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解釈論(As Is)と立法論(To Be)について

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記録的(笑)なコメント数がついてしまった先日のエントリー、ある意味有意義な議論ができたかと思いますが、いっぺんにいろいろな論点を錯綜させてしまったがために混乱があったかと思います。そのような混乱の代表的なものは、解釈論と立法論の混乱であったと思います。この点については私もちょっとあいまいなところがあったので反省しております。

さて、解釈論と立法論とは何かというと、法律(というか制度一般)を議論する際の立ち位置です。解釈論とは現行の法律をどう解釈して適用していくかというといわばAs Isの議論です(三権分立で言えば司法(裁判所)と行政(役所)の機能)。一方、立法論とは法律を今後どう改正(あるいは制定)していくべきかというTo Beの議論です(三権分立で言えば立法(国会)の機能)。

両者間の境界にあいまいな部分があるのは確かです。法律は日本語で表されてますから、どうしてもあいまいな部分があり、解釈論を議論していても現状に合わせてこう解釈すべきという「べき論」(To Be)が絡んできます。また、立法論を議論する場合でも現行法の解釈をまったく無視して一から議論できるわけではありません。それでも、今、自分たちは解釈論を話しているのか立法論を話しているのかを明確に意識しておくことは法律を議論する際にきわめて重要です。

これに関して大変わかりやすいブログ・エントリーがありましたのでご一読をお勧めします。

余談: 弁理士の受験勉強をしている時に、「解釈論に徹し、立法論には深入りしないように」と予備校の先生に口を酸っぱくして言われました。弁理士は基本的に知財法の運用をする仕事で特許庁(行政)(ごくたまに裁判所(司法))を相手にする仕事なので、解釈論中心なわけです(現行法の立法主旨は知っておく必要がありますが)。ゆえに、弁理士試験も「現在の法律でどうすべきか?どう解釈すべきか?特許庁の現在の運用はどうなってるのか知ってますか?」という解釈論の問題が出ます。ここで、「現在の法律はここがおかしいのでこう改正すべき。現在の特許庁の運用はここがおかしいのでこうすべき。」という立法論を書いてしまい不合格になるパターンがあるらしいです。

Comment(14)

コメント

mohno

私としては、最後の確認にコメントがほしいところですが、話題の元記事は「改正に着手する」とあるのですから、皆、立法論の話だと思っていたのではないでしょうか。栗原さんの「著作権法改正だけは勘弁」という表現も立法論の話だと思っていました。
もちろん、弁護士(仕事としての)試験が解釈論になるのは当然でしょう。司法は裁判所の仕事で、立法は国会の仕事です。私は仕事として意見を発しているわけではないですよ。

mohno

すみません。細かいことですが、引用部分は「著作権法改正だけは勘弁」でなく「近視眼的発想での著作権法改正」の方がよかったですね。

栗原潔

いや、ですから「私も(解釈論と立法論の区別について)あいまいなところがあったので反省しております。」と書いているではないですか。

mohno

追加で指摘すると、話がかみあわなかった大きな原因は栗原さんが「海賊版」という日本語を「正当な対価が支払われている複製」にまで及ぶと解釈されていた点にあると思います。
元記事からも推察できるとおり、一般には正当な対価が支払われていない複製を「海賊版」と呼ぶと思います。対価の支払いを無関係とする使い方をされたのは、私の知る限り栗原さんが初めてです。

mohno

最初のコメントは、
> 私も
私"は”あいまいなつもりは、まったくありませんでした、という意味です。

mohno

さらに追加すると、意見を書いたり、議論するものって、普通 "to be" ですよね。

栗原潔

いや、それは違いますね。現在の法律の解釈は一義には決まりませんので、「私はこう解釈する」「いや、私は別の解釈をする」というのも立派な議論です。

mohno

ええ。「こう解釈すべき」「いや別の解釈をすべき」という意味で、解釈論の場合でも、議論になるなら "to be" はありえますよね、という意味です。
"as is" なら、「こう解釈されている」「いや別の解釈がされている」という客観的な表現になりますよね。

栗原潔

>>mohnoさん(2006/12/08 12:58のコメント)
別エントリにも書きましたが、mohnoさんがご自身のブログで「海賊版」という言葉の定義を説明された時に引用されたオンライン辞書では、「著作権者の許可を受けないで複製・販売される書籍・テープ・ソフトウエアなど」となってましたので、許諾のあるなしに目が行ってしまいました。そもそも、誤解を避けるために私は後半では海賊版という言葉の使用を避けて「著作権者(正確には、著作隣接権者も)の許諾なしにダウンロードする」と言い換えていたはずです。
そもそも、弁理士の職にあるものが、権利者にリターンがないようなスキームを提唱することはないことを前提にしてくれてるんだろうな私の前提が誤りだったということです。
私の立ち位置は、http://blogs.itmedia.co.jp/kurikiyo/2006/11/post_b7b1.html
に書いてある通りです。今の著作権法は、独占排他権(禁止権)が前提になり、それにより金銭請求権が生まれる構造になってます(解釈論)が、それが唯一の選択肢なのか疑問と言うこと(立法論)です。今は禁止権と金銭請求権がくっついているのでなかなかわかりにくいですが、禁止権を制限してもお金の流れを作ることはできます。ちなみに、池田信夫先生も同様の考えであると理解しています(以下、池田氏のブログより引用)。
>経済学的にいうと、著作権はコントロール権とキャッシュフロー権に
>わけられるが、ビジネスにとって重要なのは後者であって、前者は
>必要条件ではない。許諾権を放棄することによって多くのコンテンツが
>流通し、その結果多くのキャッシュが得られるならば、そのほうが
>ビジネスとしては賢明だろう。

mohno

> 弁理士の職にあるものが、権利者にリターンがないようなスキームを提唱することはないことを前提
実のところ、大変、不思議に思っていました。でも半日庵さんをはじめ、多くの読者は間違いなく誤解していたと思いますよ。
いずれにせよ、もう、その"誤解”は解けていると思います。スキームへの返信を楽しみにしています。

栗原潔

>>mohnoさん(2006/12/08 13:14)
法律に限らず"as is”の議論で常に客観的になるかというそうとも言えないですね。「この統計データはこう解釈すべき」(=100%シュアではないがこう解釈するのが私には妥当と思われる)という言い回しになることはあるでしょう。
そう言う意味では、to beとas isの間、そして、主観的と客観的の間にもあいまい領域は常にありますね。

mohno

それは解釈が「あるがまま(as is)」じゃないからでは?
「フランスでは海賊版のアップロードは合法である」は判例から導き出される「あるがまま」だと思います。私は(驚くことはあっても)、こうした客観的事実に口を挟むつもりはありません。それに、これなら Yes/No で答えられる試験の問題(as is)にできますよね。
もし、ここから「フランスでは海賊版のアップロードは“今後も”守るべき権利だと考えられている」と解釈する話が出てきたら、それを「あるがまま」だとは思わないです。これは試験の問題にもできないでしょう。
「A氏はXXと考えている」というA氏の主観をあらわした表現は、まわりから見た客観的表現です。「議論の余地がある」ことには「議論の余地がない」という明確さも考えられます。これを「あいまい」にしてしまうと、議論が収束しないですよ。

栗原潔

すみません、話しがちょっと見えないですが、フランスの件は「(権利者の許諾がなくても)ダウンロード/アップロードを合法とする」という法案が下院を通過したという話なので完全に立法論のお話しですよ。

mohno

失礼しました。元記事をちゃんとよんでおらずに勘違いしました。いずれにせよ、上記はただの例です。
あと、そういうことなら、
> フランスでは私的利用である限りP2Pからのダウンロード合法と判断されているようです
ではなく「・・・合法と判断する法案が通った」とかなんとか、「現時点では違法(またはグレー)だけれど、合法化される」というニュアンスの言葉であるべきだったと思います。
なんというか、"as is" と "to be" というより、日本語の使い方に気を使いましょう、という話のような気がします。

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