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「化学物質過敏症」と呼ばれる病。その光と影(前)特効薬は「フレグランス・フリー」? ~日用品公害・香害(n)~

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第一選択肢は、売り場の見直しとストックの回収

日用品公害(含香害)による健康問題について、twitter上で4日間限定のアンケートをとってみた。
質問と結果は次のとおり。

日用品公害(含香害)原因製品が店頭から消え、ユーザー宅の在庫が回収されたら、

  • 発症前の健康状態に戻る21.3
  • 体力の回復次第で、元に戻る19.7
  • 元には戻れないが、症状は軽減する59.1
  • 症状は軽減しない:0

(回答者数:127人。インプレッション:880人)

対象は、健康被害者のみ(※1)。症状があれば未診断でも回答可とした。専門医が少なく、予約待ち期間が長いうえ、外出自体が困難で受診できない人もいるからだ。

質問にある、日用品公害(含、香害)原因製品とは、「高残香性柔軟剤・柔軟剤入り洗剤・抗菌系合成洗剤」に加え、米加の複数の州で推進されている「フレグランス・フリー」の対象となっている製品だ。

日用品公害アンケート0325_0329.png

twitter上の簡易なアンケートにすぎない。エビデンスはない。だが、結果から見えてくるものがあるだろう。

回答者の実に4割は、該当する製品が生活圏から姿を消すだけで、元の生活に戻れる可能性があるという。
さらに、6割の人たちが、元には戻れなくても、症状が軽減するという。

元に戻れないという理由は、おそらく次の3つだろう。

1つは、環境中の残留物質による曝露だ。
原因の製品が姿を消しても、すでに環境中に蓄積している物質は回収できない。衣類や備品への移香も除去は困難だ。曝露量が減るから、症状は軽減する。だが、学校、職場、公共交通機関、病院など、行かざるをえない場所の空気が「元には戻らない」から、健康状態も「元には戻れない」。

2つ目は、原因の製品に含まれる化学物質以外への曝露だ。反応する物質が増えると、元に戻るには時間がかかりそうだ。自然の花木の香りにも反応するようになるという。

3つ目は、元の生活を取り戻すことがかなわないという意味合いだ。休学や休職、人間関係の悪化など、健康以外のものも失うと、その再構築は容易ではない。

それでも、原因製品の使用が見直されるなら、健康を取り戻せるひとたちがいる。症状の軽減するひとたちがいる。

シンプルに考えてみよう。
回答者たちの健康回復の第一選択肢は、医薬品だろうか?
ドラッグストアやスーパーの売り場の商品構成の見直しと、使用世帯に眠るストックの回収の推進ではないのか(※2)。
残留物質のない空気。休養。安心して体調回復に務められる生活基盤ではないのか。

彼らはtwitter上で、しばしばつぶやく。「香害さえなければ、われわれは」
健康は、足し算よりも、引き算で作られる。

「日用品公害による健康被害」には、総合的な対策を

アンケートの回答者たちの何割かは、「化学物質過敏症」と診断されている。
化学物質過敏症・対策情報センターによれば、2016年頃から発症者が増えている(化学物質過敏症 発症時期アンケート
新技術(ナノテク、マイクロカプセル化、徐放・包接 ※3)使用の日用品をトリガとして発症したひとたちが、その数を押し上げていると考えられる。

所見や検査結果から、診断名は「化学物質過敏症」となる。しかし、「過敏」かといえば、そうではない。
通勤電車や会議室の閉鎖空間。異なる柔軟剤成分が混じり合う教室。毎日何時間もナノパーティクルを吸入し続ければ、不調をきたすのは当たり前だ。「現時点では、まだ」不調に気付いていないひとたちの方が多いというだけだろう。「過敏」というよりも、早く感知した「第一集団」といった方が正しい。医療問題ではあるが、社会問題でもある。

日用品公害の問題は、ゴミ屋敷のそれと似ている。
清浄な地域に暮らす者は、汚染のすさまじい状況を想像しにくい。「隣家が片付けてくれない」という声に対し、園芸用品が散らかった家庭菜園を想像し、「片付いていないくらいで?」と軽く捉える。 ところが、実際は、条例がないために行政が動けないだけで、収集品が道にあふれ、火災の危険性もあるゴミ屋敷、というパターンだ。
われわれの想像をはるかに超える、異様な大気汚染が進行している。にもかかわらず、まだ呼吸できる地域の住民は、潜行するリスクに気付いていない。

有資格者が扱うべき化学物質が、一般消費財に含まれて拡販され、無資格の民間人が扱ったために、事故が多発している―――日用品公害に端を発する化学物質過敏症は、疾病というより、もらい事故―――それが筆者の見方である。

特定の日用品を使ったばかりに、巻き込まれたひとが犠牲者となる。同僚や隣人やクラスメートが、加害者と被害者の立場に分かれてしまう。人間関係が崩壊する。被害者は休学や退職を余儀なくされる。
職場ガチャ。学校ガチャ。隣人ガチャ。
その実態は、従来の化学物質過敏症とは、かけ離れている。

ましてや、健康被害を伝えて、使用の自粛をていねいにお願いしたところ、逆ギレして増量されるにいたっては「健康被害者」という言葉すら宙に浮く。これでは「ハラスメントの被害者」ではないか。

従来の化学物質過敏症には、シックハウスをトリガとして発症するものが多かった(※4)。その従来型のフレームの中で、日用品由来の健康被害を扱うことは妥当なのか。

企業・学校・行政・司法。
医療だけではない、総合的な研究・支援体制がもとめられる。

「化学物質過敏症」の原因疾患は、ひとつなのか?

冒頭のアンケートはおもに香害問題啓発者の間で拡散されたため、回答者の中には、診断済みの「化学物質過敏症」患者もいる。
それを踏まえて結果を再確認してほしい。化学物質過敏症は、ひとつの疾患だろうか?

それは、たとえば、認知症のように、複数の疾患に分類されるものではないか。
日経メディカル『外来診療クイックリファレンス』認知症」 によれば、認知症には、次の4種類がある。そして、「原因疾患により経過、治療が異なる」。

  1. アルツハイマー型認知症(AD)
  2. 血管性認知症(VaD)
  3. レビー小体型認知症(DLB)
  4. 前頭側頭葉変性症(FTLD)

手術や投薬では改善しない認知症にも、進行を遅らせる方法はあるという。それは「生活環境の見直し」だ。
なにやら化学物質過敏症に、似てはいないか。

変わる環境・社会・人体。情報をアップデートせよ!

「化学物質過敏症」がひとつの疾患でないならば、複数の改善方法があるはずだ。
「日用品公害が原因の」化学物質過敏症では、環境の治療が人体の治療になる(※5)。
一方、「それ以外の」化学物質過敏症では、服薬が奏功するケースもあるだろう。主には、次の2つの方法だ。どちらも対症療法だ。

ひとつは、出現する症状を抑える方法。たとえば頭痛には頭痛薬、皮膚炎にはステロイド、といった具合だ。
今日も出勤しなければならないひとたちにとっては、やむをえない選択肢ではある。
もっとも、これは、もぐらたたきにすぎない。もぐらがいなくなるわけではない。

もうひとつは、有害物質の侵入を知らせる刺激が伝わって記憶されないように、信号を途中で遮断する方法だ。
応急処置としては有効かもしれない。ピッチで倒れた選手のアイシングスプレーのような役割を果たす。
既存の中枢性神経障害性疼痛に用いられる薬剤が注目されている(※6)。

ただし、医薬品は化学物質だ。化学物質の曝露により生じた症状を、化学物質の投与で回復させる試みとなるから、慎重を期す必要がある。無用の服薬は、症状の憎悪に拍車をかけるおそれがある。

投与すべきか?
服薬すべきか?

医師が患者に対峙するのは、問診の時間に限られる。患者の生活史など知る由もない。検査結果は、特定の時間で切り取った状態にすぎない。より正確な判断のために、患者の生活と心身の情報を逐次記録する、データ・ドリブンの医療へと向かうだろう。

もっとも、筆者はそれが人類の福音になるとはおもっていない。データは参考にすべきものであって、礎にすべきものではない。データ構造を知る側だからこそおもうのだ。人生は、データ化できない膨大な情報に満ちている。人体を構成する物質は、環境と逐次情報を交換しながら、人体を再構成し続ける。

その環境はといえば、刻々と変わる。地球は生きている。その中にヒトは生きている。
旧来の枠組みでは、新しい疾患をとらえきれない。医療の知識が、セカンド・アビューズになることもある。
専門分野を窮めることと、専門分野にとらわれることは、別物だ。
患者にも、医療従事者にも、医療情報技術者にも、情報のアップデートがもとめられる。


※1 回答者は健康に問題が生じているひとに限定している。回答不可としたひとたちの中には、外出時の頭髪や手指への移香・衣類・食品・紙幣など紙類・その他物品への移香を除去する作業に時間を使うことで、休息や睡眠の時間が圧迫され、体調を崩しがちなひともいる。

※2 当該製品のメーカーの締め出しを提案しているわけではない。それらのメーカーは、低リスクの製品も製造・販売している。また開発力もある。主力製品の変更をお願いしたい。

※3 嗅覚を強制制御する技術が実用化されている。この技術を使った商品による影響を注視する必要がある。

※4 労災病院による産業中毒の患者の研究「低濃度化学物質曝露による健康障害の実態と診断に関する調査研究」 シックハウス診療科を受診した患者では、シックハウスとCSで半数、その他(アレルギーや喘息など)も多い。
2009年~2012年の研究で、香害製品が普及する前のもの。
独立行政法人 労働者健康安全機構 労災疾病等医学研究普及サイト「産業中毒」

※5「それらの製品に含まれる化学物質に耐性を持つ個体に進化するよう支援する」薬剤も登場する可能性はある。

※6 タリージェ、リリカ、サインバルタの比較一覧表(新薬情報オンライン | パスメド -PASS MED-)

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