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【第7話】「インストール」―物語:インストール

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物語を連載しています。

※今まで、物語のタイトルを仮に「根っこが変わればすべてが変わる」としていたのですが、今日の、第7話のタイトル「インストール」は何がしっくりしたので、物語タイトルを「インストール」に変えました。

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■第7話 インストール

 朝、布団の中で、昨夜の父親の姿を思い浮かべながら、夢と現実の中をさまよっている。子どものころにあこがれていた、たくましく強い父親の背中。けれども、大人になった今。その背中を思い出すと、なんとなく、本当になんとなく、無理に頑張っているようにも思えていた。

 (”仕事は責任感をもってやるべきだ””仕事はとことんやるべきだ”・・・お父さん、それは確かにそうだよね。だけど・・・)

 昨夜、父親の姿を思い浮かべたときは、「仕事は一生懸命やらなきゃだめだ」「お客さんのためにとことんやらなきゃだめだ」と言っていた父親は、今は、無言のままだ。

 矢島と会っていたときにはよく分からず、なんとなく胸のあたりがモヤモヤしていた”仕事は責任感をもってやるべきだ””仕事はとことんやるべきだ”と思う理由。一晩明けた今、その理由が腑に落ちている。あれは、父親がよく言っていた言葉だった。

 目を開ける。布団から抜け出すとパソコンの前に向かった。
 気がついたことを、矢島にメールしようと思った。

 「矢島さん、おはようございます。昨日はありがとうございました。

 あのあと、私が”仕事は責任感をもってやるべきだ””仕事はとことんやるべきだ”と理由もなく思う理由について、考えてみました。矢島さんがおっしゃったように、幼い時を思い出しました。

 そうしたら、分かったことがありました。私の父親は工務店を経営しているのですが、以前よく、”仕事は責任感をもってやるべきだ””仕事はとことんやるべきだ”に近いことを言っていたことを思い出しました。私はたくましく強い父親の背中にあこがれていましたし、この考えのもとになっているのは、なんとなく父親に影響があるような気がします。」

 「ごはんだよ」というサトコの声が居間から聞こえた。残りを急いで書いて、送信ボタンを押した。

 食事を終えてパソコンの前に戻ると、矢島からメールが入っていた。10時になったら、電話するように書かれていた。

 10時になるのを待ち、タツヤは矢島に電話を入れた。

 「もしもし、菊池です。昨日はありがとうございました」

 「こちらこそありがとうございました。昨日、あの後どうでした?」

 「昨日、矢島さんに話を聞いていただいて、すごく気持ちが楽になれました。何か、肩の荷が下りたというか・・・ここ2か月ほど、ずっと頭の中がモヤモヤしている感じだったのですが、頭の中にあることを話したら、帰るころにはだいぶ頭の中がスッキリしていました。

 「そう、スッキリできた。それは良かった。悩むことやモヤモヤすることがあるとき、人は、自分の“頭の中”だけで解決しようとしますけど、“外に出す”ということが大切なんですよね。

 それで・・・昨日、菊池さんは、”仕事は責任感をもってやるべきだ””仕事はとことんやるべきだ”っておっしゃっていたけれど、あの後『何が、そう思わせるのか?』を考えてみて、気がついたことがあったみたいですね。」

 「はい、”仕事は責任感をもってやるべきだ””仕事はとことんやるべきだ”ということについて考えてみたら、その言葉を、小さいときによく父親から言われていたことを思い出しました。それが、今も考え方のベースになっているんじゃないかなぁって」

 「私たちは日常、なんとなく考えたり、自然発生的に感情を抱いたりしますね。実は、それにはすべて理由があるんです。私たちの体が、今まで食べてきたものや飲んできたもので出来ているように、私たちが毎日何気なく考えることも、今まで触れてきた情報がベースになっています。そう、親や兄弟、学校の先生に教わってきたことや、友達、会社の上司、同僚、部下、本、マスコミ、インターネットなどから見聞きした情報、そして、ご自身で体験してきたこと・・・みたいな情報ね。それが、いろんな「○○すべき」とか「○○であるべき」という価値観を作っていて、私たちの考えを司るオペレーティングシステムになっているんです」

 確かに、今、こうして考える元になっているのは、これまで触れてきた情報や体験が元になっているのは、なんとなく理解できる。

 「その中に、“一人でがんばらなきゃいけない”というメッセージがたくさんあれば、“がんばらなきゃいけない”と思うのでしょうし、“みんなと協力して楽しくやろう”というメッセージがたくさんあれば、きっとそうなるのでしょう。あまり難しく考えずに、シンプルに考えてみてください」

 まぁ、確かにそうだなと、タツヤは思った。

 「けれども、多くの場合、ご自身の考えのもとになっているのが“これまで触れてきた情報や体験によって出来ている”なんて考えることはありません。たとえば、信号が赤のとき、“今、信号が赤だ。赤は止まれの合図だったな。よし、止まろう”なんて思わずに、もう、無意識に、ほぼ自動的に止まるでしょう?同じように、目の前に、自分の期待と異なることがあると、無意識に”がんばらなきゃ”と思っちゃうんです。そう、理由などなしに、自動的にね。そうして、無意識にがんばりすぎてしまう人が、実は、たくさんいます。

 私の知人に、つい、仕事をがんばりすぎて、うつになってしまった人がいます。部下は自分勝手で全然手伝ってくれない。上司は理想論や建前ばかりで、何も手伝ってくれなかったそうです。仕方がないので、その知人は、一人で仕事を背負いこみました。残業に次ぐ残業。弱みを見せればいいのに、周りに弱みを見せることもなく、むしろ、自分が笑顔で、ポジティブに頑張っている姿を見せることで、同僚も動いてくれるだろうと思った知人は、引きつった笑顔で、土日もなく頑張りました。というより、土日に家でのんびり過ごすことにく罪悪感を抱いてしまっていたそうです。」

 タツヤは、なんだか自分のことを言われているように思えていた。

 「けれども、さすがに無理がたたって知人はダウン。心療内科に行き、薬を飲みながら仕事を続けました。もちろん、同僚には内緒でね。

 私が相談を受けたのは、そんなときです。いろいろ話を伺って、『何がそんなに、知人を頑張らせるんだろう?』と思った私は、こう聞きました。『何があなたを、そんなに頑張らせるの?昔を振り返って、何か、思い当たることはない?』――下を向きながら考えた知人は、しばらくするとこう言ったんです。“そう言えば、私、小さいころからお母さんに、あなたは一人でも生きて行けるように、精一杯がんばりなさいと言われて育ってきました”と。お母さんに褒められたいから、受験のときも、会社に入るときも、精一杯がんばってきたと。

 それが、自分を一人で頑張らせていることに気がついた知人はこう言ったんです。 “今まで、仕事にお母さんが影響しているなんて考えたこともなかったけれど、こんなところでつながっていたってことに、今、気がつきました。そうか、だから私は、何に対しても、がんばらなきゃ、がんばらなきゃって思うんですね。そうか、考えの根っこが分かるって、大事なことですね”とね」

 この話を聞きながら、タツヤは父親のことを思い出していた。

 (確かにお父さんは、”仕事は責任感をもってやるべきだ””仕事はとことんやるべきだ”って言っていた。ボクは、それはとてもいいことだと思っていたし、いつも頑張っているお父さんのことだ大好きだった。でも、その責任感が、仕事を一人で抱え込ませているんだとしたら・・・)

 「何でも一人で抱え、がんばりすぎていたと気がついた知人は、一人でがんばるのはやめることにしたそうです。上司は理想論や建前ばかりの人だったので本音を明かすことはできなかったそうですが、部下には言えるかもしれないと、今、自分はうつであること、そして、一人でしんどかったことを伝え、手伝ってくれないかと頼んだそうです。そうしたら、知人の部下はどんな反応をみせたと思います?」

 「で、何と言ったんですか?」

 自分勝手で全然手伝ってくれない部下なら、うつと聞かされて困った顔をされたのではないかと、タツヤは思った。

 「それがね、『どうして、もっと早く言ってくれなかったんですか』と言ったというんです。何でも、部下のみなさんは、本当は、知人に協力したいと思っていたんだそうです。

 けれども、知人は協力してほしいとも言わないし、逆に、一人がむしゃらにがんばっている知人の姿に“声をかけるな”というオーラを部下のみなさんは感じていたそうです。それなのに、知人は“部下は自分勝手で何も協力してくれない”と思っていたというんですからね。知人には失礼だけど、笑っちゃうでしょう?“一人でがんばる”という価値観が、声をかけるなオーラを出させていたのかもしれません。

 部下の協力を得られるようになった知人は、一人でがんばらなくてもいいんだ、みんなでやればいいんだと思えるようになってきたそうです。すべてが上手く行っているわけではないみたいだけど、肩の力を抜いて、少しずつ、前を向いて働けるようになってきたって言っていました。」

 矢島の話を聞いて、確かにそういうこともあるかもしれないとは思ったものの、すべての人に当てはまるわけではないだろう・・・というのが本音だった。

 (確かに、今、この瞬間に考えていることが、過去に触れてきた情報によって出来ているのは、頭の中では分かる。だけど、今、こうして考えていることの原因が過去のどこにあるのかなんて、そんなに簡単に分かるもんでもないだろう・・・)

 「確かに、そういうこともあると思います。だからといって、ボクの職場でそうなるかは・・・正直、分かりません」

 「それは、もちろんそうでしょう。何か、これがあったから、原因がわかったから劇的に変わった・・・というのは、テレビドラマの中の話なのかもしれません。菊池さんが私に教えてくれたお父さんとの関係も、それが本当に影響しているのか、私には分かりません。

 けれども、今まで、社会や周りからさまざまな価値観をインストールされ、それが正しいと信じ込み、自分らしさが分からなくなってしまっている方がたくさんいます。中には、“やりたいことをやろう”という外側の情報に、“やりたいことって何だろう?”と新たな悩みを持ち、やりたいことがない自分に悩んでいる人もいます。

 自分でないものを少しずつ手放し、それぞれの人が持っている才能や自分らしさを発見していく作業が、今、必要なんじゃないかなぁと、私は思っています。

 今、菊池さんに必要なのは・・・もう、お分かりですよね?いや、はっきりとはまだ、分かっていないかもしれないけど、あえて挙げるとしたら、何だと思います?」

 タツヤは悩んだ。

 (今、オレに必要なことは何だろう?)

 「何が必要かは、正直、まだよく分かりません。けれども、”仕事は責任感をもってやるべきだ””仕事はとことんやるべきだ”っていう、父親が言っていたことが、自分にとって本当に大切なのか。それは、自分にとって必要なのか・・・そんなことを、考えてみたいと思っています。」

 「責任感や、とことんやるという仕事の姿勢は、とても大切なことですね。けれども、もし、“一人で無理してでも頑張る”が誰かからもらった価値観だったとしたら、それが本当に、菊池さんにとって必要なのかを考えてみるのはどうでしょうか。周りの人の協力を得ることで、無理に頑張らなくても大丈夫になるかもしれません。菊池さん自分らしく、仕事が楽しく出来るようになったら・・・楽しいから頑張ることはあったとしても、無理に頑張ることなど必要なくなるかもしれませんよ」
 
 「ありがとうございます。自分らしさっていうのがどこにあるのか、正直、まだよく分かりません。でも、矢島さんのおっしゃっていることはよく分かります。自分でないものを少しずつ手放していく作業・・・もう少し考えて、やってみたいと思います」

 「なんて、偉そうに言いましたが、私も、自分らしさがすべて分かっているわけではありませんよ。悩んだとき、モヤモヤしたとき、私自身よく考えるんです。『何が、自分にそう思わせるのか?』ってね。これは、誰かからインストールされた価値観なのか、それとも、自分にとって本当に大切な価値観が、”お前、そっちは違うぞ”を知らせるためにモヤモヤさせているのか・・・悩んだときやモヤモヤしたとき、気分はよくありませんが、“本当の自分に出会えるチャンス”だと考えるようにしています。常に答えが出るわけではありませんが、自分の本音に出会って「あっ、そうか!」と思ったとき、何かこう、自分ではないものを手放し、自分にとって本当に大切なことが分かる・・・何か、自分らしい自分につながれる、自分を1つ上に引っ張り上げてくれるような感じがして好きです。だから、菊池さんも、もし気に入ったら気軽にやってみてください。今回やったように、ノートにでも書き出してみてください」

 「分かりました。矢島さん、ありがとうございました」

 そう言って、電話を切った。

 タツヤは、昨日、矢島と書いた紙を取り出し、こう書きこんだ。

Docu0039_4

 (つづく

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