オルタナティブ・ブログ > ITエンジニアのための開発現場で役立つ心理学 >

人間関係、コミュニケーション、モチベーション、ハラスメント、メンタルヘルス、リーダーシップ、マネジメント、リラクセーションなどの情報を投稿します

この作業をやる意味あるんですか? 開発現場にあるジレンマの解消のしかた ──認知的不協和の解消

»

意味のない作業をやらされていると感じたらどうするだろうか? たまに(頻繁に?)なんでこの作業をやる必要があるのだろう、と感じることがある。決められたことだからと渋々作業を進めるのだが、あとあとになって他の人から「なんでこれやっているの?」と聞かれて回答に困ってしまう......。

無駄なテスト

ある金融機関向けシステム開発のテスト工程でのこと。これからプログラムのテストを実施する段階なのに、すでにそのプログラムを改修することが決定されていた。今、仮にテストをしてもプログラムが変更になるので、変更後にテストをやり直さなければならない。したがって、今の時点でテストを実施するのは無駄なことだと思えたのだ。本来、システムの品質を上げるためにテストを実施するのだから、品質に貢献できない無駄な作業をすることに何ら意味を感じることができなかった。「崩されると分かっていてレンガを積み上げるようなもの。やるだけむなしい」と言ったことを覚えている。当時、テストに関わっていたメンバーは20名ほど。期間は2ヶ月間なので合計で40人月になる。都内近郊で3LDKのマンションが買える金額だ。40人月分のお金をドブに捨ててまでやる作業だとは誰も感じていなかった。

意味のない作業はやりたくない

このようなジレンマ(「テストをやらなければならない」と「テストをやっても意味がない」)を突きつけられた時に感じる不快感を"認知不協和"という。認知不協和を持った人は「この作業をやる意味あるんですか?」とつぶやくはずだ。本来、テストは品質を担保するために行う。しかし、この場合はテストを実施しても品質向上に貢献できない。このように矛盾を抱えた状態が認知不協和だ。人は認知不協和を抱くと、それを解消しようとする。当時のわたしたちも、意味のないテストをするのではなく、その時間を使って別の作業を行うことを考えた。設計書をブラッシュアップ(現状よりもさらに磨き上げる)したり、プログラムをリファクタリング(プログラムの動作を変えずにソースコードの内部構造を整理する)したり、システム品質に役立つと思われる別の作業をすることで認知の不協和を解消しようとしたのだ。当然、多くのメンバーもこの考えを支持した。

体裁のために作業をやらされる

しかし、プロジェクトマネージャーにその考えを受け入れてもらうことができなかった。なぜならば、ユーザにプログラムを修正することを説明していなかったからだ。実はプログラムの改修が必要になったのは開発ベンダー側の不手際が原因であり、ユーザにはそのことを報告していなかったのだ。当然、ユーザはテストが実施され、終われば報告書が提出されるものと考えているのだ。そして結果報告をするため、テストをやらなければならない。そのような経緯もあって、別の作業を行うという計画は却下されてしまった。つまり、認知不協和の解消ができなくなってしまったのだ。そして、品質に貢献できない作業(3LDKマンション購入できるお金をドブに捨てること)をやらされることになったのだ。

荒んだ職場

この決定に対し、多くのメンバーは納得感を持つことができなかった。品質を上げるためのテストではなく、見せかけの報告をするためのテストだからだ。そのため認知不協和はよりいっそう拡大してしまった。「なんのためにテストをやるんですか?」「やってもテスト結果を捨てるのですよね?」「モチベーションが上がりません」といった意見(非難)が多く挙がった。当然、職場の雰囲気も悪くなり、メンバー間のコミュニケーションもとげとげしくなってしまった。「誰がテスト項目表を書いたんですか! 文章がわかりづらいですよ」、「テスト手順がわからない。書き直してくれ」、「ちゃんとテストしたのか! 確認が不十分じゃないか」、などの攻撃的なやりとりが増えていった。助け合いながら仕事をする雰囲気も薄れ、殺伐とした雰囲気となってしまった。

前向きに捉える

そこでわたしたちは、これを無駄なテストと考えるのではなく、リハーサルあるいは、正式版のテストに向けたスキルアップや経験値を上げる作業と捉えることにした。たしかにテスト結果は無駄になるかもしれない。しかし、テストを1度実施すれば、テストにかかる時間が測れたり、テストを実施するための問題点を検出したりすることができる。そうすれば、正式なテストの際に、適切な工数見積りができたり、テスト項目表の記載を改善したり、テスト自動化を検討したり、いろいろな改善ができるようになる。そうすればテストの生産性が上がり、結果としてシステム品質に貢献できる。そう考えることで、無駄に思えたテスト作業もシステム品質向上に結びつけることができ、認知の不協和も解消されるようになったのだ。チームのメンバーにも「テストを実施したり消化することを目的とせず、改善点を見つけることを目的としよう。テストの生産性を上げるためにどのような工夫ができるか考えてほしい」ということを伝えた。

納得感が大切

開発プロジェクトは品質・コスト・納期のバランスが大切だ。たとえどれだけ品質が高くても、赤字になったり、納期が遅れてしまえばプロジェクトは成功とは言えない。そのためバランスをとりながらプロジェクトを運営していく必要がある。バランスを取るためには、品質・コスト・納期のうちのいずれか(あるいはすべて)を犠牲にしなければならないことがある。その際に認知不協和は必ず起こる。そしてその不協和をどのように解消するかによって、プロジェクトメンバーのモチベーションに影響を与える。悪い影響を与えないためにも不協和の解消方法が重要だ。メンバーの納得感を得る方法を選択しなければならない。

Comment(0)