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『コンテンツ・フューチャー』書評

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少なくとも私にとって本書は「読む価値のある」ものでした。これまで知らなかった事実が色々と紹介されており、本書が目指しているという「コンテンツの未来を考えるきっかけ」(もちろん考えていなかったわけではないですが)として、テキスト化していない脚注も含め役立つ情報があったからです(※余談。「鼎談」=「3人が向かい合って話すこと」という言葉も知りませんでした^_^;)。ただし、全体的な印象は寸評①に書いたものとあまり変わっていません。より正確に表現するなら「物足りない」というより「不満が残る」というところでしょうか。小飼氏は、本書について「"CONTENT'S NOW"であれば、非の打ち所のない鼎談集となっただろう」と評されています。非の打ちどころがないかどうかはともかく、あるいはラレコ氏や矢野氏こそが“未来”といえるかどうかはともかく、やはり本書が示しているものは「コンテンツの今」であろうと感じます。

たとえば、『ブログTV』が YouTube で公開されていることで、この番組のプロデューサーである草場氏が取り上げられています。なんといいますか、YouTube=未来といった安直な人選という印象を持ってしまうのですが(草場氏に特別恨みはありません。念のため)、この番組が YouTube で公開できるのは、スポンサーであるデジタルガレージの意向があってこそでしょう。ここで触れられているとおり、日本に送信可能化権という障壁があるのですが、海外のテレビ番組の配信状況というものを比較したりということもありません。全体的に鼎談という形式をとっているので、話の中心が各自の主観になるのはやむをえないのですが、冷静に未来を考えるためには、もっと客観的な情報(データ)が欲しいと思った次第です。「「YouTube の宣伝効果」を認めた CBS のコンテンツ状況」で取り上げたような客観的数値がないまま、「こうあるべきなんだよね」という話をされても私には受け入れがたいのです。

もうひとつの不満は、「コンテンツに正解はない」と書きつつも、「これは不正解」という表現が散見される点です。たとえば、不正使用を取り締まってはいけないの? とか。これは「Web 1.0」=現在(または過去)、「Web 2.0」=未来というくくり方をした場合に、「Web 2.0」こそが未来の姿で「Web 1.0」を否定してしまうのと同じ印象を受けます。O'Reilly のレポートでは、成功したものを Web 2.0 の例に挙げ、衰退したものを Web 1.0 の例に挙げているのですが、実際には「Web 1.0 のスタイル」が衰退したわけじゃありません。未来のコンテンツあるいはメディアの在り方は“多様化”していくとは思いますが、既存のスタイルから“変貌”していくと考えてしまうのは安易ではないでしょうか。YouTube の投稿が「大量のオリジナル作品」ではなく「大量のテレビ番組」である間は、テレビを終わっているなどとは言えなません(←本書に「終わった」と書かれているわけではありません)。

何しろ全文テキスト化という作業を行いましたので、個別には色々と思うところもあるのですが、冒頭に書いたとおりコンテンツに興味のある人には「読む価値がある」ものだと思うので、ご自身で読んでみてください。
→『コンテンツ・フューチャー(CONTENT'S FUTURE)

脚注まで知りたい人は、こちらへ:-)

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