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AI嗅覚センサーが支援するまで、まずはアナログ手法で個体差を知ろう。あなたの感じる悪臭は、誰かの感じる良いニオイ! ~続・嗅覚センサーを見直そう(1)~

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同じ柔軟剤のニオイを、図形で表して、話し合ってみよう。

ヒトの嗅覚は千差万別。
同じ物質のニオイを、感知するひと、しないひと。強く感じるひともいれば、かすかに感じるひともいる。多くの物質をとらえるひともいれば、特定の物質のみをとらえるひともいる。

誰しも、自分の嗅覚を基準に考える。
いったい、なにが標準なのか。指標を持つ者はいない。互いに知らせ合って差異を確認するしかないだろう。

そこで、ひとつ提案しよう。
同じ香り付き柔軟剤について、とらえたニオイを図に描いて、伝え合うのだ。

たとえば、ある売れ筋の柔軟剤。

筆者は、次のように捉えている。
一瞬の刺激臭の後、フローラルやフルーツなどの香りが漂い、酸っぱいニオイが漂う背後から腐臭が現れ、これが尾を引く。

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筆者同様、この腐臭を感知するひとたちがいる。その中のひとりとは、同シリーズの最新の製品について、感覚が一致している。図にある従来製品と違い、腐臭がフェードアウトせず直線的なのだ。

筆者が嗅いでいるのは、共用部に滞留しているニオイである。濃く充満している時もあれば、薄く漂っている時もある。ニオイが薄い時、香りは強く、腐臭は弱く感じるようになる。

悪臭として感知するニオイの正体は何か?

この腐臭、筆者には、ジメチルトリスルフィドのようなニオイに感じられる。

スルフィド類のニオイとは、硫黄臭だ。悪臭、腐敗臭、不快臭と言われる。

しばしば例えられるのは、口臭、磯の香り。食品が腐ったニオイ。ストレスで強まる体臭、世界一臭い花ショクダイオオコンニャクのニオイ。果物ドリアンのニオイ。
ネギやニンニク、ニラといった「ユリ科ネギ属」の野菜も、スルフィド類のニオイを放つ。

では、対象とした柔軟剤のシリーズには、この物質が含まれているのだろうか?

Copilotに、特定の物質名を伝えたところ、「公式に開示されていないため、確認することができませんでした。ただし、(対象とした)柔軟剤の成分情報によると、ジメチルオキシド、ジメチルスルホン酸ナトリウム、......(以下膨大な物質名)」と返答。だが、日を改めて「スルフィド類」と伝えたところ、「含まれていない」と即答した。情報が更新されたのではなく、プロンプトの違いによるものだろう。

さらに日を改めて、再び質問すると、「柔軟剤に含まれる香料成分が、一度使用するだけで数日から数年も残り続けることがあります。この持続性が硫黄臭を感じる原因となることがあります.」と回答。

ジメチルスルホキシド のように、「長く貯蔵したものは分解物である硫黄化合物の臭気を持つ」のだろうか。
それとも、柔軟剤を使ったために汚れが蓄積、悪臭物質が発生しているのだろうか。

いずれにせよ、この柔軟剤を使わなければ発生しないニオイであることは間違いない。

良い香りだとおもうひと。環境と食文化で、嗅覚が変わる可能性

悪臭に耐えながら使うひとはいないだろうから、同製品のユーザーは、「良い香り」だとおもっているに違いない。では、なぜ、良い香りだとおもうのか?

ひとつは、腐臭を「良いニオイ」だと認識している可能性だ。

スルフィド類は「にんにくや玉ねぎなどの野菜に含まれる成分」でもある。
Copilotは言う。「スルフィド類のニオイが好きな人は、にんにくや玉ねぎなどの食材を好んで食べる人が多いかも。」また、磯の香が強い場所では、貝類や藻類が多く生息している。
貝類やニンニクの料理が好きなひとは、良い香りだとおもうのだろうか?

逆に、オリエンタル・ヴィーガンにとっては、悪臭なのかもしれない。ネギ類、ニラ類、ニンニク、らっきょうは、五葷(ごくん)と呼ばれ、精進料理に使われることはない。ニンニクは、昭和前半まで、産地でもなければ、家庭料理に使われることも稀だったのだ。

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もうひとつは、尾を引く腐臭を感知していないか、弱く感知している可能性だ。

Copilotによれば、「(柔軟剤では)一般的には、フローラル系の香りや柑橘系の香りが好まれる傾向」があるという。「スルフィド類のニオイが好きな人はいるかもしれませんが、一般的にはスルフィド類のニオイは不快に感じる人が多い。」

果物のドリアンは、「その特有の強烈なニオイで知られています。スルフィド系の化合物がこのニオイを引き起こしています。一方、エステルは、果物の香りに関連する化合物で、通常は良い香りを持っています。」
そして、「スルフィド系のニオイを感知できない人は、ドリアンのニオイを直接感じることはありません。エステルだけが香りとして感じられる可能性が高いです。」

柔軟剤のフローラルやフルーツの香りだけを捉える個体が、良い香りだとおもっている可能性はありそうだ。

ちなみに、ドリアンの中のスルフィドには、TRPA1・TRPV1活性があるという。

スルフィド類のニオイを感知しない個体は、どの程度いるのか?

スルフィド類は、ガスの着香剤としても使われている。

当然、大多数が感知する物質でなければならない。疫学調査など根拠があって、この物質が選ばれているはず―――筆者はそう思い込んでいた。

ところが、Copilotによれば、スルフィド類の感知能力には個人差があるという。遺伝的要因や環境の影響を受ける可能性がある。加齢により嗅覚性能が低下するため、高齢者は感知しにくくなる場合もある。「一部の人々はスルフィドの臭いを感じにくいか、感じません。」

驚くことに、何パーセントのひとが感知できるのか、正確なデータはないという。「日本人の感知能力については、特定のスルフィド類のニオイに対する統計的な割合は直接的には報告されていません。」

ガスの着香に使われ始めたのは、いつなのか。ガス灯がお目見えした1872年より後で、固定電話が普及した昭和中期より前であることは間違いない。その時代の情報収集方法は、対面での聞き取り、アンケート回収しかない。着香のための物質決定は、これなら多くのひとが分かる「だろう」という推測に基づくものだったのだろうか。そして、それが外れていたのだろうか?

それとも、ヒトの感知能力が変化したのか?

昔は、感知するひとが多かったのではないか。だが、嗅覚が変化して、感知しないひとが増えているのではないか?

磯の香りは、「海洋植物プランクトンや大型藻類が浸透圧調整物質として生成する、ジメチルスルホニオプロピオネートという化学物質が元になっている」という。海水中の細菌が利用して硫化ジメチル(DMS)を生成、これが大気中に放出されると、磯の香りとなるそうだ。その海水中の細菌は、海流の影響を受ける。強く香る年もあれば、香らない年もある。ヒトの嗅覚は、自然界の情報にも左右されるのかもしれない。

悪臭物質のニオイを感知しないというリスク

特定のニオイを嫌うのは、それが危険な物質だと判断するためだ。事実、香害を引き起こす製品は、ナノサイズの粒子を撒き散らし、環境を汚染し、その中で暮らすひとびとから健康を奪っている。

もし、スルフィド類のニオイを感知しにくければ、その嗅覚は、生活上のリスクを引き起こすのではないか。

スルフィドは、使用方法にもよるが、有害な物質だ。Copilotによれば、「スルフィドのニオイがわからない人々は、嗅覚障害を抱えている可能性がある」。2021年時点で、漁具のような特定の用途において、条例で使用禁止にしている自治体が6県あるともいう(ただし、明確なリソースはない)。

「におう」ということは、鼻の最上部にある「嗅粘膜」に成分が到達し、電気信号が嗅神経を通じて大脳へ伝達され、処理されたということだ。この経路の途中でトラブルが発生すると、におわなくなる。

トラブルの発生した場所によって、嗅覚障がいは、3つに分類される。気導性嗅覚障害 (鼻腔内の障害)、嗅神経性嗅覚障害 (嗅粘膜の障害)、中枢性嗅覚障害 (神経~脳の障害)だ。これらは治療の対象となる。

Copilotの調査によれば、嗅覚障がいの発生頻度について、具体的な男女比の明確な統計はない。一般的に、男性と女性の間で嗅覚の感度にはわずかな違いがあることが知られているが、嗅盲についての性差は詳細には研究されていない。
嗅盲の割合は、研究によって異なるが、おおよそ1%未満。一部の研究では、日本人の嗅盲の割合は0.1%から0.5%程度と言われている。

AI嗅覚センサーに、できること、できないこと

嗅覚障がいのあるヒトから、高精度に感知するヒトまで、多様な嗅覚の持ち主が、同じ社会で生きている。だが、その多様性は、低く見積もられており、軋轢の原因となっている。こうした嗅覚の差異を、技術で埋めることはできないだろうか。中間フォーマットとして、互いを接続するようなシステムだ。

嗅覚センシング技術は、センサー × AI × 仮想空間、の三つ巴で、急速に進展している。

パナソニック インダストリーは、2022年に「人工嗅覚システム」を公開。
匂いの分子を感応膜で捉えて電気信号に変換、AIのパターン認識を利用して匂いを識別するしくみだ。この感応膜が肝で、「高分子材料と導電性カーボンナノ粒子の混合物で構成される独自開発」したものだという。

サンヨー化成は、匂い分子を、匂いセンサー素子で検出、データを機械学習させるシステムを開発している。

国立研究開発法人 物質・材料研究機構 (NIMS)では、嗅覚センサーと機械学習でニオイのデータ化を実現し、実証実験を進めている。

これら以外にも、参入が相次いでいる。REVORNは、においセンシングから再現までの、デバイスを開発している。日立製作所や旭化成も参入しているようだ。

匂う化学物質をセンシングしてデータを取得、蓄積、再現する。匂いを嗅いだときのヒトの脳内の活性化部位から、好き嫌いを判断する。これらは早期に実現するだろう。
さらに、非侵襲の高精度な脳機能センシングが可能になれば、複数の個体の反応を、リアルタイムで照合して比較し合うことも可能になる。

とはいえ、AI嗅覚センサーの利用方法は、「物質の匂い」や「ヒトの脳活動」ありきであって、「個体の情動」ありきではない。データから始まるものであり、データ化できない情報から始めることはできない。個人の記憶と紐づいて惹起される曖昧模糊としたイメージ、そのイメージから生まれ、移りゆく複雑な情動、身体感覚。それらすべてをデータ化して伝達し合うのは、至難の業だ。

まずは図を描いて、自分の感覚を伝えよう。相手の感覚を理解しよう!

冒頭で提案したように、まずは、図を描くなどのアナログな手段を試してみよう。ヒトとヒトが歩み寄り、互いの嗅覚の個性を確認し合うことに、意味がある。

ぜひ、ニオイの視覚化による情報交換を試みてほしい。
気付き、驚かされることがあるはずだ。
自分の嗅覚の捉える情報が、他のそれとは異なること。差異を知り、嗅覚の多様性への理解が進み、香害健康被害者たちへの配慮が行き届くことを期待したい。

同時に、耳鼻咽喉科の学会や団体には、嗅覚検査の標準化と実施を希望する。自然災害の多いわが国で、嗅覚障がいの割合が多ければ、いざというとき、危険を察知できない事態が起こりうるのだから、待ったなしだ。とくに、医療従事者、消防、自衛隊、警察、民間救急、介護福祉士、義務教育の教師など、生命を預かる可能性のある職業において、嗅覚の精度は重要だ。

そして、メーカーには、嗅覚を狂わせる可能性がある香料、それを長持ちさせるための化学物質、また、粒子を呼吸器から取り込む可能性のある除菌・抗菌剤などの使用を見直すよう、お願いしたい。


参考になる嗅覚に関するリソース(公共・学術・法人)

匂いの価値や質が決まるしくみを受容体レベルで解明 ~求める香りをデザイン可能に~」
東原 和成 東京大学 大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 生物化学研究室 教授
東京大学 大学院農学生命科学研究科 科学技術振興機構(JST)H31.1.14

NHK WEB特集「あなたの知らない"におい"の世界 AI嗅覚センサー

嗅覚障害の診断と治療 - J-STAGE 2: 「第122回日本耳鼻咽喉科学会総会 シンポジウム」
嗅覚障害の診断と治療」東京大学大学院医学系研究科耳鼻咽喉科学教室

東原 和成「へるすあっぷ21」連載「においの科学のウソ・ホント

パナソニック・インダストリー「人工嗅覚システム においを捉えるセンシング技術 五感のデジタル化、最後の砦へ

サンヨー化成「匂いセンサー特設サイト匂い分子を、匂いセンサー素子で検出、データを機械学習させるシステム」ELECTRONIC NOSE BY ARTIFICIAL OLFACTION USING AI

国立研究開発法人 物質・材料研究機構 (NIMS)
「嗅覚センサーと機械学習でニオイのデジタル化と見える化に挑む~「擬原臭 : 限られたサンプルの中で基準となるニオイ」を選ぶ~」2021.06.21
物材研の解説ページ(「Scientific Reports 11, 12070 (2021)」論文へのリンクあり)
プレスリリース(ナノアーキテクトニクス材料研究センター)

REVORN「においセンシングデバイスから再現デバイスまで


「嗅覚センサーを見直そう」全24回+2回 目次

「日用品公害・香害」目次(進行形)

「6弦のカナリア」目次

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