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阿波踊りにみる「対立が起こった際の議論のしかた」

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こんにちは、しごとのみらい/サイボウズの竹内義晴です。

阿波踊りの対立が、メディアで伝えられています。

お祭りはみんなで盛り上がれるイベントであり、経済効果もあるのが特長です。本来なら、みんなで仲良く、楽しく、一致団結してできるのがベストだったのでしょう。今回は双方の言い分がぶつかり、なんとなくざわざわした結果となってしまったようです。

今回の対立は、徳島市が、過去の累積赤字を理由に、総踊りを「中止」にしたと伝えられています。

昨年まで主催の市観光協会は赤字解消のめどが立たないとして破産手続きが進み、今年は市と徳島新聞社などで作る実行委が主催している。実行委は、総踊りが他の3演舞場のチケット販売を低迷させているとして、6月に中止を発表。有名連を4演舞場に均等に配置すると決めた。

出典:混乱続く徳島の阿波踊り。徳島市長が中止求めた伝統の「総踊り」を一部の踊り手が強行。なぜこんなことに? | ハフポスト

これまで、市側と、踊り手のみなさんとの間に、どのような議論があったのか、細かなことは存じ上げないので、どちらがいいか/悪いかといった言及は避けます。その一方で、せっかくなら、協力し合える関係ができなかったものか......とも思います。

また、阿波踊りに限らず、意見の対立は、どの組織でも起こりえます。組織の中で、AとBの意見対立が起こった場合、どのような対応をすればよいのでしょうか。

そこで、対立が起こった際の議論のしかたについて、考えてみたいと思います。

■対立が起こった場合にやってはいけないこと

対立が起こった場合、もっともやってはいけないことがあるとしたら、一方的に「力でねじ伏せるやり方」です。

阿波踊りでは、徳島市側が、総踊りを「中止」としました。会社で言えば、社長が、納得できる理由もなしに「このプロダクトは中止だ!」と社員に伝える感じでしょうか(実際には、その前の交渉があったとは思いますが......)。一方的に力でねじ伏せると、「作用、反作用の法則」ではありませんが、多くの場合、同じ力で反発が起きます。

また、とにかく理想論を振りかざすのも、感情的にぶつかりやすいです。

阿波踊りでは、総踊り中止の要請で、徳島市長は「安全を第一に考えてほしい」とおっしゃっていました。徳島市のホームページにも掲載されています。これは、理想論としては間違っていません。むしろ、正しい。

でも、理想論を振りかざされると、「踊りたい」と思っている踊り手のみなさんは反論できなくなってしまいますし、「事故防止に配意し、規律ある行動となるようお願いいたします」のようにいわれると、逆に、「あなたたちは事故防止に配慮していない」「規律ある行動をとっていない」と言われているような感じがします。

もやもやした感情のはけ口として、強行という手段を取るしかなかったのかもしれません。

■「抽象度を上げる」―対立が起こった場合、どうするか?

AとBで対立が起こっている場合、それぞれの主張をぶつけ合っても、分かり合えることはなかなかありません。

その場合は、「抽象度を上げる」ということを考えてみます。「抽象度を上げる」とは、「異なるものを『より大きな共通点』で一つにまとめる」ということです。

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たとえば、阿波踊りを「中止だ!」と言っている徳島市側と、「強行だ!」と言っている踊り手のみなさんの間の共通点を探してみます。

推測ですが・・・

  • みんなで踊って盛り上げたい
  • たくさんの方が訪れて、地域が盛り上がれば最高。経済もまわったらいいな
  • 阿波踊りをきっかけに、徳島市を知ってほしい

みたいなことは、共通の想いとしてあるのではないかと思います。それぞれの想いや細かな方法論の先にある、より大きな「共通の目的」を探し、「私たちはこのためにやっているんだよね」ということをお互いが認識することによって、「対立」という構造から抜け出すことができます。

■サイボウズでは「共通の理想」を再定義する

また、「チームワークあふれる社会/会社を創る」が理念のサイボウズでは、チームの問題を解決する議論の方法として「問題解決メソッド」を提供しています。

  • 問題とは、「理想」と「現実」のギャップ
  • 問題は、理想があることによって生じる
  • 問題があること自体は、悪いことではない
  • 問題の多くは、それぞれの解釈によって生じる
  • 問題を「理想」と「現実」、「事実」と「解釈」に分けて、共通の認識を図り、議論する

という方法です。問題解決メソッドでみても、理想があるからこそ問題が起こっているはず。「共通の理想」を再定義することが、問題を解決する糸口になります。

また、それぞれの解釈のまえに、「事実としてどうなのか」の部分で、現実と理想の数字を出したりするだけでも、ずいぶんと議論は変わってくるのではないかと思います。

本来、みんな思いは一つのはず

「楽しく踊りたい」「地域を活性化したい」「みんなで盛り上がりたい」みたいな気持ちは、みんな同じ気持ちのはずです。

また、「満足したい」「充実したい」「幸せになりたい」みたいな気持ちも、みんな持っているでしょう。

「幸せ」「存在」「充実感」といったものは、言葉としては抽象的です。けれども、抽象度を上げれば上げるほど、共通点は見つけやすくなります。

もちろん、「そんな、方法論だけじゃ、メソッドだけじゃ解決しないよ」というお気持ちもあるとは思います。思いが強い時は、特にそうですよね。あと、「分からない(理解しようとしない)人には分からない」というのも、現実的にはあるでしょうし。

でも、どんなに対立している関係でも、「共通の理想」はどこかしらにあるはず。逆に、それがない、見いだせないなら、一緒にやろうとすること自体が難しいのかなーと思います。それぞれの理想に向かって歩んだほうが、ひょっとしたらいいのかもしれません。

それでも、「自分たちにとって、何が大切なのか」「何のために、これをやっているのか」「これを続けている意味は何か」......といった、「共通の理想」を改めて再定義して、問題を解決していただければいいな、そして、せっかく同じ目的の元に集ったみなさんなのだから、みんなが盛り上がれるようなイベントや会社が増えたらいいなと思います。

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