知財、ユビキタス、企業コンピューティング関連ニュースに言いたい放題

初音ミクの権利の多重性について

»

ちょっとエロ度が高すぎる初音ミクのオリジナル曲が、クリプトン社の要請によってニコ動から削除されたという事件がありました(ソース)。個人的には、クリプトン社ブログの説明にある「公序良俗の判断基準については弊社では「TV放送できるか否か」をひとつの判断基準としています」も妥当と思いますし、作者さんも削除に納得しているようなので、この件自体についてはこれ以上特に言うことはありません。

この事件を題材にクリプトン社がニコ動に対して削除を要求できた根拠について考えてみようと思います。あくまで法的な考察であって、道義的にどうすべきとか、ビジネス戦略的にどうすべきかということは考えません

まず、「ソフトとしての初音ミク」について検討します。「ソフトとしての初音ミク」の権利は、著作権法およびパッケージに入っている使用許諾書で守られています。一般に、商用ソフトの使用許諾書は、許諾条件(たとえば、「1台のコンピュータにしかインストールしてはいけない」等)を守るのであれば、インストールを許諾しますよという構成になっています。

著作権法ではソフトウェアの使用をコントロールできないので、インストール(一種の複製)を許諾するという規定ぶりになっています。

「ソフトとしての初音ミク」には、この許諾条件のひとつとして「公序良俗に反する歌を歌わせない」という項目が加わっているだけのことです。したがって、作者さんに対してはクリプトン社は契約違反(そして、結果的に、著作権侵害)を主張できるでしょう(主張すべきと言っているのではありません、法的に主張可能であると言っているだけです)。

しかし、一般に契約の効力は当事者にしか及びません(第三者効がありません)。第三者であるニコ動は別に「ソフトとしての初音ミク」を買ってインストールしたわけではないので、使用許諾契約にはしばられません。したがって、ソフトウェアの使用許諾に基づいてニコ動に削除要求を行うのは無理と思われます(もちろん、お願いする分には全然かまわないですが)。※コメントで「債権者代位権の転用」、つまり、本来作者さんがやるべきことをクリプトンが代わりにできるのではとの指摘をいただきました。著作権法における債権者代位の転用って権利者に代わってライセンシーが権利行使するケースしか想定してませんでしたが、なんとなくクリプトンが直接ニコ動に廃棄請求できる理論構成もありそうなので考え中です。

ただ、いずれにせよ、今回のケースでは、作品に初音ミクの画像が入っていたので、クリプトンは作者さんに対して著作物である「絵としての初音ミク」の著作権の侵害を主張できるでしょう。そうなると、プロバイダー責任制限法によりニコ動にも削除義務が出てきます。著作権は法律で定められた物権的権利なので、権利者は、利用許諾うんぬんは関係なしに誰に対しても権利を主張できます。

なお、ミクの中の人の声はただのデータであって著作物ではないと考えます。

ここから先は仮の話ですが、仮に、作品に初音ミクの画像がまったく使われていなかった場合はどうでしょうか?この場合は、使用許諾の契約違反により作者さんに対して著作権侵害を主張できるのは変わりありませんが、ニコ動に対しては著作権に基づく主張はできないと思います(作者さんに自分で削除せよと請求すれば結果は同じですが)。ただし、もし初音ミクという名称がタイトル等で使われているのであれば、クリプトンは「キャラクターとしての初音ミク」の権利を主張できると考えます。キャラクター権については、法文で明確に規定されているわけではないですが、初音ミクには財産的価値がありますし、クリプトン社は初音ミクのイメージを守るために投資していると言えるので、それを損なう行為は不法行為とされる可能性が高いと思います(100%確実ではないですが)。こういうキャラクター権的な考え方に基づいて、ニコ動に削除要求を行うことは正当とは言えるでしょう。

ということで、初音ミクには「ソフトとしての初音ミク」、「絵としての初音ミク」、「キャラクターとしての初音ミク」という権利があり、それぞれ違う形で保護されていますので、一般的ソフトとはちょっと性質が違うということです。

なお、私は、クリプトン社の権利(著作権およびキャラクター権)に関する考え方は柔軟、かつ、ネット・コミュニティに充分配慮されたものだと思います。こういう姿勢に報いるためにも、やはり利用者側としては空気を読んで、(萎縮することはないものの)一線を越さないようにしておきたいものだと思います。

追加: そういえば「商標としての初音ミク」の権利もありますね。今回の件とは直接関係ないですが。仮に、この作品を商売として販売しようとしたりすると問題になってくるでしょう。

Comment(17)

コメント

ゆきち

変な理解ですが、「キーボードを使っておかしな音楽を作っても、他の権利を侵害しない限り、その音楽自体に対してキーボードのメーカーは訴える権利が無い」ってことなんですかね。

マグナカルタ

ニコニコへの削除要請ですが、債権者代位権の転用でできるのではないでしょうか。
使用許諾契約に反したソフトの使用があり、その違反によってクリプトンが使用者に対し、その契約違反のソフト利用行為によって作られた作品を回収するよう命じる事のできる債権が発生すれば、使用者がニコニコから自分のアップロードした動画を削除する権利をクリプトンが代位することもできのではないでしょうか。

栗原潔

そもそも、利用許諾に明記されていないのに、
>契約違反のソフト利用行為によって作られた作品を回収するよう命じる事のできる債権
が発生することがあるのでしょうか?著作権侵害であれば、命じられるのは損害賠償とインストールされたソフトの破棄だけではないでしょうか?

針井

いままで、私は初音ミクを楽器(ソフトウェアシンセ)の一種と考えていました。

反道徳的とか反社会的な歌はプロのアーティストでも作ることがあって、やっぱり放送禁止になったり、ライブのときだけ演奏したりと公開に制限がかかることはあります。
でも、放送局でも、レコード発売元でも、ニコニコ運営でもなく、音源ソフトの製造元であるクリプトンが制限をかけたというのが、私にとっては驚きでした。
初音ミク利用規約の「公序良俗に反する歌を歌わせない」とは、「一般に公開してはいけない」よりも、もっと根源的な、創作に対する制限ですよね。(勘違いしてたらご免なさい)
でも、制限があったほうが創作のモチベーションになる可能性もあるかもしれません。パンクムーブメントのように。
クリプトンチェックに挑戦するクリエイターの熱い戦いが始まるかもしれません。

針井

規約は「公開または配布することを禁じております」でした。
まさに大勘違い。
10年ROMるんで、勘弁してください。

マグナカルタ

栗原先生、御返事ありがとうございます。

さて、既に針井さんがコメントなさった通り、使用契約の中身が
「公開、配布を禁ずる」
というものであれば、契約に違背した時にはクリプトンが使用者に回収をさせる権利が、
契約書に明記がなくとも発生しうるのではないかと考えて先のコメントをしたのですが、
実務上は無理なのでしょうか。

ニコニコ動画に対する、公序良俗違反を理由とした削除要求は、ニコニコ動画利用規約3条「禁止事項」の「公序良俗、一般常識に反する行為」もしくは「その他上記に準じる行為」に該当するという理由があれば、誰でも行えると思います。
http://www.nicovideo.jp/static/rule.html

 削除要求自体は、規約違反の存在を運営者に伝え、その判断並びに対処を求める行為に過ぎません。また、管理者側でも、個々の動画に対し、「この動画に対する情報を管理者に提供」というフォームを用意して、情報提供を推奨しているほどです。

 先生の論述には興味を覚えますが、ニワンゴに対する削除要求を、クリプトンの「初音ミク」利用許諾と関連付けて論じることには、かなり違和感を覚えます。先生の論理でいくと、今回の件で、削除要求ができるのは法的な視点からはクリプトンだけということになるように思えますが、そういう理解でよろしいのでしょうか。

 むしろ私には、初音ミク利用許諾条項は、クリプトンが削除要求を行った(行わざるを得なかった)動機として捉えれば足りるようにも思えます。

栗原潔

>マグナカルタさん
著作権侵害による廃棄請求についてだけ考えてましたが、契約違反による原状回復という話もありました。うっかりしてました。ただ、この観点ではニコ動は完全な第三者で、債務があるとは言えないのではないでしょうか?
>密さん
>>ニワンゴに対する削除要求を、クリプトンの「初音ミク」利用許諾と関連付けて論じることには、かなり違和感を覚えます。
元々のクリプトンの声明(本文の「ソース」参照)において利用許諾を引き合いに出していたので、それだけを根拠に第三者に削除要求するのはちょっと無理があるのではという視点で書いております。また、ネット上では「利用許諾違反だから削除要求は当然」と契約に第三者効があるかのような議論が見られたのでそれに反論するという意味もあります。
また、誰でも公序良俗違反で削除要求できるのは当然ですが、同じくクリプトンの声明では、(ミクとか関係なしに単に卑猥だから消せと言っているわけではなく)VOCALOIDのキャラクターのイメージを守るために削除要求した(これは、一個人としてではなくクリプトンとして要求したということでしょう)とも書いてありますので、その根拠について検討したわけです。

as

今回問題になっている公序良俗ですが、これは歌い手を守るためにヤマハの儲けたボーカロイド独自の規約です
ですからクリプトンは「初音ミクのイメージを守るため」と発表しましたが本当の理由は「藤田咲さんの人格権を守る」ために
ブームに水をかけるのを覚悟して行ったものになります。


>お客様が公序良俗に反する歌詞を含む合成音声を公開や配布することはどのような方法であっても許されません。
>お客様がライブラリの歌手本人だけでなく、第三者の人格権を侵害する合成音声を公開または配布することは許されません。
http://d.hatena.ne.jp/melt_slinc/20070917#p2

かどたにみつる

>なお、ミクの中の人の声はただのデータであって著作物ではないと考えます。

この点なのですが、クリプトンはQ&Aにおいて
>※マルチサンプリングされた楽器のサンプリングCD/ソフトウェア音源では、製品を使用して「ライセンスフリーBGM」用の"楽曲"を制作することが認められております。ただし、ライセンスフリーの"フレーズ"(=素材)の制作は一切認められておりません。
http://www.crypton.co.jp/mp/do/support/faq?id=260

という規制をかけているのですが。(ちなみにクリプトンの「ソフトウェア音源」はVOCALOIDシリーズのみです)
これはVOCALOIDの出す「音」について著作権を主張しそれを行使している事にはならないのでしょうか。

そして、もしこれが著作権を根拠としたものでない場合、VOCALOIDをライセンスされた当人が(契約により)不可能というだけで、第三者がVOCALOID使用作品からサンプリングしてサンプリング音源を作成する事は自由、という事になるのでしょうか。

栗原潔

フレーズの入ったサンプリングCDは著作物と呼べるかグレーですが、ソフト音源の音は著作物ではないと思います。
ゆえに、たとえば、クリプトンの音源を使ってAさんがライセンスフリーBGMの楽曲を作って、それを第三者であるBさんがサンプルしてライセンスフリーのフレーズ集を作ったとしても、クリプトンはBさんに対しては著作権侵害も契約違反も主張できないと思います。
ただし、Bさんの行為が(故意・過失であり)営業妨害となるようなものであれば、不法行為としてクリプトンに損害賠償の責を負うこともあるでしょう。

かどたにみつる

お答えありがとうございます。了解しました。
そうするとAさんとBさんが示し合わせてやっているのではない
限り罪に問うのは難しそうですね。

つまようじ

はじめまして。いつも興味深くよまさせていただいています。

思うのですが、クリプトン社は「ミクの中の人の声」に著作権があると考えているのではないでしょうか。

VOCALOID使用許諾契約書のH.権利保留には「本契約書によってお客様に許諾されていない本ライブラリ及び合成音声に関する全ての権利は著作者に保留されます」とありますが、(素人考えですが)もともと権利がないなら保留とはいわないですよね。

クリプトン社としては公序良俗に反しない楽曲に対する音の著作権は「許諾」により主張できなくなるけど、公序良俗に反する楽曲に対する音の著作権は主張できると考えているのではないでしょうか。だとすればニコ動への削除依頼は(キャラクターの著作権なしでも)著作権に基づくものと考えることが可能になります。

ちなみに、例の共同声明では「「初音ミク」ソフトウエアを使用して作成された音楽データ(原盤)に関する権利は、「初音ミク」ソフトウエアの使用許諾契約書の諸条件のもと、音楽データ(原盤)の制作者が保有することを確認し、その権利行使代行会社を制作者自身の意思により決定することができることを確認します。」としており、契約書に違反する音楽データの権利の所在には言及していません。

栗原潔

私は、ソフト音源の音自体は著作物ではないと「考えて」おり、その前提で書いていますが、クリプトンは音自体も著作物であると「考えている」可能性もあるでしょう。
ただ、仮に、ソフト音源の音自体も著作物であるとするならば、公序良俗等関係なしにその音源の音を使った作品のあらゆる利用を差止めできてしまうので(権利濫用の議論はさておき)、現実的妥当性がないのではないでしょうか?

つまようじ

ご返答ありがとうございました。


見落としてたのですが、使用許諾契約書を読み直したらE.コンテンツで、音声の著作権がオリジナル・コンテンツ著作者に帰属することが書いてありました。


> 公序良俗等関係なしにその音源の音を使った作品のあらゆる利用を差止めできてしまうので(権利濫用の議論はさておき)、現実的妥当性がないのではないでしょうか?


少なくともクリプトン社の契約書ではユーザが契約に違反した場合のみしかクリプトン社が著作権を使えないような気がするのですが、それはさておき。

(現実的妥当性という言葉を良く理解できていなかもしれませんが)つまりはクリプトン社のソフト音源の著作権を認めると、他のソフト音源の著作権もあることになり、世の中混乱するということでしょうか。なるほど。

ゆえに、クリプトン社が契約書で著作権を明示的に主張しても、その権利が認められることはありえないということなのですね。


しかし思うのですが、VOCALOIDは他のソフト音源に比べて表現の幅?があり、思想を創作的に表現しうるのではと思うのですが、他のソフト音源と同列に扱われねばならないのでしょうか?

例えばリン・レンはそれぞれ14歳の女の子・男の子を創作的に表現しわけています。


(例えば、書体に著作権は無いというのは聞いたことがあるのですが、書家が一文字づつ毛筆で書いた書をデジタイズし、それらをコラボした画像を作ったら、そこには書家の著作権が残ってるのではないか?という疑問を感じます。)

栗原潔

あるものが著作物かあるかどうかは常にグレーゾーンがある話です。したがった、私も「~と考えます」という書き方をしており断定はしていません。(ないとは思いますが)画期的判決が出ればくつがえることもあるでしょう。
さて、VOCALOIDのソフトの中に入っている音声は「あー」とか「いー」とかいうただの声なので、それを録音するのに多大な労力がかかったとしても、音自体は著作物ではないと考えます。もちろん、VOCALOIDを使って音楽を作ればその音楽自体は著作物になります。
VOCALOIDは、ハイパーキャンバス等の一般的なソフト音源のバイオリンやギターの音が声になっただけと考えられます。(ソフト音源で作った音楽ではなく)ソフト音源の音色自体に著作物性があるというのはちょっと考えにくいと思います。ハイパーキャンバスで作った音楽を録音するのにローランドの許諾が必要というのはおかしいと思います(著作物性はあるが、権利者が黙示的に許諾している、あるいは、著作権を放棄しているという理論構成もあり得ますが、ちょっと苦しい)。
一方、一般にサンプリング素材と言われているようなもので、演奏者が実際にメロディやリズムを演奏しているものであれば、著作物性はあると思います。(ゆえに、この種の素材集では、ライセンスフリー等々の形で明示的に権利者が著作権を放棄(不行使を宣言)せざるを得ないことになります)。
この両極端の間にはグレーゾーンがあるかと思いますが、VOCALOIDについては一般的なソフトシンセの音色と同じ扱い(著作物ではない)というのが私の見解です。

つまようじ

音声のソフト音源には楽器のソフト音源と比べ独創性だし、美的特性の差異があるだろうし、別人の声をベースにした音源の権利まで独占できるわけではないし、音声のソフト音源に著作権があったところで通常の歌で歌手の許諾を得るのと同等の社会的なコストしかかからないし、とかいろいろ思いますが、それはさておき。
音声ソフト音源には著作権が無いだろうというのが専門家の認識であることが理解できました。

先生の記事のおかげでいろいろ学べました。
確かに音源素材集には著作権を主張するものがあるのに、ソフト音源にはその旨の記述がなかったりして、なるほど!と、思いました。

ありがとうございました。

コメントを投稿する