達とシェアされることになります。それらとの不一致は、以外と簡単に見えてしまいそうです。企業の方針は、企業構成員全体の意見ではなく、一部の人が決めているのが一般的だからです。そうなってくれば、これまでのやり方での「組織としての公式発表」の重み付けが減少していくような気がしてきました。所詮「一部の人が決めたのでしょ?」ということがミエミエになってしまうからです。

インターネットやソーシャル・ネットワーク・システムの発達により、組織という構造体の意義が変化する時代に来ているのかもしれない、と感じています。

注:これは私個人の意見であり、私が所属する企業を代表する意見ではありません。:-P)

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ひとが、
「お金をはらってもいい」
という思うことは時間とともに変化しますね。

ITエンジニアにとって、ITの作業をすることに対して「お金をはらってもいい」と思う人がいれば生きていくことができます。でも、その関係がくずれた瞬間にビジネスではなくなり、エンジニアは不安になります。

なにかビジネスが発生したときにITエンジニアにとってテクニカルな作業をすることが、エンジニアにとっての生業(なりわい)となります。それが生きる道です。

その関係が破綻したらどうなるでしょうか?

ITエンジニアに頼む仕事がなくなったとします。ITエンジニアに、テクニカルな作業を頼む理由がみつからない。あるいは、いろいろな理由でそのひとにテクニカルな仕事を頼めない、頼みにくい、頼む意味がない、理由がない。

製品サポートのエンジニアなら、製品が売れなければ仕事はないでしょう。製品を届けるエンジニアなら、製品を届ける必要がなくなれば仕事はないでしょう。

コストを下げる、ということは、「人の仕事を奪うこと」。それはよくわかっています。そして、多くの世界でITが、ひとの仕事を奪っていっています。道具、機械などを作る科学者、技術者の多くがそれを行っています。

私は技術者であり、科学者の一旦でもあります。
自分が一生懸命活動することで、だれかの仕事を奪うことも知っています。だけれど、それによって、世の中が効率的になることも知っています。

これが企業なら、そのITエンジニアにはしかたないので別の仕事を頼むでしょう。営業活動や事務活動。ITエンジニアにとって苦痛の日々が続くことになります。他の仕事をさせることが「生活のため」なのか、同じ仕事需要を作り出すことができるのか。

エンジニアが仕事を失いつつある瞬間に、その人が自分の生きる道を悩むようなら、それは組織の長であるマネージャーの責任だろう、と思います。それをうまく乗り切れないなら、組織の長など勤まりません。世界は変化するのです。そして、組織は、それに併せて変化すべきです。

組織を動かすことはとても難しいことだと思います。そして、その組織の中で「自分を持つ」ことの難しさも痛感します。

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あけましておめでとうございます。

ご存じの方は多いと思いますが、私にとって2010年は特別な年でした。その2010年が終わり、あらたな期間に入ったとも言えます。今年は「始」という文字をテーマに、私にとって新たな時代に突入しようとしています。

さて、2010年、最初のオルタナブログは、またまたお金の流れについて述べてみたいと思います。私が書くのですから、当然ソフトウェアに関することです。

中間業者がソフトウェア開発者にお金を支払う」というものです。

私がITの職業に就いたのは24年前(1987年)。メインフレーム全盛時代です。その頃、ソフトウェアは「システム」という単位の商品の一部でした。その当時、IBMが販売していた「システム」の主力なものは「システム370」と呼ばれるものでした。主要なソフトウェアの多くは「システム」と呼ばれる製品の料金の中に含まれていましたし、ソフトウェア単体で購入するようなものは「フィーチャー」と呼ばれる「ハードウェアの付属品」という考え方でした。当然、システムを購入し、利用する、システムの最終利用者(企業)が、それに対して対価を支払っていました。

1995年くらいから、ソフトウェアだけのビジネスが急速に立ち上がりました。このビジネスの考え方は「ソフトウェアを利用する人から『利用権』という形で料金を徴収する」というしくみです。ここで登場したのが「ライセンス料金」と言われるしくみでした。ソフトウェア=知的価値というような考えから、特許と同じ「ライセンス」という方式を適用したもの、と思われます。このときも、最終利用者が、ソフトウェアの対価を支払っていました。

このように変化した「ソフトウェア」に対する対価の支払い方式。ここに、この10年ほどでまた新しいものが登場したと思います。

インターネット、とくにオープンソース、またはWeb 2.0やクラウドの発展によって、多くのソフトウェアの利用が「無料」となってきています。しかし、(少なくとも、私のまわりにいるクラウド系ソフトウェア・エンジニアでは)そういった周辺で活動するソフトウェア開発者の給与は逆に向上しています。旧来のエンタープライズ系のソフトウェア開発者が3K、5K、7Kといった悲惨な作業環境で働かざるを得なかった時代に比べれば、高収入を得られています。これはどうしたことでしょう。

この考え方は、ソフトウェアだけでなく、ネット上で流通するデジタルデータの多くのものに適用できると思います。音楽、画像、映像、ニュース、もしかしたら文章。そういうものの多くが、この考え方の変化になんらかの影響を受けているのではないか、と感じます。

インターネットで手に入れられる多くのものが「最終的には無料である」ということに社会が強く反応しています。これが市場を活性化しています。インターネットの周辺では「最終的な利用は無料」ということがとても重要なのでしょう。しかし、それを支える供給元(ソフトウェアであればソフトウェア開発者)には、大きな報酬が必要となります。これを支える仕組みが必要なのだろうと思います。

「どのソフトウェアが素晴らしいか」「どのコンテンツが素晴らしいか」「どのクリエイター(開発者)に対して対価を多く支払うか」を決めているのは、消費者と供給者の間に入っている中間業者であり、直接的な関係を仲介するものではなくなってきているのかもしれません。

ここでいう中間業者は「システムを納入するSI会社」という意味ではありません。ソフトウェアを最終利用者に利用させ、別の事業によって収益を得る、というモデルです。

たとえば、広告収入を生業(なりわい)とする某有名企業がありますね。お金は「広告料金」という形で収集します。しかし、ソフトウェアを無料で公開し、ユーザーに利用させています。ユーザーは、「ソフトウェア利用」ということに対しては料金を払いません。しかし、ソフトウェアを開発している人には大量の対価が支払われています。価値の「流れ」がそもそも違うのです。

音楽や映像を、無料で大量に配信しているサイトがあります。音楽や映像を試聴している人はそれらに対して料金を支払いません。しかし、なにか別の方法で企業は利益を得ます。でも、制作者(著作権者)には対価が支払われます。どれくらい聴かれたか、どれくらい観られたか、どれくらい自社の事業に貢献したか。それを判断するのは最終消費者ではなく、中間業者です。

このようなビジネスモデルの変化が、音楽、画像、映像、プログラムといったソフトウェアのすべての質に対して影響を及ぼしていくものと感じました。

「視聴するときは無料」という、民放テレビのビジネスモデルに近いのかもしれません。民放のラジオ、テレビで放送されていた音楽も、レコードという形で 「所有できる」「いつでも聴ける」「音質が良い」というプレミアを付加して別売されていましたし、そこで多くの収益を得ることができました。

今日のインターネットを通した多くのデジタルデータの「別途販売」が、同様に「プレミア」を得るためには、「いつでも聴ける」「音質がよい」ということは価値として認められません。別のプレミアを見出さなければ、プレミア・ビジネスは成り立たないのかもしれません。

ソフトウェアは、「ライセンス販売」という形ではすでにプレミア価値を失っていると思います。そこで我々ソフトウェア・エンジニアは、どうやって生き残って行かなければならないか、おおきな転換期に直面していうのでしょう。

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プロフィール

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米持 幸寿

IBMでエバンジェリストとソフトウェア・テクノロジーの推進戦略を専門で担当しています。IT業界への今後のインパクトなどを語りたいと思います。技術的なブログはdeveloperWorks内のこちらに。

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