小中学校や高校の授業で活用されつづけるICT環境を構築するには、多くの課題が存在します。その解決策を探る中で見つけたこぼれ話を綴っていきます。また、幼稚園や保育園年代からの「ICTとの適切な関わり方」はこれからの時代の重要なキーワードです。この分野についてもブログを通して伝えていきます。

ワールドカップ日本代表の結果から、これからの教育を考えてみた

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サッカーワールドカップ

日本のグループリーグ敗退が決まりました。(とっても残念!)

開幕前の予想に反して、0勝2敗1分け 勝ち点1という結果でしたね。

海外でプレーする選手も多く、期待感のあるチームでした。

なぜ、このような結果に至ったのか、専門的な分析は出来ませんが、

自分の経験と、教育に関わる立場から考えてみました。

各試合で共通していた事は

「決定力不足」でしょう。

これは、ずいぶんと前から言われ続けてきた事でもありますね。

なぜ、自分で突破しない?

なぜシュートを打たない?

なぜ、シュートが決まらない?

と、試合を見ながら考えるうちに、「日本の教育や学校生活」にその根源がありそうな気がしました。

私自身の小中高での学校生活を振り返ると

学校では「結果」よりも「過程」を尊重される。

→ゴールよりも、ポゼッション重視

学校では「カタチ」「細部」にこだわる。

→奇麗に崩そうとする。攻撃の型を追求する。

学校では「協調性」「和」「規律」を重視される。

→組織的な動きが優先。個人のエゴは抑える。

学校では「合理的」「効率的」なことは「手抜き」と見なされることがある。

→コロンビアのカウンター攻撃は、まさにお手本。

学校では、「個性」「リーダーシップ」が、時には「うざい、変なヤツ」と思われる。空気を読む。

→自分で道を切り開く「突破力」が足りない。安全なプレーを選択する。

学校では、教師の顔色を見ながら発言することも多い。

→監督の指示に忠実。

学校では、「縦社会」「同一学年の活動」が多い。

→先輩に遠慮する。パス(責任)を預ける。(決断しない)

部活動では、「気合い」「根性」「粘り」が大切だと説かれる。

→フィニッシュで力(リキ)む。シュートが決まらない。冷静かつ理性的プレーが少ない気がする。

1人ブレストすると、こんな感じでしょうか。

あくまでも、私自身の経験上から書いている事です。

感じ方や捉え方は他にもあると思います。ご容赦ください。

海外のクラブで闘っている選手ならば、

ある意味で日本人らしくない個のチカラ

「決断力」「突破力」「個人のエゴ」

でグイグイ引っ張ってくれるかと思いながら見ていました。

現実は結果が示す通りです。

大人になって、単身海外に渡り、自分の道を切り開いている選手であっても、

「日本人」だな

と感じさせてくれた大会でした。

サッカー日本代表が強くなる為には(そこが教育目標では困りますけど 笑)

これから先の学校は、どう変わると良いのでしょうか?

学校教育の根幹は、国が示す「学習指導要領」です。

これは、日本中どの学校に通っていても一定の水準の教育を受けられる様に、各教科の指導内容などを明示し、教科書や授業に直結するものです。

およそ10年に一度改訂され、その度に国家として望む人物像などが反映されています。

次の学習指導要領は、今年度より前倒しで検討が始まり、2020年度に全面実施となる予定。

これは、前回の改訂から8年という異例の早さです。(小学校の場合)

既に報じられているのは、東京オリンピックの開催を視野に入れた「英語教育」の全面実施など。

今後の社会情勢の変化に対応出来る人物を育成する内容が盛り込まれるだろうと、推測されています。

私の活動フィールドである「教育ICT業界」では

「キー・コンピテンシー」「21世紀型スキル」といったキーワードの中で、ICTを活用した学習活動を推進しています。

次の学習指導要領には、ICT活用を含めた「問題解決能力」「課題解決の実践力」の育成などが盛り込まれるのではないかと考えられています。

授業の中で、そのようなチカラを育むことになれば、

ある場面では、一斉型の授業から恊働型・問題解決型の授業へ転換されることでしょう。

その手法として「反転学習」や「アクティブラーニング」が取りざたされ、一部の学校では先進的に取り組まれている状況です。

教師の役割も「指導者」から「ファシリテーター」へ変化するとも指摘されています。

「日本の学校も、変わりそうじゃないか」

と思っていただけるかもしれませんが、

実は、他国ではすでに取り組まれている事だったりします。

この結果がカタチに現れるのは何年後でしょうか?

その時には、他国との差は縮んでいるのか、日本がリード出来るのか、はたまた置いていかれるのか。

潜在的に開いてしまっている他国との教育環境や学習内容との差を、直視せずに進んできたこれまでの遅れを取り戻す事が出来るのか?

リスクを取ってでも、自分の想いを表現する為に起業する、国外に打って出る人物になり得るのか?

このような点に注目しつつ、民間人の立場で出来る事を模索しながら、貢献していきたいと思います。

そして、

未来のワールドカップでは、グループリーグ突破の常連国になっている事を期待しています。

Comment(4)

コメント

おりちゃん

課程→過程

田中 康平

ご指摘、有り難うございます。

八橋健一

非常に共感しますが、日本ではその変化は難しいのではと思います。自分は1986-2011日本以外でくらし、2012-2014は短期ながらも日本で活動する機会がありました。しかしながら、「協調性」を重んじる社会は変わっていないと感じています。今回、新たなオファーを中東からいただき、新しい場所で活動しますが、正直これからも日本以外でやって行くと思います。「うざいやつ」と思われるのでしょう、日本では。「空気を読む」とは日本独特の文化だと思います。まず、大多数が何を期待しているかを推測し、発言/行動する。そこで、自分はどう思うかは、まるっきり必要のないものだと感じています。

田中 康平

コメント、ありがとうございます。
私も非常に難しいと感じています。
文中に書いたように「学習指導要領」の改訂と、
小学校教員の「定年退職と新採用の増加」がこの5年で劇的に進む事によって、なにか変化がもたらされるのではと期待しています。
とはいえ、これまでの歴史と文化の中で築き上げてきた部分は、そう簡単には変えられないでしょう。
公教育では難しいと思いますので、民間が主導して子供達にきっかけを与えていく事も大切ではないかと考えています。

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