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上手な仕事の任せ方、3つのポイント

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仕事を進める上で、「上手な仕事の任せ方」があるのではないか。筆者の経験も交えながら、「上手な仕事の任せ方」における三つの要素を取り上げてみたい。

書籍作りとエンジニアの仕事

 筆者は、仕事柄、連載の原稿を書いたり、雑誌、新聞、テレビなどの取材を受けたりする事が頻繁にあるが、加えて、ここのところ年に数冊単行本を出版している。

 エンジニア読者諸氏の仕事になぞらえると、連載の原稿執筆はシステムのメンテナンスのようなルーティンワークで、取材を受ける仕事はカスタマーサポートのような割り込み仕事(後の原稿確認まで気が抜けない...)、そして単行本の執筆は何らかの開発プロジェクトのような仕事の大きさと時間感覚だ。

 こうした仕事をこなしながら、近年気づいたことがある。それは、特に単行本の執筆にあって、仕事が進みやすい編集者と、そうでない編集者がいて、それは、主として「仕事の任せ方」によるのではないかということだ。

 著者と編集者の関係は、ドラマや漫画などでご存知かも知れないが、仕事を引き受けるまでは著者の立場が強く、「先生、よろしくお願いします」とおだてられることが多い。著者が書く気にならなければ、編集者・出版社は仕事が始まらない。しかし、実際に、本の企画が通って、執筆が始まると、「〆切り」の存在や、原稿の出来具合が、著者と編集者の関係を変えて行く。

 この過程で、仕事が進みやすい編集者と、仕事が進みにくい編集者とが分かれる。そして、その差は、著者と編集者の人間的な相性によるというよりも、編集者側が著者をコントロールする技術の差によるのではないかと思われる。

 本稿では、三つの要素を取り上げてみたい。

要素その一、仕事を任せる単位

 単行本の執筆は、本のコンセプトが決まり、大凡の構成案が出来上がって、企画書になって、これが出版社の社内手続きを通って、開始される。最も、シンプルな仕事の任せ方は「先生、社内で企画が通りましたので、執筆を開始して下さい。〆切りは○月×日です」というものだ。

 「〆切り」は、人類の最大級の発明と言ってよいと思うが、強力な仕掛けだ。もしも、この世に〆切りが存在しなければ、人類の全ての仕事の能率は、今よりも遙かに劣るものにとどまったのではないか。

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 さて、著者にやる気と時間があれば、企画が通り次第、直ちに執筆に着手することになるが、一つには各種のルーティンワークがあったり、割り込み仕事が生じるせいで、なかなか着手されない場合がある。〆切りが、何ヶ月か先だと、その仕事は後回しにされがちだ。

 そして、一旦後回しにされた執筆は、企画が通った時の感動が薄れるし、時間が経つほどに着手が億劫になる。

 そうこうしているうちに、現実の〆切りが近づいてくる。〆切りのどのくらい前に、どのような連絡を入れて来るかは、編集者によって大きく異なるが、「〆切りを○月×日とご了解頂いておりますが、お原稿の進捗状況はいかがでしょうか」といった、様子を探るメールを入れてくることが普通だ。

 ここで、残りの分量が、とても〆切りまでにこなせないと思えるような場合、著者は、仕事を進める方法よりも、「〆切りに間に合わない理由」を、考えるようになる。ここまで来ると、本の完成は、一カ月単位で遅れていくことになり、酷い場合には、執筆が止まって、本が出なくなることも珍しくない。出版予告が出ていながら、やがて、その予告が消え、本が結局出て来ないといった「幻の書籍」をネット書店のホームページで見る事があるが、背景は大凡このような事情だ。

 著者側の勝手な都合ばかりを書いて気が引けるが、一度落ちた執筆のモチベーションを復活させるのは容易ではない。同様に、例えば、調査系の仕事をされているエンジニアの場合、一旦手を止めたテーマの研究に、再び取り掛かるのが難しいといったケースがあるのではないかと想像する。

 仕事の任せ方が上手な編集者は、「仕事の区切り方」が上手い。例えば、書籍の構成案に従って、一章ずつの〆切りを、例えば、一、二週間先くらい先に設定して、進捗状況について期間中に一、二度コミュニケーションを取って来る。

 仕事を区切る「サイズ」は、「一章」に限らない。三日なり、一週間なり、といった著者の集中力が続く期間に「頑張れば、出来る」と思えるくらいの分量がいい。「約束したのだから、書かなければいけないな」と思い、「頑張れば、約束を守れる」と思うと、〆切りが有効に機能するようになる。

 そして、〆切りに合わせて原稿を書くことが出来ると、編集者ばかりでなく、著者の側もほっとするし、「〆切りに間に合わせて書いた」という小さな成功体験が、次の〆切りに対する励みにもなる。

 仕事の「区切り方」は、仕事を任せる相手の、能力、責任感、仕事のタイプ(まとめてやりたいか、分割してやりたいか、など)による。

 かつて、ある運用会社で企画の部署でマネージャー的な仕事をしていた時に、部下一人一人によって、仕事を任せる適切な「仕事の単位」と「〆切りまでの長短」が違っていたことを思い出す。

要素その二、要求する仕事の完成度

 マネージャーの仕事を思い出すと、部下によって、仕事を任せる単位と共に、〆切りまでに仕事に要求する「完成度」を調整する必要があった。

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 仕事である以上、最終的には、自分達(マネージャー自身を含む)の能力にとって「ベスト」の完成度を目指さねばならないが、部下の個性によっては、いきなりベストを目指そうとすると、時間が掛かりすぎたり、着手が億劫になったりすることがある。

 例えば、A君は、仕事を任せると、割合直ぐに「出来た」と言って〆切りよりも前にアウトプットを出してくれるが、仕事の出来は粗いことが多く、修正点を指摘し指示すると、二度目か、三度目で、完成に至ることが多かった。

 一方、B君は、アイデアが豊かで仕事の馬力もあり、ある程度長い時間を与えて仕事を任せていいタイプなのだが、自分自身のこだわりがあって、自力では仕事を完成し切れないことがしばしばあった。様子を見てみると、〆切りまで二週間ある仕事の、80%までは2日で、95%くらいまで最初の一週間で出来るのだが、最後の5%が詰め切れない。彼の場合は、〆切りよりもずっと前にアイデアの中間報告をさせて、95%まで出来た段階で、「完成。よくできました」と言って仕事を切り上げさせたり、残りの部分の完成を別の人に任せる(多くはマネージャーがやることになるが)、といった対処が必要になる。このようにして仕事を任せると、大変有能な人だった。

 出版の世界には、原稿を書籍のページの形に流し込んで印刷した、「ゲラ刷り」(ないしは単に「ゲラ」と呼ぶ)というものがある。著者によっては、原稿の形で完成を目指そうとすると、なかなか完成に至らない人もいる。こうした場合に、暫定的な原稿をゲラの形に組んで、ゲラを修正する形で手を入れると、上手く完成できる場合がある。

 仕事を任せる「分量」だけでなく、要求する「完成度」にも適当なレベル感がある。

要素その三、感想力!

 書籍の著者と編集者の間で理想的なのは、著者が、第一番目の読者でもあるところの編集者に評価して貰いたいと思って、これを作品を書く原動力にするような関係だ。もちろん、著者は、読者の反応や評価も大いに意識して本を書くが、執筆の最中は、編集者がどう読んで、どのように反応するかが気になるし、中には、「この編集者のために書く」という著者もいる。

 同じように、部下は、自分のアウトプットに対する、マネージャーの反応が気になるものだ。

 マネージャーは速やかに、何らかの感想や指摘、或いは指示をフィードバックしなければならない。反応が遅いと部下はガッカリするし、仕事の進行が停滞する。アウトプットの改善が最もやりやすいタイミングを逃すことにもなりかねない。ここで、時間を掛けてしまうマネージャーは、例外なく無能だ。少なくとも、人を使うことには不向きだ。

 著者に対する編集者も、原稿が送られてきたら、それを熱心に待っていたことが伝わるくらいの速さで、著者に原稿の感想を送る必要がある。

 この際に必要なのは、適切な感想を述べる力だ。ビジネスにあってマネージャーの感想が「適切」であるとは、部下が、(1)その仕事のアウトプットをさらに改善しようと思い、(2)次の仕事に対しても張り合いを持ち、(3)自分の仕事の能力のレベルアップに対してモチベーションを持つようになることだ。

 編集者と著者の場合は、(1)だけでいいかも知れないが、マネージャーと部下の場合は、(2)、(3)が必要である。

 一昔前の組織で、部下もマネージャーも有能なエリートであることを自認しているような場合であれば、部下が書いた書類を、一読後に黙ってゴミ箱に捨てて、「ダメな理由は自分で考えろ」と無言の圧力を掛けて部下を鍛えるようなことが可能だったろうが、今の若者にこれをやるのは危険だし、そもそもマネジメントの方法として能率が悪い。

 だが、編集者にも、著者の原稿に対する感想が上手い人と、そうでない人がいる。「原稿を受け取りました。次は、...をします」といった事務的な連絡だけで済ませる編集者とは、仕事をしても全く張り合いがない。また、「素晴らしい原稿で、感動しました」というような、原稿の何が良かったのかが具体的に分からないおざなりの感想は、単なる挨拶のようであって、嬉しくないので、原稿の続きを書くやる気が湧きにくい。

 「感想力」、即ち、適切な感想を伝える力は、それ自体をテーマとして一冊の本を書くに値するテーマだ。ここでは、マネージャーが部下に対して適切であるために必要な「感想」の条件をいくつか挙げてみよう。

(1) アウトプットを期待して待っていたことを伝える。
(2) 総合的な評価を率直に伝える(評価は正直で良い)。
(3) どこが良い点だったと思ったかを具体的に説明する。
(4) なぜ良いものになったのかに、興味を示す。
(5) 改善できる点を「明るく」伝える。

 適切な感想に触れた部下は(著者もだが)、期待以上の働きをするようになる。これは、本当のことだ。マネージャーは(編集者も)、「感想力」を大いに磨くといい。

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