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「セルフ・ハンディキャッピング」と意識的に戦おう

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仕事に置いて、自分自身が厄介な敵になる場合がある。その心理と対処法を解説する。

なぜか〆切ぎりぎりになる原因

 今回は、自分のパフォーマンスを落とす「大きな敵」について書いてみたい。この敵は、自分の心の中にいる。

 自分の心、あるいは自分自身が「敵」であるという話は、いかにも説教臭い精神論に聞こえるかも知れないが、ここでご説明したいのは、「慢心」、あるいは反対に「弱気」とか、「怠惰」といった、その気になると自分でも気づきやすい堂々たる敵ではなく、一見目立ちにくいけれども、小さからぬ実害をもたらす厄介な敵のことだ。

 たとえば、エンジニアである読者は、納期に間に合うかどうかぎりぎりのプロジェクトを抱えている時に、なぜか趣味や別の仕事(家庭の雑事など)に時間を費やしてしまうことはないだろうか。

 その結果がどうなるかは、人によりケースによってそれぞれだ。

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 たぶん、一番多いのは、納期近くに無理とも思える努力をして、仕事を間に合わせるケースだろう。この場合、結果は無事なのだが、「なぜ、もっと合理的な時間配分で仕事をしなかったのだろうか」と後悔する。

 また、〆切の期日が差し迫ることで、仕事の質を落として完成に持っていくことがあるかも知れない。上司やクライアントが質の低下に気づくかどうかはケース・バイ・ケースだが、プロのエンジニアなら、「実は、今回の仕事には妥協があるな」という微妙な自己批判を意識することになるだろう。

 そして、例外的なケースだと願いたいが、納期までに仕事が形にならない大失敗を経験する場合もあるだろう。通常、それなりに経験があるビジネスパーソンは、どのくらいの時間があれば、自分はどのくらいのことができるかを、無意識のうちに知っている。完全にダメということは意外に少ないはずだが、自分の仕事に関して読み違いがあると、こうなる場合もある。

 何れのケースでも、「もっと上手く時間配分すべきだった」、「余裕のあるスケジュールで仕事をした方が、自分も楽なはずだし、仕事の出来上がりもいいのに」などと思うはずだ。

 このような状況に陥る大きな原因が、「セルフ・ハンディキャッピング」と呼ばれる現象だ。

「事前の言い訳」で安心する

 重要な仕事の時間がぎりぎりになる理由の多くは、単に愚かだったり、怠惰だったり、刹那的だったり、するからではない。むしろ、自分の仕事の出来について切実な関心を持ち、失敗することを恐れているからそうなるのだ。

 人は、自分が優れていると思っていたい生き物だ。自分の能力に関して、自分自身で、否定的な評価を下したくないと思っている。

 同時に、最高の条件の下で全力を尽くして思うような結果が出なかった場合、それは、自分の能力が不足していると認めざるを得ないが、これは、精神的に辛い。

 すると、人は、しばしば、事前に結果が不満足な場合の言い訳を用意しようとするのだ。すると、結果に対して、「自分が上手く行かなかったのは、かくかくの事情があったからであり、自分自身の能力が劣っているからではない」という言い訳ができる。この際に、多くの場合、無意識に用意する「事前の言い訳」がセルフ・ハンディキャッピングだ。

 ハンディキャップとは、例えば、囲碁で弱い側が先に何個か石を置いてから戦う置き石のようなケースや、競馬のレースで強い馬がより重い負担重量を背負わされるケースのように、ゲームの力関係を調整するために事前に意図的に設けられる「差」のことだ。自分が著しく不利になるようなハンディキャップがあると、勝つ確率は低下するが、自分が負けたとしても、ハンディキャップのせいに出来るから気が楽になる。

 こうした「ハンディキャップ」を自分で勝手に作り上げる行為が(無意識的な場合が多いが)、セルフ・ハンディキャッピングだ。自尊心が傷つかないようにして自分を守る一方で、自ら成功の確率を下げてしまうところに問題がある。

 例えば、学生であれば、大事な試験の前日に敢えて映画を観に行ったり、夜遅くまで本を読んだり、といった、試験での失敗の言い訳を事前に作っておくような行動を取ることがある。この種のセルフ・ハンディキャッピングには、明白な実害がある。

 また、セルフ・ハンディキャッピングの現れ方の一つとして、あらかじめ自己評価を下げて、本来なら行う方がいいチャレンジを行わなくなる場合がある。自分に対して、或いは他人に対しても、自分の評価をいったん下げて、気分を楽にするのだ。具体的には、「自分はマネージャーになるような器ではない」とあらかじめ自分で決め込んで、昇進のための努力に全力を尽くさないようなケースだ。実害は直接目に見えないかも知れないが、こちらの方が、影響が深刻な場合がしばしばあるので、注意したい。

自分を「部下」として使え

 一つ、典型的な例を挙げてみよう。

 例えば、英語が話せるものの得意ではないビジネスパーソンが、初対面の外国人に英語でプレゼンテーションをしなければならないとしよう。「私は、英語で話すことが得意ではありませんが...」と前置きしてから話しはじめる人が、少なからずいるのではないだろうか。

 正直に言うと、筆者も何度かやったことがある。しかし、この前置きはいい効果を生まない。

 言い終えた瞬間、本人は少し気が楽になったような気がするが、相手側ではいい印象を持たない。「この人は英語が上手くない人なのだな」と思われるにせよ、「この人の英語は言いたいことが分かる」と思われるにせよ、相手は実際に話される英語を聞いて判断する。前置きは、少なくとも時間の無駄だし、これで相手側が抱く評価が改善することはない。一方、自分の側では、本来が、「普通に堂々と」話すことが必要な場面で、最初に下手に出てしまうことになる。特にビジネスの場では有害無益だ。

 セルフ・ハンディキャッピングは、自分も気づかぬまま、さまざまな時に、さまざまな形で顔を出して、自分自身のパフォーマンスを損なう原因になる。

 これを完全に押さえ込むことは難しいが、一つ「対策」をご提案しよう。それは、行動する自分を、自分の「部下」だと思って、自分に指示や注意を向けることだ。

 一人のビジネスパーソンは誰でも、自分という部下が一人だけいる「自分会社」の経営者のようなものだ。「自分会社」にあって、使えるのは自分という能力に限界のある部下が一人だけなので、この唯一の部下を上手く使って、最大の成果を得なければならない。

 一般に、上司の視点から部下を見ると部下の欠点がよく分かる。部下のセルフ・ハンディキャッピングは、歯がゆくもあり、無駄に見えるはずだ。

 そこで、上司たる自分が、部下である自分に、気づいた都度「それはセルフ・ハンディキャッピングだ。無駄だし、有害だから、止めておけ」と心の中で注意する。部下である自分は、指示の責任は上司にあると割り切って、素直に上司の指示に従えばいい。

 自分の中の上司と部下の関係が、常に理想的に運ぶとは限らないが、セルフ・ハンディキャッピングを減らすことは、間違いなく自分のパフォーマンスを改善する。精神的に簡単でないが、だからこそ、やってみる価値がある。セルフ・ハンディキャッピングから自由になると、仕事に積極的にはるはずだし、能力自体が拡充されよう。仕事のプレッシャーにも強くなるはずだ。エンジニア読者には嫌いな言葉かも知れないが、「出世する」と申し上げておく。

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