【書評】『宗教を生みだす本能』:宗教の転換期
今、宗教に注目する理由はいくつかある。思い返せば、地下鉄サリン事件が起きたのは、阪神淡路大震災が起きた二ヵ月後だったわけだし、ビン・ラディン殺害の余波だって油断はできない。人は自分の想定を超えるような出来事が起こると、超自然的なものへと導かれやすい傾向にあるのだ。
本書の著者はイギリスのサイエンス・ジャーナリスト。科学を生業とする人には、宗教に批判的な人も多い。有名なところで言うと、本書にも登場するスティーブン・ピンカーやリチャード・ドーキンスなど。リチャード・ドーキンスに至っては『神は妄想である』という著者まで出しているくらいだ。仮に公言していないにしても、科学と宗教の間には埋めがたい溝がある。
ところが、本書のスタンスは一風変わっている。宗教の必然性を、人間の進化学的な見地から解明しようという野心的な企みなのである。
◆本書の目次
第1章 宗教の本質
第2章 道徳的本能
第3章 宗教行動の進化
第4章 音楽、舞踏、トランス
第5章 太古の宗教
第6章 宗教の変容
第7章 宗教の樹
第8章 道徳、信頼、取引
第9章 宗教の生態学
第10章 宗教と戦闘
第11章 宗教と国家
第12章 宗教の未来
人間には本来、道徳的判断にかかわる脳内神経回路が存在しているという。この先天的に保持する道徳的直観の存在ゆえに、宗教は普遍性を生み出しており、世界中に存在する宗教には共通点も多い。誕生、成長、結婚、葬送などの通過儀礼や、そこに伴う音楽などもその一例である。
これらの道徳規範は、集団の淘汰と直結した。個体より集団全体に利益を与える遺伝子の方が一般化するという説は、ダーウィンの知られざる主張だ。これらの道徳的規範を守るためのソリューションとして宗教は生まれてきたというのである。
このように宗教と人間との関連性を、生物学、社会科学、宗教史的な観点から分析している点こそが、本書の最もユニークな点である。その他にも、三大一神教や太古の宗教の検証、宗教と経済活動、社会形成、戦争との関連にも丹念に触れており、全編を通して理路整然としている印象を受ける。
しかし著者も、諸手をあげて宗教を容認している訳ではない。現在の宗教は、複雑さを増す人間社会の変化に遅れをとっていると指摘し、第二の転換期を迎えるべきと主張する。
宗教が司ってきた道徳的規範の構成要素は、「友好関係」、「共感」、「社会ルールの学習」、「互恵の観念」であるそうだ。この四つのキーワードを見て、いささかの衝撃を受けた。ひょっとすると、宗教の役割は、ソーシャルメディアに取って変わられつつあるのではないだろうか。
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