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株式会社インフラコモンズ代表取締役の今泉大輔が、現在進行形で取り組んでいるコンシューマ向けITサービス、バイオマス燃料取引の他、これまで関わってきたデータ経営、海外起業、イノベーション、再エネなどの話題について書いて行きます。

中毒期を経ないとリテラシーは身につかないものなのか?

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たぶん今東光だったと記憶していますが、「やるなら何の道でもがんがんやれ。死ぬほどやれ。そうすれば道が見えてくるから」みたいなことを言っていたのを、洟垂れだった時分に何かで読んで、「うへへそうなのか。そうかもな」と思っていたことがあります。今東光は、Wikipediaの解説には書いていないけれども、一時期、私の生まれた土地である弘前市に住んでいたことがあって、とりあえず郷土出身の文学者ということで尊敬を受けています。たしか小学校も一緒だったと思う。

カードビジネスの専門誌を編集していた時代に、その業界では大御所ということになっているさる方の講演を聴きに行ったところ、「カードの商売をやるならがんがんカードを使わなければダメだ。私のように…」と、非常に微に入り細にわたってそのカード遣いのすごい部分を吹聴されるのに出くわして、「うへへそうなのか。そうかもな」と思ったことがあります。わりかし影響を受けていた時期がありました。今から考えればこれも洟垂れの時分です。

ともあれそのように影響を受けやすい洟垂れ期を経て、現在に至っているわけですが。

表題に戻ると、ネットのリテラシーというものは学校生活の中では教えてもらえないし、何が自分に合ってて何が合わないのかとか、やっていいことは何で、絶対にやってはダメなことは何なのかとかは、経験でもって理解していくしかありません。
特に最近、梅田望夫氏がおっしゃっているような、ウェブで自分の考えを披瀝して、それによって影響を人に与えたり、人から影響を受けたりしながら、アイデンティティを固めていったり、現代を生き抜くための知的な土地勘を得ようとする立場をとるならば、体で覚える時期がなければ、何も始まりません。

それも、弊ブログに来てくださる方ならどなたもご存知だと思いますが、生半可ななお勉強的なネットへの接し方では体感的な理解にはほど遠く、それこそ血みどろになりながら、バトルロワイヤルくんずほぐれつのなかで何がしかを会得していくというのが筋なわけです。
1日にネットを4時間も6時間もやれとは言わないけれども、それに近い没入ないしは耽溺がないと、ネット固有の身体感覚が身につきません。

かくいう弊ブログの筆者も、95年ぐらいから97年ぐらいにかけて、個人ウェブがまだ新鮮だった当時のことですが、1日に4-5時間かけて自分のページを更新していました。独立したばかりの時期だったので、かつ仕事のネタにもなるということで、それこそがんがんやっておりました。
現在、不肖わたくしは、この空間である程度鼻が利くほうだと自認していますが、その嗅覚がそなわったのも、そういう時期があったからだと思っています。ほとんど中毒のようにネットにはまっていました。(「アンビエント・ファインダビリティ」に「情報の匂い」に関する言及があったのを見つけて、おぉとうなってしまいました)

そのような中毒のようなはまり方を推奨する気は毛頭ありません。現実問題、そのように1日数時間もネットをやっているということが続けば、職業人としては廃人に近いような状況になってしまうわけですし、どこかでその状況を”卒業”しないことには未来が開けません。

とは言うものの、Web2.0状況も日常的なものになりつつある今日、ネットで何かを得たり、何かを書いたり、考えたり、仕事をしたりという、ネットを所与とした知的姿勢は同時代性を生き抜こうとするなら不可欠であり、それには相応のリテラシーが必要であることは確かです。そのリテラシーはある程度の期間、相当程度の没入がないと得られないような気もします。

中毒にはなるな。けれどハマる時期はハマれ。廃人にはなるな。しかるべき時期に卒業しろ。そして自分なりの稼ぐ道を見つけろ。そんなとこなんでしょうかね。

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