縁の下で働く話
娘が通うバレエ教室の発表会が近づいてきた。町のごく普通のバレエ教室とは言え、出演する生徒数は100を超え、収容人数1000人規模の市のホールで開催されるなかなかのものだ。ついでながら発表会費用の方も、別途購入するであろうビデオやら写真やらその他雑費まで含めると、ざっと15万円近くとこちらの方も立派なものだ。月謝の方はごく普通の習い事の相場とあまり変わらないと思うのだが。奥さんが日本舞踊を習っているという友人がいて、彼によればその月謝と発表会費用総額の方はどうやら娘のバレエとは桁が違うらしい。上には上があるものだ。15万程度でひるんではいけない
夏も終わりに近づくと、通常は週に2回の練習に、さらにもう一回が日曜日に加わることになる。このシーズンの娘の週末は、バレエを中心にあらゆるスケジュールが組まれるので、ここ数年は家族で秋の行楽に出かけたためしがない。一度くらい練習を休んでどこかに行こう、と誘惑しても娘が乗ってきてくれないのである。どうやら最近は練習が楽しくて仕方がないらしい。こうやって次第に父親の出番が減ってくるんだろうなあ。
練習の方もさることながら、会場の運営の負荷は親の方にかかってくる。学校で言うとPTAに相当するような組織があって、そこを通じて何らかの役に就かなくてはならない。要するに皆のボランティアによって支えられる発表会というわけだ。ところが何かの間違いで妻がその副会長を務めるはめになったものだから、発表会を前に忙しいのは娘だけではない。日中は「PTA」のミーティングをこなし、夜は夜で僕の目の前で役割分担表作りに没頭している。どうにかすると深夜近くまで、他の役員とのメールやりとりが続いている。管理対象の人数が多いものだから、時にExcelなんぞを駆使しなければならないのだが、仕事を辞めて10年以上も経った専業主婦の腕はとっくに錆びついていたりする。そんな時は、時間無制限の、家庭内無報酬労働者が借り出されることになる。かつては一太郎が得意だったなんて言ったところで、家のPCには導入されていないのである。
おかげさまで、腕が錆付いた妻に向かっていい加減なアドバイスをする以外は、休日に小刻みにではあるが自由時間が確保できそうだ。ところがこれが発表会当日になると、役員としての準備に出かける妻の運転手、出演準備に出かける娘の運転手、わざわざやってくる親戚のための席取り要員と、働かされるはめになる。仕方ないと言えば仕方ない。かくしてバレエ発表会は、娘だけでなく、「PTA」役員としての妻を働かせ、最後に諸事雑用係として僕を動員することになる。親の役割なんてこんなもんだろう。勉強を教えたり本棚を組み立てたりしてやるだけでなく、何の尊敬も勝ち得るチャンスがないような、目立たぬところでも黙って奉仕しなければならないのだ。