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IT技術者教育に携わって25年が経ちました。その間、変わったことも、変わらなかったこともあります。ここでは、IT業界の現状や昔話やこれから起きそうなこと、エンジニアの仕事や生活について、なるべく「私」の視点で紹介していきます。

金にはならぬが役に立つ?

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2016年末のテレビドラマでもっとも話題になったのは『逃げるは恥だが役に立つ』だろう。Twitterへの書き込みなどを見ていると、主人公である星野源の初々しさと新垣結衣のかわいさが目立つが、実はこれ「シャドウワーク」の話だった。

「シャドウワーク」とは、家庭内で発生し金銭を伴わない労働を指す。要するに、家事労働や妊娠出産育児であり「再生産労働(reproductive labor)」とも呼ばれる。生物学では「reproductive」は「生殖」、「labor」は「出産」という意味だが、社会学では家事労働一般も含める。

家事労働は、立派な仕事として認められており、他人に提供すれば金銭報酬を得ることが可能だが、夫婦間で金銭のやりとりをすることは(通常は)ない。これは「同一労働同一賃金」の原則に従うと一種の搾取と考えられるので「正しく評価すべきである」という主張は30年以上前からある。「正しい評価」の例として、家事労働をGDPに含めるべきだという人もいた。もっとも、実際に金銭のやりとりがない以上、GDP算入はあまり意味はないように思う。評価するが(感謝の気持ちは表明するが)金を出さないのは、現代における典型的な搾取パターンである。

ついでにGDPの歴史を調べてみたら、当初はサービスが算入されていなかったらしい。サービスを含むようになってからも、測定の難しさから正確さに欠けていたという。現在でも、工業製品ほど正確な値が出せないことは容易に想像できる。サービスが製品の一部に組み込まれており、サービスだけの価格が算出できないことが多いからだ。

さらに、GDPは「動いた金」を示すことはできるものの、品質までは分からない。2017年1月4日付の朝日新聞朝刊の記事「(我々はどこから来て、どこへ向かうのか: 3)「経済成長」永遠なのか」に、このような下りがあった。

若者たちが当たり前に使う1台8万円の最新スマホが、25年前ならいくらの価値があったか想像してほしい。ずっと性能が劣るパソコンは30万円、テレビ20万円、固定電話7万円、カメラ3万円、世界大百科事典は全35巻で20万円超……。控えめに見積もったとしても、軽く80万円を超える。

つまり、GDPを計算する上での価値は10分の1になってしまったわけだ。

IT分野ではクラウドに代表される「セルフサービス」の流れもGDPを下げる要因になっている。Amazon Web ServicesやMicrosoft Azureなどのクラウドサービスには、Webサイトを簡単に構成し、負荷に応じて能力を変化させる機能(オートスケール)がある。もちろん請求されるのは使った分だけである。オートスケール機能を持つWebサイト構築にかかる時間は、ごく単純で基本的なものなら15分程度でできる。最低費用は月額5,000円から1万円くらい、5年使っても60万円である。もし、これをゼロから作ったら、構築だけでざっと100万円から1,000万円ほどかかると思われるし、運用コストがこれに加算される。単純に計算すると、GDPに算入される金額は10分の1以下である。しかし、利便性はクラウドの方が高いため、サービスとしての価値は逆に上がっている。

私自身の例を出すと、年末にコミックマーケット(コミケ)用にフォトブックを作った。36ページで1冊あたり200円程度である。昔は16ページの冊子を100冊刷って3万円以上かかった。フォトブックは1冊でも100冊でも単価は変わらないのに対して、印刷では基本料金が高いため、多く刷れば1冊単価は大きく下がる。そのため単純な比較はできないが、少量生産の場合はフォトブックの方が安い。

頒価は500円、コミケ参加費を含めると、印刷していた頃は大幅な赤字だったが、現在では小幅な赤字で抑えられている。

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▲2016年末に出した写真集

このように、現在はさまざまな価格が大きく下がっているが、決して品質は落ちていない。同じ物が値段を下げないと売れないわけではなく、構造的に価格が低下しているのである。

景気対策の指標としては、依然としてGDPが使われているが、GDPが下がっても豊かな生活を続けることはできる(かもしれない)。以前は、物やサービスの値段が下がることは、景気が悪くなることであり、給与が下がり、生活レベルも下がることを意味していた。現在でも、基本的にはその通りであるが、物価が下がっても景気を落とさず、給与が下がっても生活レベルを落とさない方法があるのではないだろうか(ないかもしれないが)。あるとしたら、それはITの力を活かすことになるはずだ。誕生から現在に至るまで、ITの目標は一貫して、労働内容と労働時間の軽減にあったのだから。

そこでもし、給与が下がった以上に物の値段が下がった時、おすすめしたいのは家事代行サービスである。あまり知られていないようだが、家事代行サービスは、プロ仕様で高価なものから、日常的に行う家事と同程度の品質でそれなりに安価なものまでそろっている。組み合わせて使えば効果的だろう。新垣結衣みたいな人が来ることはないと思うが、新垣結衣の母親(または父親)みたいな人は来るかもしれない。家事労働をめぐる夫婦喧嘩は非常に多いので、家事代行サービスを使うことで、夫婦の関係も良好に保たれるかもしれない。

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