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【書評】ビジネスパーソン必読の名著「フリー」に学ぶ,無料からお金を生み出す具体的な戦略とは?

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発売前に全編PDFを1万人限定で無料配布し,わずか48時間で完配した話題作「フリー」だが,先週金曜日の招待制イベント「Freemium Hacksに参加した際に書籍をいただいたので,感謝とともにそのエッセンスを紹介したい。

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書籍名は「フリー <無料>からお金を生み出す新戦略」。著者はあの「ロングテール - 売れない商品を宝の山に変える新戦略」 のクリス・アンダーソン氏,WIRED編集長でもある。

アトムからビットへ。1995年に出版された恐るべき慧眼の書「ビーイング・デジタル」(著:ニコラス・ネグロポンテ)で予言されていたデジタル経済が現実になりつつある。「デジタルのものは遅かれ早かれ無料になる」 というグーグル・ワールドだ。

オープンソースと無料ウェブが当たり前となったIT業界はもとより,新聞・書籍・音楽・映画などデジタル流通できる商品を扱う業界にとって,この問題は生命線ともいえる切実なテーマだ。

「フリー」は,そんな新世紀の荒波を真正面から受けている我々に,既存のビジネスモデルをいかに変革していくべきか,深い示唆と新鮮なひらめきを与えてくれる良書だ。

ゼリーやジレットなど古典的なフリー戦略からはじまり,その歴史や特徴,デジタル時代の新しいフリーモデル。さらに心理学や経済学からの考察まで,多様な事例をまじえながら緻密なタッチですすんでいく。

特に印象的なのは,コピー天国である中国やブラジルで音楽関係者等がどのようにビジネスを行なっているかを紹介している「フリーワールド」。著作権後進国に未来型のビジネスモデルを見出した実に斬新な着眼だ。

読みどころ満載の書籍だが,この記事では,特にフリー競争真っ只中の我々IT関係者にとって即戦力で役立つエッセンスをコンパクトに要約して紹介したい。

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■なぜフリー(無料)は強力なのか?

なぜ無料なのか。その背景にはムーアの法則と心理学(行動経済学)がある。まずウェブビジネスの背景となる三要素(情報処理能力,記憶容量,通信帯域幅)は毎年価格が半分となっており,すでに安すぎて気にならないレベルまで来ていること。そして行動経済学で言うと,タダとタダに近い料金の間には心理コスト「ペニーギャップ」が働くため,需要に数倍の差ができること。後者について興味深い事例があるので紹介しよう。

ある行動経済学者が学生に,スイスの高級チョコで知られるリンツに1粒15セント,ハーシーのチョコに1粒1セントをつけて選ばせたところ,73%がリンツを選んだ。次に両者の価格を1セントずつ下げた(つまりハーシーはタダ)ところ,突然ハーシーの人気が爆発しリンツを選んだ人は31%に激減した。価格と品質の費用対効果が変わらないのに被験者の好みが逆転したのは,タダとタダに近い料金の間にある「ペニーギャップ」が働いたのだ。(内容は筆者が要約)

このフリーのパワーを最大限に活用しているのがグーグルだ。彼らは「最大の市場にリーチして大量の顧客をつかまえる最良の方法」がフリーであることを確信している。シュミットCEOはこのフリー作戦を「最大化戦略」と呼び,今後の情報市場の特徴になるだろうと考えている。

■フリーのビジネスモデルを類型すると


1.直接的内部相互補助モデル
古くからあるビジネスモデル。携帯電話をゼロ円で配布して通話料で儲けるなど,トータルで計算すると原価が合うパターン。アマゾンの送料無料,カジノのドリンク無料などもこれに相当する。

2.三者間市場モデル
グーグルに代表されるウェブの典型的なビジネスモデル。ユーザーは無料だが,そこに参加する第三者に広告費などで負担を求めるもので,古くはラジオ,テレビが代表的。クレジットカードなどもこれに相当する。

3.フリーミアム・モデル = フリー(無料) + プレミアム(割増料金)
一部の有料顧客が他の顧客の無料分を負担する新しいビジネスモデル。スカイプやフリッカーなどのプレミアム会員が典型例。オンラインゲームのバーチャルグッズ販売,セカンドライフの不動産購入などもこれに相当する。

4.非貨幣市場モデル
純粋に対価を求めない無償の労働で支えられているビジネスモデル。ウィキペディアが典型的だが,フリーサイクル(個人物々交換サイト)やクレイグスリスト(個人売買サイト)などもこれに相当する。

■フリーミアム・モデルの戦術

この中で最も新しく,かつ我々のビジネスに適用しやすい「フリーミアム・モデル」に注目したい。その具体的なモデルや有料ユーザー比率を分析すると次のようになる。

1.フリーミアム・モデル

・時間制限タイプ(30日無料)  例) Salesforce
・機能制限タイプ(基本は無料だが拡張機能は有料)  例) Linux
・人数制限タイプ(一定人数までは無料)  例) Google apps
・顧客種類による制限タイプ(小規模企業は無料,学校は無料)  例) Microsoft Bizpark

2.有料ユーザーの比率
ユーザー全体に対して,有料ユーザー比率5%を損益分岐点,10%を最適比率として設計する。有料ユーザー比率がこれ以上となる場合,ユーザー数の「最大化戦略」を考えると,
無料版をもう少し開放した方が望ましい可能性がある。(ちなみにFlickrは5-10%,一般的なオンラインゲームでも5-10%だ。ただしダウンロードゲームでは2%程度,多くのWebスタートアップ企業では3-5%のようで,シェアウェアでは有料ユーザーが0.5%以下というもの珍しくない)

ここに紹介した内容は,この含蓄深い良書のごく一部のエッセンスだ。
これ以外にも,様々な業界,様々なビジネスモデルでのフリー事例が紹介されている。

次回にもう少し掘り下げて,具体的な業界別のフリー戦略をピックアップしたい。

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なお,当書評では書籍から重要な内容をサマリーし紹介していますが,それはまさに当書が推奨しているものであり,遠慮なく転載させていただきました。IT業界,音楽業界,新聞業界,出版業界などデジタルコンテンツに関係する方々には必読の名著だと思います。お奨めいたします。




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