【第6話】「過去からのつながり」―物語:インストール
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第6話 「過去からのつながり」
タツヤは矢島と別れた後、家路につきながら、矢島との時間をぼんやりと考えていた。
まず、話を聞いてもらえたことがうれしかった。“会社側の人間”と思っている部下には頼れるリーダーを演じることしかできず、自分のことしか考えていない上司には話をする気にもなれなかった。リーダーになってから本音を話せる人がいなかったタツヤにとって、話を聞いてもらえただけで、重い鉛が乗っているように感じていた肩の荷が、だいぶ下ろせた気がしていた。
矢島から聞かれた「何が、そう思わせるのか?」という質問には、明確な答えが出ていない。”仕事は責任感をもってやるべきだ””仕事はとことんやるべきだ”・・・そんなこと、当然じゃないか。そこは、まだ、なんとなくモヤモヤしている。
家に帰ると、サトコが夕食を作って待っていてくれた。
「どうだった?」
「うん、まだ特別どうってことはないけど、話してみたら意外とスッキリしたよ。考えていることを言葉にするって、大事なことなんだね」
「そう、良かった」
タツヤは、仕事を家庭には持ち込まない主義だった。サトコは、会社であったことを話してほしいみたいだったが、仕事の悩みをサトコに話すことはなかった。
(“仕事を家庭に持ち込んじゃいけない”・・・何が、そう思わせるんだろう?弱いところを見せたくない?それとも・・・必要のないこだわり?)
明確な答えは見つからない。これからは、会社の悩みや困っていることを、話してみようかと、タツヤは思い始めていた。
サトコの寝息が聞こえるのを待って、居間にやってきた。
テーブルに着くと、矢島とカフェで書いた紙を広げた。
「何がオレに、”仕事は責任感をもってやるべきだ””仕事はとことんやるべきだ”って思わせるんだろう?」
明確な答えは分からない。そこで、思いつくまま書き出すことにした。
- 新入社員の時に、仕事でミスをして部長に叱られたこと
- 部下の武藤が不完全なプレゼン資料を顧客に配布してしまったこと
- 社内のメールを間違って取引先に送ってしまったこと
- 「これからは人より秀でたスキルが必要だ。人より勉強すべきだ」ってビジネス誌に書いてあったこと
- ……
仕事のミスは無い方がいいと思うし、責任感をもってやるべきだと思う。また、仕事をとことんやることは悪いことだと思わない。社会人に入ってからのことを考えても、「仕事とはそういうものだ」という答え以外は浮かんでこなかった。
「う~ん」
ふと、矢島が言っていた「社会人になってからだけではなく、小さいころのことも思い出せたら振り返ってみて欲しい」という言葉を思い出した。
(子どもの頃のことを思い出すことに、何の意味がある?)
けれども、何の解決策も持っていなかったタツヤは、矢島の言うことに従ってみることにした。
(仕事は責任感をもってやるべきだ・・・)
(仕事はとことんやるべきだ・・・)
心の中でこの言葉を唱えながら、小さいころのことを思い出すようにまぶたを閉じる。すると、父親の背中がうっすらと見えてきた。
タツヤは海沿いの小さな街で育った。父と母と弟のリュウスケとの4人暮らし。
父親は小さな工務店を営んでいた。始めたばかりの工務店は、経営が厳しいようだった。母はパートで生活費を稼いでいたし、服はいとこのおさがりだった。暮らしは、決して裕福とは言えなかった。
けれども、タツヤは両親を恨んだり、憎んだりはしていなかった。むしろ、自分たちのために働いてくれる両親に感謝していたし、忙しい両親に変わって、家の事は進んでやった。
両親は、土日もなくい懸命に働いた。今では、地域ナンバー1の工務店になっている。
まぶたの裏側にぼんやりと映ったのは、父親が工場(こうば)で作業している姿だった。カメラのピントを合わせるように父親の背中に意識を向ける。タツヤに気がついた父親は、かんなを持つ手を休めて、振り向いた。
「おっ、タツヤ、どうした?」
「お父さんはいつも一生懸命仕事をしているけど、そんなに仕事が好きなの?」
「あぁ、好きさ。お父さんが立てた家にお客さんが住んでくれて、“菊池さん、ありがとう”って言ってくれるのが最高にうれしいからな。いいか、タツヤ。男っていうのはな、仕事は一生懸命やらなきゃだめだ。お前も大きくなったら、きっと仕事が好きになる。だから、お客さんのためにとことんやらなきゃだめなんだぞ。仕事っていうのはな、そういうもんだ。」
タツヤは、父親が一生懸命働く姿を見るのが好きだった。男気に溢れていて、何があってもあきらめない父親の、強く大きい背中が。
(あれ?そういえば・・・)
父親に言われていたことと、今日、矢島と考えた”仕事は責任感をもってやるべきだ””仕事はとことんやるべきだ”は、なんとなく一致する感じがしはじめていた。
(・・・これってお父さんの・・・影響?)
自分が頑張りすぎる理由が、なんとなくわかってきた。
タツヤの中で、過去と現在がつながりはじめた。
(つづく)