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愚直なリーダー

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指揮者の朝比奈隆さんを存知でしょうか。
 
2001年93歳で亡くなる直前まで現役で指揮をし、数々の情熱的な名演奏を聴かせてくれた巨匠。
レパートリーがブルックナー、ブラームス、ベートーヴェン、と限られていて、同じ曲を何度も何度も繰り返し演奏し、そのたびに深みを増していきました。
特に、ブルックナーでは、世界最高の演奏を聴かせてくれました。
 
私が朝比奈さんの演奏会に通い始めた晩年の頃は、本当にチケットが手に入りにくく、東京での公演は大変な思いをして演奏会に足を運びました。
 
会場はほとんどが男性客。
会社帰りのビジネスマンでうめつくされ、ホールが黒やグレー一色でした。
関西弁もとびかい、朝比奈さんの地元関西から追っかけて来る熱心なファンも多いのが特徴です。
 
実はこの朝比奈さん、指揮がちょっとわかりにくいのです。
 
曲の開始で指揮棒を振りかざすと、どこで合わせるんだろうか?とヒヤリとするほどなのです。しかし、これがいつもわりと良い具合に合ってしまうのが朝比奈さんのすごさです。
オーケストラも、お互いの「気」を読もうと懸命になり、重いものを生み出すような、含みのあるずっしりと深い音色が響き渡ります。
ずれそうでずれないぎりぎりのところでふんばっている何か・・・があるのでしょうね。
 
近年の指揮者はテクニックの素晴らしい方が多く、どんな複雑な音でも気持ちよく合ってしまうので、逆にこういった重厚かつ素朴な響きがうまれにくいのかもしれません。
特にブルックナーのような作曲家はメカニックとは縁遠い作曲家なので、朝比奈さんの指揮に合っていたのだと思います。
彼の指揮だと、国内のプロオーケストラが、まるでドイツの名門オーケストラのような響きがするのです。
 
朝比奈さんの演奏の秘密はリハーサルにあります。
 
華やかな演奏効果をあげるため、楽譜に書いていない強弱や、テンポの変化をつけたりする指揮者が多い中、とにかく楽譜に忠実に演奏します。
地味なパート練習を中心に、弾きにくいところを何度もさらいます。
特に、メロディ以外の、お客さんにはよく聴こえないような「内声」を立派に仕上げることに集中します。
100人以上の団員一人として手を抜くことはありません。
表面だけではなく、見えないところに手をかける、まさに職人なのです。
 
朝比奈さんの素晴らしい演奏は、当たり前のことを当たり前に、黙々とこなすことを繰り返してきた結果なのです。
 
朝比奈さんは「愚直」という言葉を好んで使われていたそうです。
 
己を知り、愚直に一歩一歩進む姿が、オーケストラに「一肌も二肌もぬいでやろう」と思わせ、会場をうめつくすファンを感動させてくれたのですね。

 
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