セールスジャパンの経営を始め、様々な事業活動に携わるマイク丹治が、日々仕事を通じて感じていることをつづります。国際舞台での活動も多いので、日本の政治・社会・産業の課題などについて、グローバルな視点から、コメントしていきたいと考えています。

どのような国家を目指すべきか?

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米国のロシアゲート、我が国の加計事件、こちらの方はやたらせこい話だが、結果として政権に対する国民の信頼感には影響を与えていると思われる。それでも懲りない、ある意味での国民軽視、自己過信、国家=自分至上主義。つける薬はないのだろうか?

英国でも、また自己過信に基づくおかしな現象が発生した。欧州でも、根本的な構図は同じだと思われるが、フランスの大統領選ではさすがに思い上がりは如何かと思いつつも、急進派には勝利したが、英国の議会運営はこれからかなり大変なことになる。

先般来、どんな国家が望ましいのかという議論に触れる機会があるが、やはりシビルミニマムが達成された以上、国民の多様な要求に税を根拠にすべて答えることは無理であり、行政コストをできる限り抑えるとともに、国民がその政策決定に自らより直接的に関与する、また更には従来の行政行為の一部を自分たちで担う、ということが必要になると思われる。

その中で、必ず出てくるのが、アベノミクスなどの経済成長政策。もちろん資本主義の社会で生きている以上、経済成長を否定するものではない。だが、経済成長が不可欠で、それを踏まえて税収が上がって、結果として政策に反映されるという戦後のモデルはもはや明らかに機能しないのだ。

ということ、経済成長がなくても、国民の命や健康、生活が守られ、相応に生きがいを感じて生きられる社会を目ざすしかない。この点でちょっと関心があるのが、世界に冠たる福祉国家である北欧諸国だ。

ここで不思議なのは、ノルウェー、スウェーデン、デンマーク、フィンランドの4国は、欧米諸国や我が国よりも経済成長率が高いということだ。つまり論理的に福祉国家を実現するために経済成長を必須とする必要があるかどうかは別にして、福祉国家は少なくともこのところの経済比較で言えば成長性が高い。

ということは、経済成長が必要なのではなくて、福祉国家が結果として経済を成長させる基盤になっているということは出来ないか?今度このあたりをもう少し考えてみたい。

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