人材育成の現場で見聞きしたあれやこれやを徒然なるままに。

多くの人が「失敗から学ぶことが多い」と知っているのに、「失敗を許容しない」社会

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これまたITエンジニアの皆さんと話題になった話。

「失敗から学ぶことは多いんですよね。痛い思いをして、"あー、これやっちゃまずいんだ"なんて気づいて、自分なりに次の手の打ち方を考えたりして、成長する」
「それ、わかっているんだけど、今って、昔のようにおおらかじゃない。寛容じゃない」
「そうなんですよ」
「失敗させるな、と上からも言われる。あとが大変だから、とか」


このブログでもたびたび書いているのだけれど、おおらかな時代があった。いいとか悪いとかは置いといて、おおらかな時代は、新人とか若手なんかが結構派手にやらかしたもんだった。

DEC時代の同期が20代の頃(というと80年代後半のことかと思う)、「日本にまだ2台しかない億単位のマシンを、台車で運んでいたら、道路に落としたけど、課長が、"ああ、イベントが終わった後で、よかったね"といった」みたいな話をしていたことがあって(これを聴いたのは、最近のこと)、「なんとなくわかる。あの頃ならそうだったろうな」と思ってしまった。

お客様のほうもおおらかだった。寛容だった、今よりは。

インターネットもあるし、情報はあっという間に広まるし、危険がいっぱいな現代は、たった一人の新人がやらかしたちょっとしたミスでも世間を駆け巡ることがある。
コンプライアンスの関係で、マズイ、というケースもある。

失敗させたいけど、させられない。

「一応トライさせてみて、それで、寸止めできるようにカバーするってのは?」と聴いてみたけれど、
「寸止めってのも難しいんですよ。」と。

「寸止め」のつもりで様子見ていたら、かなり大変な事態になってしまった・・・あわあわ・・となれば、マネージャの仕事はまたさらに増える。

「無難に、無難に・・・」
「できるだけ、何も起こりませんように」

「危ない橋なんか、叩いて歩くなんてせず、叩かず、迂回せよ」

そんな風になっているとおっしゃる。

これ、わかる、わかる、わかる。

昭和が良かったとは言わない。
昭和のダメなところもいっぱいあった。

けれど、あの頃は、細かいことをごちゃごちゃ言わずにいろんな経験をさせてもらえたような気がする。
今思えば、新人にそんなことさせるの?とめちゃくちゃなこともたくさんあったけれど、それで成長できた人も大勢いただろう。

今は、いろんなルールが出来てきたことで、いろんな縛り、いろんな配慮すべきことが増えたことで、
「失敗から学ぶ」こともだんだんとできなくなってきている。

人が育つためには、時間がかかるし、寛容な心も必要なのだけれど(子育て見てりゃわかる)、
時間かけずにしっぱいもさせずに、でも、これまでよりももっとハイスピードで人を一人前にせよ、

という、なんともありえないことを求めているのが、現代の職場なんじゃないだろうか。

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北海道大学の松尾睦先生の『「経験学習」入門』でも、「失敗体験の意義」に触れている。
「失敗させること自体が難しい時代」ということについても言及されている。

この本は読むたびに発見がある。一度読んだ本をめったに再読しない私が何度も読む本。

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