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通信業界特殊偵察部隊のモノゴトの見方、見え方、考え方

アーサー・C・クラークさんの死を悼んで

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「2001年宇宙の旅(原題 2001: A Space Odyssey)」が最初にアメリカで公開されたのは1968年。当時私は小学校低学年でしたが、一種社会現象のように話題になっていた記憶があります。実際に映画として見たのは確か高校生の頃、小説版もそのころに読み、色んな思いを掻き立てられた記憶があります。

あ、そもそも私はSF一般にそれほど強いわけではありませんので、記憶違いによる何らかの誤認があってもご容赦いただければ・・・と思います。


漫画で触れた未来

私が小学生時代をすごしたのは1960年代末から1970年代半ば。鉄腕アトムをはじめとした漫画を通じて未来の世界に思いを馳せていました。特に1970年の大阪万博の時は兵庫県西宮市に住んでいたこともあり、なんどか会場にも足を運びました。月の石やアポロ計画の時の月着陸船、人間洗濯機やロボットの数々。21世紀は当たり前になるんだろうかと夢を膨らましてました。空想科学の世界。いや、今思い出しても楽しい年頃でした。


2001年宇宙の旅との遭遇

公開されたときは小学校低学年ですから、話題になっているのは記憶がありますが、なんだか難しそうだし、それより当然のようにゴジラやガメラの映画、ウルトラマン・シリーズ等の方がよほど興味がありました。でも、「モノリス」の話や「HAL9000」というコンピューターの話には何となく触れていました。

「そうか。コンピューターは人工知能なんだー」

コンピューターなんて、ウルトラマンの科学特捜隊基地でランプがピカピカ光る壁から紙テープを吐き出して、隊員が「奥多摩に怪獣が出ました」と告げるものだと思ってたなかで、コンピューターが喋るってすっごーいと思ってました。
でも、そもそもコンピューターってなんだかさっぱり解ってませんでしたが(笑)


2001年宇宙の旅との再会

確か高校の頃だったと思います。調べてみると、1978年。切っ掛けは・・・?当時FM東京をキー局に放送されていた「音の本棚」という番組でした。ナレーターは小池朝雄さん。刑事コロンボの吹き替えをやっていた方です。この番組、一言で言うとラジオでの放送劇なのですが、色々な小説などを取り上げていました。2001年宇宙の旅は全5話。本放送の時に全編聞いて、その後リスナーの投票による「音の本棚大賞(みたいなの)」で堂々の1位となり、再放送。このときは全編エアチェック(死語ですね。笑)しました。その時のカセットテープは、まだ手元にあります。

ここで聞き、そして本屋さんで当時ハヤカワから出ていた文庫本を探して読みました。

「ふむー」

その後映画版をたしかテレビの放送で見たのが、再会でした。

「なんじゃ?これは?」

問答無用でかっこいい。すごい。でも最後の方は良くわからない。でも凄く記憶に残る。冒頭サルが骨を振り上げるところから、最後の方の光の洪水まで。なんじゃ?これ?


別にだから何だというわけではないのですが

結果的に宇宙飛行士にも科学者にもならなかった私ですが、未来はこうなるんだーという思いと、それとは別に高校生の当時放送部で放送劇とかも作っていた私としてはなんだか日常とは違う世界の作り方がこんな風にあるんだと思ったことを覚えています。その延長が現在のプレゼンテーションを作ったりシアターなどの映像コンテンツを作るという仕事の下敷きの一つになっているのかもしれません。

氏がイギリスからスリランカに移住したのは1950年代。その後もずっと著述活動を続けてきていましたが、現地の日付で19日早朝、亡くなったそうです。享年90歳。個人的な色々な思いを胸に、遠い日本からも冥福を祈りたいと思います。

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