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 セールスジャパンの経営を始め、様々な事業活動に携わるマイク丹治が、日々仕事を通じて感じていることをつづります。国際舞台での活動も多いので、日本の政治・社会・産業の課題などについて、グローバルな視点から、コメントしていきたいと考えています。

ワールドカップサッカー・北朝鮮の悲劇

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どれ見ても同じー選挙公約

先週に引き続いて、今週は各党の選挙公約を見てみます。

まず思うのは、どれもあまり大差ない、ということです。民主党も自民党も、財政再建、経済成長、年金改革、日米同盟、議会改革、温暖化ガス対策など同じような政策が並んでいます。もちろん細かい点は多少異なりますが、大きな項目立ては同じだと言わざるを得ません。

確かに、子供手当ては民主党の政策ですから、これに対するスタンスは異なりますし、成長戦略については民主党が対象分野列挙・政府関与型であるのに対して、自民党は法人税率引き下げなど環境整備型であるなどの違いはあります。更に、公務員給与の引き下げに自民党は言及していますが、民主党は支援団体がいるからでしょうか、給与引き下げではなく総額の削減だけを記載しています。また、年金については、民主党が以前からの一元化を唱えているのに対して、自民党は受給要件緩和と相違はありますが、要は今ある制度を肯定した上での議論であり、この点に現実性がないと思うのです。

まだちょっと特徴がある第三党

ではほかの政党はどうでしょうか?

公明党は、財政健全化、年金など自民党と近い政策が並んでいますが、新聞記事の要約でちょっと気付いたのは、成長戦略に外国人観光客の目標を2500万人と明示したことです。社民党は、さすがに消費税増税につながる財政再建については明確な記述を避け、日米地位協定の見直しを掲げ、最低賃金の引き上げを提起するなど、党の基本理念に従った政策となっています。国民新党は、持論である郵政改革の見直しに関連するところを除いては、他の政党の政策の良いところ取りですね。減反政策の見直しに言及している点は、ちょっと評価。

みんなの党は、年金運用の民営化、公務員給与カット、減反の廃止などに言及している点を評価。新党改革とたちあがれ日本は、これと言った特筆事項はありませんでした。

考えてみると、多くの政党が財政均衡を実現し国民の不安を取り除くけど、年金はちゃんと渡すし、雇用も拡充する、新たな産業を興して経済成長も実現するし、子供も育てやすくする、環境にも貢献する国になるし、農業者など第一次産業にも配意する、と言っているんです。でも、そんなこと可能なのでしょうか?

他人の痛みに鈍感な日本人

話は変わりますが、ちょうどワールドカップ・サッカーが行われています。先日の北朝鮮とポルトガルのゲームは7対0という悲惨なものでした。もちろん実力の差と言えばその通りですが、サッカーであれだけの一方的な試合はあまり多く見たことはありません。

これを見ていて心配になりました。先日デノミに失敗したということで責任者が処刑されたと言われる北朝鮮、今度は選手たちの一部が処刑されるのではないか?翌日に監督の談話で処罰はないとコメントされていましたが、そのようなコメントをせざるを得ないこと自体が問題です。

私は早速多数の知人に連絡して、何とか惨劇を防ぐ方法はないか、声をかけましたが、数名の人間が返事をしてきてくれただけで、結構冷たい反応でした。そこまで心配することはない、それで名前でも売るつもりなのか、などなどです。

なんだか、日本人の小ささが見えてしまったようでとても残念です。人の命に関わることです。もちろん杞憂であればそれでいい、でも何か出来ないかと思うのは人間として当然ではないでしょうか?そして、たぶんすべきことは簡単で、何とかうまく連絡を取り合えば、助けるやり方は思いつくし、きっとサッカー選手仲間を始め、周りで考えてくれていると信じています。

何が言いたいかと言うと、どうもわが国は人の痛みに鈍感で、一方で自分の痛みには異常に敏感だということです。これはおそらく先進国共通の現象で、だから政治はとにかくいろいろな利害関係者に喜ばれることを積み上げるポピュリズム型となり、結果として財政破たんを起こす、という図式なのではないでしょうか?

今求められるのは皆で生活を切りつめる政策

ギリシャ、スペイン問題などと涼しい顔をして言っていますが、問題は単年度の国債依存率ではありません。累積の債務残高であり、これまで国内で消化されてきた国債は数年で国内消化が不可能となり国債市場の現実にさらされるということです。その瞬間にわが国の国家経済は国際ルールの下では破綻します。そして、それは財政という国民生活を維持する基本的な構造にかかるものであり、一方で国債の残高はすぐには減らせないので、解決する道はほぼないのです。

とすれば、国民全員が今ある生活を維持できるなどという幻想を払拭し、年金は国民年金部分を除いて大幅減額(少なくとも既存財源で対応できない部分はカット)、他国と比べて異常に高い公務員の給与は大幅削減、一方で雇用の実現のためにワークシェアリングを義務付け、末期医療は上限を設けるなどなど、国民が自ら身を削る覚悟をすべきであり、そのようなメッセージを出すべきだと思います。

そして一方で、他者の不幸には目を開き、それを解決するための支出には積極的に支援をする、人の痛みに敏感で自分の痛みはある程度我慢する、そんな社会になるべきだと思います。ひところ「第三世界」という言葉が、途上国の貧困を称して頻繁に使われていました。でも、今や先進国と言われた国々はポピュリズムに基づいた政策の失敗で、皆大きな負債を抱え、自分たちで作り上げた金融市場の暴力に打ちのめされています。その一方で、未来に希望を持ち着実に成長してきている国々があることを思い起こしましょう。

日本にもそんな時代があったのです。そして、ただただ甘言ばかりを弄する政党と政治家にきちんと「NO」を突き付けることが求められていると思います。今こそ本当の意味でのステーツマンが求められている、その意味で今回の選挙公約にはただただ残念としか言えません。

 

 

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