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必要なのは実名ではなくトレーサビリティ

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匿名の問題については、以前にもエントリを書きましたが(「「匿名」対「実名」」、「それは匿名でなければ言えないことか」)、小倉弁護士の記事をきっかけに、ふたたびネットを賑わせているようです。他の方もエントリを書かれているのでコメントしようと思いましたが、長くなりそうなので自分でエントリを書き起こすことにしました。私自身、ハンドル名を使っていたら匿名だと言われたこともあるわけですが^_^;、ここではプロフィールも公開していますし、もちろん匿名ではありません。

住所を含む個人情報を公開することには、たしかにリスクがあります。私は、人にドメイン名の取得を勧めることがありますが、ドメイン名の登録には登録者情報を公開する必要があるため、抵抗を持たれる方も少なくありません。とくに女性の場合、ストーカー被害を受けるおそれもありますから、それを無視することはできません。ですから、常に実名を晒すべき、という主張には同意しません。
※現在は多くのレジストラがプライベート(公開される whois 情報をレジストラ名義にして個人情報を隠すこと)扱いでドメインを登録してくれますが(たいてい有償)、このこと自体を問題視される場合があります。たとえば、米国の ccTLD である .us ドメインはプライベートでの登録は認められていません。

一方、記事へのはてブのコメントなどの反応をみると、どうも実名=苗字+名前というイメージで受け取られており、成りすましや同姓同名といった点を問題としてとらえている人が多いようです。しかし、本来、重要なことは記事の冒頭に書かれている「プロバイダーか、発言者か、誰かが必ず責任を負うべきだ」ということでしょう。重要なのは、実名を公開することではなく、責任の所在を明確にすることです。つまり、何らかのサービスを利用するために、実名を公開する必要はありません。ただ、自分の連絡先(責任の所在)をサービス提供者に知らせておけばよいだけです。それによって被害者は、サービス提供者や投稿者を追跡できるわけです(トレーサビリティに関する記事)。

「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律」(いわゆる「プロバイダ責任限定法」)では、プロバイダ(サービス提供者)は問題の通知を受けた後で対応することで(民事の)責任を免れることになっています。これによれば、サービス提供者は誹謗中傷の投稿について投稿者の個人情報開示請求を受けた場合でも、まず投稿者に確認を求める必要があります。問い合わせがあったからといって無条件で個人情報が開示されるわけではありません。そもそも、匿名でもかまわない発言や情報交換はいくらでもあるでしょう。まったく個人的な日記をつけたりしているだけなら、個人情報を開示しろと言われることもないはずです(あってもサービス提供者の判断で否定すれば済むこと)。

匿名でなければ言えないことがあるという点については、信頼できるサービスを選べばよいといえます。新聞の投書欄について取り上げたコメントがありましたが、本来、投書欄は実名が基本です。事情によって編集部の判断で匿名で掲載されることはありますが、その場合でも新聞社にまで匿名で(個人情報を知らせず)投書しているわけではないでしょう。編集部も、誰のものともわからない投書であれば、掲載はできないでしょう。つまり、自分は意見のつもりで匿名で投稿したものが、誹謗中傷だからと開示請求の問い合わせを受けた場合でも、サービス提供者に理由を説明する機会があります。サービス提供者が「相当の理由がある」と判断できれば、情報を開示しなくてもよいわけです。もちろん、思考停止したような理由ではダメでしょうが、常識的に判断すれば責任を免れることはできると考えます(裁判官でもないサービス提供者が、決定的な厳密さを求められるとは思えません)。また、考えもなく、請求者に無条件で情報開示するようなサービス提供者はそもそも利用者に信頼されず、淘汰されていくでしょう。

サービス提供者に問い合わせが殺到したらどうするのかという点については、対応するしかないといえます。被害者が多数の投稿によって誹謗中傷を受ける可能性がある以上、これはサービス提供者としての責任です。問題がアングラなサービスに移動していくだけという指摘はあるかもしれませんが、それでも正々堂々と(?)無責任なサイトが運営し続けられるよりはましでしょう。トレーサビリティまで否定した匿名性の主張は、たんに責任逃れを維持したいだけのように聞こえてしまいます。「イノベーションのリスクを負わない人々」でも書きましたが、ネットの自由やイノベーションを主張しても、匿名性に隠れて負うべきリスクを負わず他人に負わせているだけなら、卑怯者と呼ばれてもしかたがないでしょう。そういえば、動画共有サイトへの投稿についても、権利者はわざと黙認しているとか、宣伝に利用していると本気で信じているのであれば、匿名で投稿する必要はないですね。権利者は、投稿者がはっきりしていても黙認はできるのですから。

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