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株式会社インフラコモンズ代表取締役の今泉大輔が、現在進行形で取り組んでいるコンシューマ向けITサービス、バイオマス燃料取引の他、これまで関わってきたデータ経営、海外起業、イノベーション、再エネなどの話題について書いて行きます。

必ずしも「パッケージ型インフラ輸出」でなくともよい?

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3月4日に、三菱重工がマカオで新交通システムの車両を総額480億円で受注したと報じられました。非常に喜ばしいニュースだと思います。

インフラ投資ジャーナルの基本的なスタンスは、人口減少により経済が縮小する可能性のある日本においては、企業は需要を海外に求めるべきであり、その意味でインフラ分野は非常に有望であるというものです。日本企業はどしどし海外のインフラ分野に進出していくべきです。また、その障害があるのであれば、何らかの方策が講じられるべきです。

昨年から政府および関連業界のテーマになっている「パッケージ型インフラ輸出」。ここで言うパッケージ型インフラ輸出とは、外国政府などが公開入札にかけるPPPの形で行われる長期のインフラ事業をオペレーターとして受託し、製品納入だけでなく、オペレーションから上がる収益を長期にわたって取り込んで行こうというものです。大手商社や一部のプラント会社がすでに発電や水の分野で手がけていますが、多くの日本企業にとっては経験がありません。

■海外でのインフラオペレーション事業は難物

このパッケージ型インフラ輸出、言い換えれば、海外におけるインフラのオペレーション事業は、調べて行けば行くほど、なかなかの難物だということがわかってきました。

どこが難物か、思いつくままにポイントを上げてみます。

a. 案件が公開の市場で取引されているわけではないので、案件情報を得るために、個々の国の政府関係者とコネクションを作る必要がある。
b. 韓国や中国が拡大を図っている分野では、政府のバックアップがある強力なセールスと戦う必要があり、かつ、価格攻勢がすさまじい。
c. インフラのオペレーション事業の長期にわたる収益シミュレーションが簡単ではない。大口のオフテイカーに卸売するタイプのインフラ事業(例、発展途上国における独立系発電事業)ではなく、消費者などが顧客になるインフラ事業の場合は需要予測が難しい(例、高速鉄道事業)。
d. アジアの国々などでは政府がPPPスキームによるインフラ整備を活発化しようとしているが、自前の予算を使わずに民間の”ふんどし”を借りて整備すればよいと考えているフシがなきにしもあらず。各国政府関係者にファイナンス面の軽微なモラルハザードが起こっている可能性がないではない。
e. PPPを推進した国において政権交代などがあり、為政者の考え方が変わった場合に、民間企業が受託したインフラ事業の事業環境が変化する可能性がある。ポリティカルリスク保険でカバーされる領域だとは言え、依然として民間企業には大きなリスクである。
f. 特別目的会社による海外のインフラ運営事業は、経験のない企業にとっては、やはり手を出しにくい性格を持つ。国際展開を図る製造業であっても、国外においては販売が主でサービス事業の経験が浅い企業にとっては、いきなり20年といった長期にわたるインフラ運営事業を営むのは非現実的である。

政府が用意したパッケージ型インフラ輸出政策では、もちろん、上の各ポイントに対応した施策があるわけで、政府による手当という意味ではよくできていると思います。しかし、出て行く側の多くの民間企業にとっては、なかなかこえがたいハードルがあるのも確かだと思います。

これを突き詰めていくと、PPP一般にある「リスクの民間側へのトランスファー」という考え方に行き当たると思います。「リスクのトランスファー」とは海外のPPP関連の政府側資料を読むと頻繁に出てくる表現です。

外国政府としては、予算に限りがあることから、民間の資金でインフラを整備してもらいたい。これは首肯できる発想です。政府による需要創出だと言うことができるでしょう。

これが初期投資の民間による肩代わりということで済めば、話は簡単です。外国政府にない資金を日米欧の民間がファイナンスする。その代わりに応分のマージンを得る。それだけならばいいのです。

問題は、そのインフラ事業が生むキャッシュフロー、それがファイナンスの返済原資あるいは配当原資になるわけですが、そのキャッシュフローが返済あるいは配当ができなくなるほどに減少してしまうリスクが、政府から民間に移転されてしまうというところにあります。このリスクのトランスファーに外国政府側の安易な姿勢はないか?

もちろん、外国政府側から示されたこのリスクを取るところに、民間側のオポチュニティが存在するわけですが、ここではリスクの方を続けて見てみます。

■フロリダ州のリック知事は「民間へのリスク移転がないスキーム」を拒否

高速鉄道の例で見てみましょう。先日、フロリダ州の知事が高速鉄道の計画に「ノー」を出しました。今年1月に選挙で勝ったばかりの共和党のリック・スコット知事です。

スコット知事のフロリダ高速鉄道計画撤回、覆る可能性も?

これを書いている3月5日現在、リック・スコット知事の計画中止決定は裁判所からも支持されたそうで、フロリダ州の計画はほぼなくなりそうです。

彼が高速鉄道計画を拒否したのは、仮に、乗客数が需要予測を下回り、事業を運営する特別目的会社において赤字となった場合に、州政府がその赤字を補填する条件になっていたからだと伝えられています。これは、上のリスクのトランスファーで言えば、乗客数下ぶれリスクに関して州政府は民間にトランスファーせずに、しっかりと州政府でもってリスクを取るスキームになっていたということです。

インフラ事業を発案する政府は、すべてこのようであって欲しいと思います。需要が事業を成立させないほどに下回った場合は、政府がリスクを取るべきです。その国の国民に益するインフラなわけですから。
フロリダ州は、そのようなスキームで計画を形作ったわけで、その意味では良心的でした。しかし、リスクを取る側になった新しい州知事は、その計画にノーをつきつけたわけです。

結果として、新幹線のフルシステムを初めて海外に売る機会を、JR東海などによる日本チームは逃すことになりましたが、仮に乗客数下ぶれリスクが日本側にトランスファーされていた場合にはどうなったか。
フロリダ州のために作った高速鉄道というインフラ。そのインフラを住民があまり利用してくれず、運営会社は恒常的に赤字になり、ファイナンスしてくれた金融機関やファンドに対して返済、配当ができない。せっかくフロリダ州の代わりにインフラ事業を引き受けたのに、フロリダ州は手当をしてくれない。こういう状況になったとしたらどうなるのか。(NEXIによる貿易保険はプロジェクトの様々なリスクをカバーしますが、需要が下ぶれした際のリスクについてはカバーしないはずです。)

外国政府による民間に対するリスクのトランスファーとは、言葉だけ見ればきれいな言葉ですが、その実、非常にシリアスな側面を持っています。20年といった年限を持つインフラ事業において、需要が予期したようには盛り上がらないということは、その間の赤字を民間がすべて負わなければいけないということを意味します。

外国政府によるすべてのインフラ事業が、そのような民間へのリスクのトランスファーを含むものではありませんが、仮にそのようなスキームになっている場合は、そこに外国政府の安易な姿勢がないか、疑ってみるべきだと言えます。これは、企業の世界でよく言われるコーポレートガバナンスと同じです。言うなれば、「ガバメンタルガバナンス」ということになるでしょうか。第三者による監視がない環境では、財政面の規律のゆるみがそこに存する可能性があります。

中国で最近問題になっている高速鉄道の巨額負債は、民間企業がリスクを負う構造こそないものの、政府系インフラ事業の財政面のガバナンスが機能していなかった典型例だと思います。

■代案は何か

そのような外国政府においてありうる民活型インフラ事業のガバナンス不全を考えると、必ずしも「パッケージ型インフラ輸出」でなくともいいのではないかと思えてきます。冒頭の三菱重工によるマニラ新交通の案件のように、設備納入だけでもいいのではないか。それでも世界のインフラ市場の広がりを考えるならば、膨大な収益機会が存します。また、製造業が国の柱である日本にとっては、活躍の場には事欠きません。

あるいは、次のように考えることもできます。「パッケージ型インフラ輸出」が想定しているのは、いわゆるグリーンフィールド、ゼロからインフラ施設を作って、その運営を長期にわたって行う事業です。需要が予測をはずれてしまう可能性のあるグリーンフィールドに着目するのではなく、すでに立ち上がって事業の体裁を成しているブラウンフィールドに着目する。ブラウンフィールド案件ではすでに顧客がついており、安定的にキャッシュフローが生じていることが外からもすぐにわかります。需要下ぶれリスクをこなした案件だと言うことができます。そうしたブラウンフィールドにおいて、日本企業にとってどのような事業機会があるのかを検分し、それを1つひとつ確実に取っていく。そんな考え方もできると思います。(もっともブラウンフィールドではインフラ施設ができあがっていしまっているので、設備や機器の納入といった事業機会はありません。製造業的な枠組みの事業機会としては、保守、維持管理に留まります。)

いずれにしても、海外におけるインフラ事業は多くの日本企業にとって未経験の分野であり、少しずつ経験領域を増やして行く段階的な取り組みが不可欠だと思います。そこで多くの日本企業が取るべきは、事業の可能性を学習するリスクだと言うことができるでしょう。

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