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テクノロジー・ライフサイクルと知財管理の整合性について

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9月13日の記事のコメントで知財マネージメント関係の書籍についてちょっと紹介しました。出版前の本の内容をブログに書くのはどうかとも思ったので、ちょっとはっきりしない書き方をしてしまいましたが、よくよく考えてみれば原書はもう出版済ですので、あらためて正式に引用しようと思います。UCバークレイ校のHenry Chestbrough教授の「OPEN BUSINESS MODEL」という本であります。企業は知財管理をもっとオープンにして、かつ知財管理とビジネス・モデルの整合性を取らないといけないよというお話しを中心として本です(なお、本書で言う知財とはほとんどの場合、特許権のことです)。

この本の中に、テクノロジーのライフサイクルと知財管理の整合性を取るべきだみたいな話が書いてあります。具体的には、たとえば、テクノロジーが黎明期にある時には、あまり知財管理を強力にやってしまうと、テクノロジーの普及を阻害してしまう可能性がある(ジェフリー・ムーア的に言えばキャズムを越せなくしてしまう)ということです。

その例として、中国におけるWindowsの海賊版の問題が挙げられています。Chestbrough教授は、マイクロソフトは中国におけるWindowsの海賊版の問題への対応をあえて緩めにしていると書いています(これが、マイクロソフト経営層への取材の結果なのか、教授の観察なのかはよくわかりませんが、中国では海賊版をある程度許容しているなんてことは、仮に事実であってもマイクロソフト経営層が口にするわけはないので、敢えてソースを出していない可能性があります)。理由は、あまり海賊版規制を強化するとユーザーが、Linuxに流れてしまうからであります。Windows海賊版を撲滅できても、中国のパソコンでLinuxが支配的になってしまったのでは、ビジネス的に意味がないので、これは当然の戦略です。

これは、中国におけるパソコンという存在がまだ黎明期にあることから適切な戦略なわけです。ここで、空気の読めない本社の法務部門がしゃしゃり出てきて(パソコンがもう成熟期になっている米国流の)厳しい海賊版対策を行ってしまうと、せっかくの戦略が台無しになってしまう可能性があると教授は言っています。要は、法律の勝負に勝って、ビジネスの勝負に負けたのでは意味がないということです。

こういう戦略を取るとある意味海賊行為にお墨付きを与えてしまうという問題もありますが、「そういう問題は市場のクリティカルマスを獲得するという目標と比較すれば二義的なものである」というようなことを教授は言っています。

本の話から離れて、私が中国のメディア企業を取材した時にも同じような考え方が見られました。彼らの意見をまとめると「海賊版は問題だし、長期的な啓蒙活動が必要であるのは確かだ。しかし、今、重要なのは中国国民に自社のコンテンツに慣れ親しんでもらうことである」という印象です。あまり知財管理を厳しくし過ぎて、韓国のオンラインゲームやハリウッドに中国国民の娯楽時間(きわめて大きな市場機会です)を奪われては意味がないということでしょう。

要するに、企業における知財管理はビジネス・モデルに従属する存在であり、その逆ではないということです。今、マイクロソフト中国法人や中国メディア企業に「海賊版は良くないことなので徹底的に取り締まるべきです」という意見を述べれば、「君、あるべき論ではビジネスを動かせないよ」と言われてしまうでしょう。

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