散歩書籍メモ:「散歩のとき何か食べたくなって」池波正太郎著
「御馳走帖」を出すと、池波正太郎に触れないわけにはいきません。
「食卓の情景」…。何年前に読んだか思い出せませんが、1編々々を宝物のように読んでいた記憶があります。
彼の食べ物のエッセイがなんとなくありがたく感じられるのは、そこに、彼の職業人としての修練から得られたある種の「道」が読み取れるからではないかと思います。男は修練セヨ、男は修練して稼げヨ、男は修練して稼いでうまいものを食べヨ、みたいなメッセージが行間にあります。
女性が読むとどう思うのかいまいち想像できませんが、男が読むと、大いに発奮させられるわけです。
「散歩のとき何か食べたくなって」の個々のお店に関する記述もやはりそうであって、冒頭の銀座・資生堂パーラーについての1編などにも、彼が株式仲買人として社会人の経験を積み始めた当時の「男は修練セヨ…、男は修練して稼いでうまいものを食べヨ」的な意気込みが横溢しています。
これはやはり「うまいものを食べる」ということが特殊な恩恵だった時代に育ち、戦時の食糧難を経ているということもあるのでしょう。ただ、それだけかと言えばそうではなく、男一般には、洋の東西を問わず、職で身を成して特別なものを食うことにある種のダンディズムを認める気風がありますから、そうした普遍的な価値観の表れでもあるわけですが。まぁ男が読むと、「いずれはこの店にも行ってやろうではないか」的なテンションになります。
ということで、「散歩のとき何か食べたくなって」で取り上げられている店は、高校の修学旅行の時に試した京都の「イノダ」、受験の時お世話になった目黒の大叔母に連れて行ってもらった「とんき」を例外とすれば、ほとんど行ったことがなく、今何年かぶりに「散歩のとき何か食べたくなって」を繰ってみて思うのは、「おぉ、ここもここもここも、はてブの『こんど行く店』タグを付けて、いずれ行ってやろうではないか」という発奮ですね。
銀座が生活圏に入っていないし、浅草も最近でこそ某案件で立ち寄る機会が少しありましたが、案件が終わってしまえば縁遠い場所となっております。日本橋なんかもそう。神田の「まつや」なんかには行っててもよさそうなものですが。
天ぷら屋もあまり機会に恵まれませんね。仕事先のグルメな方に連れられてミッドタウンの「天ぷら山の上」の特別なランチメニューを食べて「おぉ」とか思っている程度。なので、「はやし」もいつかきっとというノリです。
当日。映画の試写の帰りに〔はやし〕へ出かけた。 中略
あるじがあらわれ、仕度にかかるうち、先ず、清酒をたのむ。そこへ、いきなり生の車海老が一尾出て来る。これは、まぎれもない今日の材料のうちの〔頭領〕の鮮度を、客の舌にたしかめさせようという自信から出たものだろう。
そのほか、季節によって、胡瓜と椎茸の和え物とか、烏賊の雲丹和えとか、蟹味噌なぞが少量ずつ出る。いずれも手造りのもので、うまい。
そのうちに油加減がよくなり、あるじが揚げはじめ、こちらは、揚げるそばから口へ入れてゆく。
この間に、酒は合わせて二本がよいところだろう。私には、それ以上の酒は天ぷらと飯の味を損なうことになる。
飯と共に、豆腐を煎りぬいたふりかけが出される。
このふりかけで、飯を四杯も食べた男がいるそうな。
天ぷらを、飯を、
「うまい、うまい」と、食べれば食べるほどに、あるじの顔が笑みくずれてゆく。 中略
約一時間で、私は外へ出ることになる。
「天ぷら屋には、長ながと腰を落ちつけるものじゃあねえ」
と、私の亡き祖父は、よくいっていたものだ。
池波正太郎のエッセイを読むと、仕事の時間配分が非常にユニークなのに気がつきます。作家専業になってからは、昼近くに起きて、映画の試写会がある日は午後3時ぐらいから銀座に出て、試写が終わって5時ぐらいから銀座、日本橋あたりで軽くお酒を飲みながら晩御飯を食べ、帰宅して、それから2~3時間寝るんですね。そして夜9時10時に起きて、そこから書き始める。この、アルコールが入った後で、少し寝るぐらいで書き仕事ができるというのが、個人的にはすごいと思っております。で、深夜2時ぐらいに夜食を取ることがある。この時もビール小瓶1本を飲んだりしています。それからまた書くわけですね。
筆が乗ってくると朝4時5時ぐらいまで書いて、それから寝る。こういう時間の取り方をしています。
まぁ深夜型の典型なのかも知れませんが、それにしても、書く前にしっかりと食べて、そこそこ飲んで…というのがものすごいことに思えます。逆に、食べて飲んでも書くというパターンを確立しなければ、彼が心置きなく食べたり飲んだりできるのは早朝4時5時からということになり、その頃には開けている店もないので、自宅で豪勢にやるだけという、いささか華のないパターンになってしまいます。
彼はこうした仕事の時間配分を、役所勤めをしながら、深夜の時間を使って書き物の修業をしていた頃に身につけたと書いています。
「池波正太郎の銀座日記」もおもしろいですよね。だんだんと歴史的な資料という感じになってきています。