「沈みゆく帝国」──Appleファンこそ刮目して読むといいかも
スティーブ・ジョブズが亡くなってはや3年、これからのAppleはどうなっていくのかと不安に思っているAppleファンも多いのではないでしょうか。
ジョブズが不在だったスカリー/スピンドラー/アメリオ時代を知っている人であればなおさら、あの時代にいかにApple製品が精彩を欠いていたかを思い出したりして。
それでも、少しでもいい予兆にすがって、まだ大丈夫、と思っていたいのが人情。
18日発売の「沈みゆく帝国 スティーブ・ジョブズ亡きあと、アップルは偉大な企業でいられるのか」(ケイン岩谷ゆかり著、井口耕ニ訳)は、丁寧な取材と考察で、現実を直視させるような本です。
岩谷さんのことを初めて認識したのは、2009年にジョブズが肝臓移植手術を受けたことを署名記事ですっぱぬいたときだったと思います。Yukari Iwataniって日系の人かなぁ、なんて思ってました(日本生まれで日本語も読み書きできるそうです)。その後もApple関連記事で何度もお名前を見ました。
ケイティ・コットンさんの鉄壁をかいくぐってちゃんと裏をとってスクープするなんて、すごいなぁと思ったものです。
本書も、(確かにティム・クックCEOや幹部チームには会っていませんが)200人以上のApple内外の人たちへのインタビューや取材に基いています。ジョブズ公式伝記著者のアイザックソンや、(私も尊敬する)FOSS Patentsのミューラー先生も登場します。
岩谷氏は、たぶんどちらかといえばAppleが好きなんでしょうけれど、冷静に客観的に事象を積み重ねて悲しい結論を導き出しています。
内容は、ジョブズが亡くなる数カ月前から2013年11月までのAppleの話。ジョブズ生前の部分は、公式伝記にもなかったエピソードも載っています。
本書の興味深いところをいくつか箇条書きにすると、
- 謎につつまれたティム・クックの人柄が少し分かる(マウンテンデューとプロテインバーが好き、とか)
- 今の幹部チームの力バランスがかいま見える
- なんでマップとSiriであんな失敗をしたのかの結構納得のいく解説がある
- Appleとサプライヤーの関係が分かる
- めんどくさいApple対Samsungの裁判の流れが分かる
- 電子書籍がらみの裁判についても分かる
なお、原書のタイトルは「Haunted Empire Apple after Steve Jobs(取り憑かれた帝国 スティーブ・ジョブズ亡き後のApple)」で、ジョブズの影響から抜け切れないで苦しむApple、というニュアンスがあると思います。
前半のエピソードで、2009年に病気療養のジョブズに代わってティム・クックがCEOの仕事に従事した後、復帰したジョブズが「CEOは僕だ」と叫ぶ印象的なシーンがあります。ジョブズは自分が死んでからもAppleに繁栄していてほしいと本気で思いながら、心のどこかでAppleの本当のCEOは自分だけだと思っていたんじゃないかという気もします。
ジョブズの公式伝記の翻訳も手掛けた井口さんの訳者あとがきによると、岩谷さんは日本語も書けるそうですが、「プロとして書くのは英語の文章」とのことです。私は途中までは原書のKindle版で読んでいたんですが、明快な文章です。井口さんの訳も、ジョブズ伝記を読んだ方ならお分かりと思いますが、わかりやすいです。そして、元Apple広報の(書籍編集者時代に私もいろいろお世話になった)外村仁さんの解説も必読。
私もAppleが好きなので、この本を読んでもまだ、エディ・キューが「Appleでの25年間に見てきた中で最高の製品を年内にリリースする」と言ったことや、iWatchのうわさにすがりたいところです。。。