懐かしきシングルレコードにはA面とB面がありました。A面はヒットねらい、B面はシンガーの個性を出す。ビジネスメディア誠の連載“うふふマーケティング”が「A面」なら、こちらは「B面」。自分のこと、思ったことを1/1スケールで書きます。

みんなですればおもしろい。

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お金が足りないーではみんなから集めよう、ではダメなのである。そこには何か"共謀"がほしい。

小さい頃、お金を出し合って何かをするのがスリリングだった。

誰かが思いついて「みんなでやろうよ」と始めまること。たとえば爆竹遊び。火をつけると「パンパンパン!」と連続破裂で、世の中を小さくびっくりさせられる小道具。あれを雑司ヶ谷墓地の隅っこの方で鳴らして遊んだ。住宅街じゃなくて墓地でやるのがぼくらの世間様への思いやりだった。ちなみに雑司ヶ谷霊園はぼくの育ちエリアで、東京都豊島区にある、けっこうでっかい墓地だ。

「房」になって売っていた爆竹がいくらだったか、とうてい覚えていないけれど、何十円ずつとかお金を出し合って、駄菓子屋で買う。駄菓子屋も心得たもんで、子供が爆竹でも何も言わない時代だった。われわれは墓地へ奥深く侵入する。鳴らしても世間様にギャアギャア言われない神聖な場所。そこだけは墓石もなく、くぼみみたいな所で、火鉢が捨てられていて、ライターで火をつけてはポンとそこに投げる。破裂連続音がたまらん!墓場の「昔の世間様」はびっくりしただろうなあ。

ある日、数名で爆竹遊びをしていたら、フっと警察官が現れた。
「ここで何をやってるキミたち?」と詰問した。
ぼくは、実にぼくらしくない、機転をきかせた。
「ここに来たら、誰かが前に、爆竹をやっていたようなんです!」
「ほお...そうか」
騙されたのか見逃したのか、ともかくぼくらは、平静をよそおってドキドキして、その場を離れたもんだ。

こんなエピソードを紹介したのも、今朝『人はなぜ"だれかの体験"に金を出すのか?』という記事をうふふマーケティングに掲載したからだ。テーマは"クラウドファンディング"、みんなから少額資金を集めて何かをしよう、というビジネスモデルである。

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商品開発、店舗開業、イベント、映画製作、アート、社会貢献...いろんなジャンルにクラウドファンディングが登場している。ただ「自分だけじゃお金が足りない」から「お金を集める」のはどうなんだろう?ちがうような気がする。

たとえば「アートを広めたい」からファンドを募る。アートはお金が集まりにくい。だからみんなの力を借りたい。わからなくはない。でもなぜそれを広めたいの?なぜそれを伝えたいの?それがないのは「壁」がある。

ぼくらの墓場のクラウドファンディングは小さなものだったが、そこには真理があった。それは、

「みんなで共謀するからおもしろい」

これがないとだめ。足長おじさんの寄付でもいいけれど、見返りもいいんだけど、「おもしろい、じゃあ出そう」が無いのではファンディングじゃない。共謀があるのかどうか、そこがたいせつだ。
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