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JASRACの黒歴史にちょっと触れてみる

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JASRACの公取立ち入りについて書いたエントリーで、

JASRACのすべてが大問題というわけではありません。比較的ちゃんとしている部分もあれば、問題ありな部分もあります。事実に基づいた冷静な批判を行なっていきたいものです。

なんて書きました。その時に引用しておけばよかったですが、heatwaveさんのブログこのエントリーとかこのエントリーが参考になります。「日本のCDが高いのはJASRACのせい」などというよくネットでありがちな批判が的外れであることがわかります。

と言いつつ、別に私はJASRACを全面的に信頼しているわけではありません。一般的に言って、大勢の人から金を集めて再分配する、競争原理があまり働いていない、法的に強制力のある権利を持っている、監督官庁から天下りを受けているという組織は、黙ってると腐敗しがちであるのは、社会保険庁等の例を出すまでもなく自明でしょう。

となるとやはり思い出すのは、1994年におけるJASRACの古賀政男財団に対する不正融資の問題であります。なぜか、Wikipediaには出てませんが、「JASRAC 古賀」でネットをサーチするといろいろ出てきます。

かいつまんで言うと、古賀政男(日本の有名な演歌系作曲家です)の遺族財団に、JASRACが著作権料のプール金から77億円を無利子で貸して、財団の土地にビルを建てさせてJASRACから賃貸収入を払うという利益供与と思われてもしょうがない行為をしたため、一部のJASRAC会員が旧執行部を告発したということです。最終的には和解が成立してますので、話を蒸し返すわけではないですが最近の若い人は知らないのではと思い、歴史的経緯として書いておきます。

ところで、この事件の時に旧執行部に対して先頭に立って立ち向かったのが作曲家の小林亜星氏です。私は記者会見で異常なテンションで怒りを爆発させていた亜星氏を鮮明に覚えてます(「リアル寺内貫太郎」みたいでした)。その後、亜星氏はJASRAC内の一種のオンブズマン組織であるJ-SCAT(日本作詞作曲家協会)という団体を立ち上げました。J-SCATのWebサイトの活動の軌跡を見るとJASRACの過去の問題点がいろいろとわかります。

ところで、小林亜星氏が自作曲「どこまでも行こう」を盗作されたとして服部克久氏を訴えた「記念樹事件」 ですが、これに関する2ちゃんねるのスレを見ると「亜星氏=金の亡者」みたいな感じでDISっている人がいるのでビックリしてしまったことがあります。JASRACの不正に先頭に立って立ち向かった勇者なんですけどね。やはり、1994年というのはかなり昔ですし、当時はネットもそれほど普及していなかったのであまり記録が残っておらず、この事件のことを知らない若者が多いのかもしれません(JASRAC改革の件は評価するが、記念樹の件は評価しないという意見の人なのかもしれませんが)。当時、YouTubeとか2ちゃんねるがあったらものすごい祭りになっていたことでしょう。

Comment(1)

コメント

事件の後、服部克久氏はに大人しくなった事を記憶しています。
同様に立松和平氏も。
人の道に外れたことをするとそれまで築いてきたものが一瞬のうちに無となり、失った信用を回復するのにそれまで費やしエネルギーの数倍のエネルギーを要することをまのあたりにしました。
製造業もサービス業も知財活動も地道が基本ということですね。

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