オルタナティブ・ブログ > インフラコモンズ今泉の多方面ブログ >

株式会社インフラコモンズ代表取締役の今泉大輔が、現在進行形で取り組んでいるコンシューマ向けITサービス、バイオマス燃料取引の他、これまで関わってきたデータ経営、海外起業、イノベーション、再エネなどの話題について書いて行きます。

「マッキンゼーITの本質」を読みつつ(IT投資問題-その5)

»

間が空いてしまいましたので、簡単におさらいをさせていただくと、日本のIT投資をめぐる状況において、①専任のCIOが少ない、②GDP費のIT投資比率が他国より低水準、③予算のうち新規ITプロジェクトに振り向けられる割合は15%程度、大半は既存システムの保守・運用に向かう、④日本企業のユーザー部門はソフトウェアへの要求がかなり過大ではないかと思われるフシがある、ということをこれまでに述べました。

さて、今回は「マッキンゼー ITの本質」(横浜信一ほか著、ダイヤモンド社)をネタにします。この本はブログ「わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる」経由で知りました。

版元のダイヤモンド社では、マッキンゼーの季刊誌「McKinsey Quarterly」で発表された文章のうち、日本の読者の興味に合いそうなものをテーマごとに抜粋、翻訳して刊行しています。本書はそのIT戦略編。
巻頭に横浜信一氏による書き下ろし文、巻末にファーストリテイリング堂前宣夫副社長(当時。現同社取締役兼UNIQLO USA, Inc. CEO)へのオリジナルインタビューが収録されており、日本の読者を配慮した構成になっています。

横浜氏の「IT投資の質の向上のために」は、おそらく、日本のIT投資関係の方々は全員必読なのではないかと思われます。再三再四読み返すのに足る内容です。以下のようなポイントを突いた指摘があります。

-Quote-
では、個々の企業では、ITに関してどのような課題意識を持っているのだろうか?我々が経営者の方々から耳にする悩みはさまざまで、なかにはボヤキに近いものもあるが、多くの企業に共通しているのは以下のようなものである。
 中略
●本社主導で業務用システムを作ったが、現場のニーズに応えられていないため使われない。現場は現場で自ら工夫したミニシステムを作ってしまっている。
 中略
●社内における戦略立案の過程に情報システム部門が参画していない。多大なバックログを抱えたなかでは、社内の要求をさばく、あるいは断るのに手一杯であり、提案したくてもできない。
●事業部門がそれぞれ独自の投資を行ったため、社内システム全体が複雑化してしまっている。そもそもどこにどれだけのIT資産があるのか、投資と支出をいくら行っているのかすら把握できなくなっている。
-Unquote-

指摘ポイントを全部挙げたいところなのですが、過剰引用にならないようにして、7つのうち3つで留めておきます。
情報システム部門の立場で読むと、非常に耳が痛いご指摘なのではないかと推察します。たぶん普通にシステム開発に向き合っていると、大体はこんな感じになるのだろうな、無理からぬ話だろうなと思います。

横浜氏の指摘から、彼が接触している多くの企業には、①本社、その下にあるIT部門、現場の三者間における「意図の乖離」がある、②戦略立案の過程に問題がある。情報システム部門的視点による関与がしにくい、③情報システム部門は常日頃から膨大なボリュームの業務を抱えている、④全社的な規律が不在であるため、会社全体としてはITが迷走しているような状況にある、と課題があることがわかります。おそらくは大多数の日本の企業が経験している悩みなのではないかと思われます。

こうした課題が生まれる理由として、横浜氏は次の5つを挙げます。1つひとつに自分なりのコメントを加えてみます。

-Quote-
1. ITの企画・推進に関するアカウンタビリティが明確でない
 中略
 日本企業では、CIOの役割のみならず、ユーザー部門と情報システム部門の役割分担や権限・責任も明確でないことが多いが、これではITシステムに関する社内の意思決定は正しく行われない。
 中略
 その結果、ユーザー部門またはIT部門が起案した案件がなんとなく決裁され、IT部門が一応ベンダーを管理し、出来上がったシステムをユーザー部門が不満を持ちながら使う、こうしたサイクルが多く繰り返されている。
-Unquote-

この点は、すでに見た、日本では専任のCIOが少ないという現象にも関係します。端的には、従来型の情報システム部門の上長に求められていた役割と、現在言うところのCIOに求められている役割は大きく異なっており、後者を「オレに任せろ」という人材がまだ育っていないのではないかと思います。僭越ですが。また、ユーザー部門とIT部門との乖離については、これに組織の上位階層からガバナンスをかける仕組みが不可欠なのだと思いますが、それについても”オーナー”がいないのが普通だと思います。

-Quote-
2. 目標がQ(Quality:品質)、C(Cost:コスト)、D(Delivery:スピード)の面から定められていない。
 中略
 従って業務のIT化を進めようにも、一体何を達成したいのか、そのためには業務管理指標の何をどのレベルまで高めたいのかが明確にならない。この結果、システム開発に対してもいったいいくらのコストで、いつまでに、どれくらいの機能のものを構築すべきか、方針が明確にならない。さらに、IT化がはたして効果を生んでいるのか否かもわからない、という事態を招いてしまう。
 IT投資を企画する部門は、投資の効果に関してあれこれと欲張りがちである。しかし、システム規模が何倍かになると、プロジェクト管理の複雑度はその指数倍になる。その結果、欲張った案件は多くの場合、工数オーバーとなったり当初想定されていた機能を満たせなかったりで、ユーザーに活用されなくなる可能性が高い。
-Unquote-

一般的に、従来の情報システム部門が求められてきたのは、ユーザー部門の要求をきちんと満たしたバグのないシステムを期限までに間に合わせて開発するということだったと思います。それがきちんと達成できると(事実それには多大な労力と課題解決の手間隙が必要なので)、自分たちも周囲も称揚してくれ、それでめでたく収まった。
ここに、最近米国から入ってきたIT投資のROIという視点はありません。それもそのはずで、IT投資のリターンを高めなければならないという発想は最近に輸入されてきたものであり、完璧に後付けのものです。過去20~30年に渡って行ってきた慣行に合わないのは当然かも知れません。
そういう現実の確認から始めた方が、たぶんは近道だと思っています。

-Quote-
3. 外来語を意味が曖昧なまま受け入れる。
 中略
 問題は、コンセプトの理解が曖昧なために、社内やベンダーとの議論が、表層的なふわっとしたものに留まり、本当に突き詰めるべきところまで考えずに、意思決定を済ませてしまうことである。その結果、「そんなつもりじゃなかった」と同床異夢状態に陥りやすい。もっと踏み込んで言うと、うまくいかなかった時に、言い逃れを許しやすい。
-Unquote-

外来語に弱いのはわれわれ日本人の明治以来の性向であることは確かで、いかんともしがたいところです。明治どころか遣唐使遣隋使の昔にまで遡る国民的反応パターンでしょう。
要は、通常一般のわれわれはSOAなどの外来概念に巻かれてしまう傾向を持っている。それが理解できると全体がわかった気になる。会議などをやっても、それでわかった気になってなんとなく結論が出てしまう。「そうだそうだそれでいいのだ」という雰囲気になる。
これは、以前に弊ブログで記した山本七平が指摘したところの「空気」による合意形成そのままではないかと思われるパターンです。
自分としては、このへんに、日本企業一般でIT投資のリターンが出にくいことの本当の原因があるように思っています。
詳しくは後日論じさせていただくこととして、先に進めます。

-Quote-
4. ベンダーとの協働が必須にもかかわらず、うまく活用できない。
 中略
 最近では情報システム部門ではなくユーザーとなる事業部門が直接ベンダーと接点を持つケースも増えているが、目標不明確、曖昧な意思決定という状況では、本質的には何ら変わるところがない。これではベンダー側がプロジェクト途中での要件変更を想定して、コストを高めに見積もることにもなりかねない。 
 IT投資の効果を大きく左右するのは実装技術でもSE単価でもなく、そもそも投資を通じて達成を目指す目的・目標の設定が正しくできているかどうかである。
-Unquote-

「IT投資の効果を大きく左右するのは実装技術でもSE単価でもなく、そもそも投資を通じて達成を目指す目的・目標の設定が正しくできているかどうかである。」という指摘は、この文章におけるキモ中のキモです。
分解すると、そもそも「IT投資」からして、おそらく多くの日本企業では「投資」という位置づけで情報システムを構築していないのではないでしょうか。投資は、おそらくはアングロサクソン的な概念で、その源流は旧約聖書および新約聖書にまで遡ります。手元のお金のうち、余裕があるものを何かに投じて、後日リターンを得るというのは、儒教的な価値観でこの数百年生きてきたわれわれには、まだいまひとつしっくりこない行動パターンであるのかもしれません。
従って、「ITに投資をして、そのリターンを得ねばならない」と言われても、実のところは最初はピンとこない。それが普通なのではないかと思うのです。自分としても、シスコシステムズのITガバナンスに関連した種々のインプットを行うなかで、「ほぅそういうことか」とだんだん腑に落ちてきました。

「投資」の概念がいまだハラに収まっていないうちは、「目的・目標の設定」ということも、おそらくはシャープなものになりえません。そのへんについては、上で記した「空気」の話とかさねあわせて、後日論じていきたいと思っています。

従って、横浜氏の指摘は正鵠をうがっているのですが、その原因は氏が想定されているよりもはるか遠くにある、ということだと思います。

-Quote-
5. システムの完成自体が目的化し、成果や構築プロセスが見落とされがち
 中略
 システム開発にまい進しているうちに予定通りにカットオーバーすること自体が目的になってしまい、完成したら万々歳、そのシステムが役になっているかどうかの確認・検証が忘れられてしまう。さらに、カットオーバーに至る過程でどんなに非効率や手戻りがあっても、のどもと過ぎればなんとやらで、忘れ去られてしまいがちである。実は、こうした途中の非効率にこそコスト高の原因があるのであり、また、使われない・効果の出ないシステムをつくってしまう原因がある。
-Unquote-

「カットオーバーに至る過程でどんなに非効率や手戻りがあっても、のどもと過ぎればなんとやらで、忘れ去られてしまいがちである。」このことも、はなはだ日本人的特性なのではないかと思います。細かく言わなくとも、よくわかっていただけると思います。

横浜氏は、この5つの理由を挙げた後で、6つの処方箋を挙げていらっしゃいますが、それについては次回に見ます。
ただ、自分がここで書きついでいきたいのは、日本企業のIT投資のリターンが低いのは、非常に文化的な特質が背景にあり、情報システム部門だけで到底対処できるものではなさそうだ、ということです。また、非常に優れたCIOの方がひとり出現して、それでもってこの課題全部を引き受けて、関係者全員を引っ張っていけるものでもなさそうです。
「空気」による合意形成というものを、しっかりと客体化した上で、これにレバレッジを効かせるといったある種裏技を駆使していかないと、厳しいのではないかと思います。そんなこんなで、まだまだ続くのですが、よろしくお願いします。

Comment(0)