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「思考実験」の続き:なぜ「強姦」は禁止で「殺人」は禁止でないのか?

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 エントリ「思考実験:2010年「殺傷ゲーム禁止法」制定」には数多くのコメント、トラックバックをいただき大変ありがとうございます。案への意見については、ひと段落したようですので、そろそろ整理してみます。

■少年による殺人事件の統計

 コメントで頂いた最も多くの意見が、これまでの少年の殺人統計を示し、この法案が無意味なものであるという主旨のものでした。最初にnra44376さんの示していただいた資料は2004年まででしたので、2005年の数字まで含めてグラフ化するとこうなります。

Satsujinsuii_2

 統計では長期的に見ると少年少女の殺人事件は減少しています。スーパーファミコンの出荷が1990年、プレイステーションが1994年ですが、この統計からは、テレビゲームの普及時期にそれ以前の10年に比べて少年の殺人が増えている事実はありません。しかしながら、mohnoさんの提示の資料の通り、相関関係と因果関係は別物ですので、これで因果関係がないと言いきれないと思います。また逆に、1990年台から殺人の数が仮に増加していたとしても因果関係があるとは言いきれません。

 法案提出の観点からは、「少年による殺人が増えている」という前提や問題意識は間違いであり、少年殺人の増加という観点に基づく法案提出はできないと結論づけてよいでしょう。

(提示資料)
少年による殺人統計(nra44376さん提示)
キレやすいのは誰だ(とおりすがりさん提示)
論理がわかってない人々について(mohnoさん提示)

 ちなみに、「少年による殺人自体が増加しているという誤解」については、上記の資料は、明快にその誤解を解きます。ここに掲示することで、より多くの方の誤解が解かれればと思います。また、その誤解について「マスコミ原因説」が複数の人から提示されましたが、特にぬっぽげさん提示の資料の中の「朝日新聞データベース」をまとめた、「凶悪」+「殺人」の出現回数の急増を示すグラフはもっとも具体的です(ただし、殺人のデータは「犯罪白書」とは異なるソースのようです。)

(提示資料)
少年犯罪『報道』急増化データ(ぬっぽげさん提示)

 ところで、今回の「殺人」に絞ったテーマから外れてしまいますが、犯罪全般に論点を広げた意見も見られましたのでその点について上記の資料でも出典となっている「犯罪白書」を見てみます。「犯罪白書」の最新版(平成17年版)のサブタイトルと特集は「少年非行」となっており少年犯罪に警鐘を鳴らしています。そして、少年犯罪について一つの章(第4章)をあてていますが、第4章の冒頭にあるのが、以下のグラフです。この数値を根拠として、犯罪白書では「同検挙人員の人口比(10歳以上20歳未満の少年人口10万人当たりの検挙人員の比率をいう。)は,8年以降上昇傾向にあり,16年は,1,505.9(前年比47.0ポイント低下)と,少年非行のピークである昭和50年代後半ころに次いで高い水準にある。」として、少年の刑法犯罪の増加と成人の1.5倍ある人口比率を懸念しています。

Hansaisuii_1

 この情報が、法務省見解のベースになっているものですが、提示していただいた資料のページでは、同じ「犯罪白書」にある、このデータは引用されていないため、法務省見解との相違が生じているのかもしれません。

■ゲームでの殺人行為とリアルでの殺人行為の因果関係

 上記で全体数の多少だけでは、様々な原因が存在しうるため因果関係を導き出すことは難しいですが、「ゲームでの殺人行為とリアルの殺人に因果関係」を直接的かつ具体的に説明できれば法案提出の根拠になりうるでしょう。しかし、因果関係に関しては、UNIONさんの「実際ゲームを見て殺人をやったと供述する少年も過去にいたように思います」という記憶情報をいただきましたが、一方で因果関係は無いという主旨の意見を多くいただきました。この点については、具体的な統計や実験情報の提示はなく、今回の議論の範囲で整理すると、「殺人シーンと殺人の因果関係はないという意見が多い」というところまででしょう。

 法案提出の観点からは、因果関係を根拠とできるものは現時点では見つからないために法案の根拠とはできません。

 参考までに私の方で見つけたゲームの影響に関するリサーチを列挙しておきますが、いずれも決定的な内容はありません。

Media Violence Research and Youth Violence Data: Why Do They Conflict?
Video Game Violence Research Yields Mixed Results
Video Game Violence by Media Effects Research Laboratory
Does Playing Violent Video Games Cause Aggressive Behavior?

 ちなみに、提出資料として、私の方からは、実際に殺人を行うゲームを見たことがない人も多いと考え、米国で問題化したゲームの一部のビデオを提出しました。また、めめさんからは、「ビデオゲームに関する8つの神話」と題した因果関係に関する意見を含む論説を提出いただきました。

 (提示資料)
殺人ゲームの実例(Grand Theft Auto)(平野提示)
Eight Myths About Video Games Debunked (英文)(めめさん提示)
ビデオゲームに関する8つの神話(上記の和訳)(めめさん提示)

■「表現の自由」とのコンフリクト※注1

 日本国憲法(第21条第1項、第2項)で保障されている「表現の自由」や「検閲の禁止」に反するという主旨の指摘もいただきました。遊鬱さんのトラックバック(および同ブログ内の関連エントリ)では、米国で各州が定めた同様の禁止法が違憲判決されたことについての情報や、日本で各自治体が定めた規制(神奈川県、埼玉県、京都府、千葉県、茨城県、長崎県、福岡県、東京都などで「有害図書指定」)に関する意見をまとめてあります。

 さて、米国での違憲判決は、米国憲法(修正憲法第1条)で保障された表現の自由に反するという点が違憲であるとしています。また、他の方も含め提示していただいた資料によると、国内の「有害図書指定」に対する反論でも、表現(言論)の自由に関する意見が多く見られます。

 法案提出の観点からは、憲法に違反する法律は制定できませんから、この法案は日本の憲法でも保障されている「表現の自由」とのコンフリクトが同じように問題になるでしょう。記事によると、米国連邦最高裁では「暴力的ゲームの販売を禁じる法律を合憲とするには、擬似的暴力と『切迫した違法行為』との間に関連性があることが必要」としたそうですから、この点に「表現の自由」よりも優先して法制化するためには犯罪行為に対する直接的な因果関係を示す必要があるでしょう。このことから、この法案が、「表現の自由」に対抗するには「明確な因果関係」が示されることが条件となり、現時点ではそれはかなり難しいと結論付けられます。

 (提示資料)
ゴーストハント~幽霊の正体見たり枯れ尾花~(遊鬱さん提示)
ゲーム悪影響論に下された審判(遊鬱さん提示)

■大人の責任、社会の責任

 「禁止法の前に、もっと本質的な大人の責任、社会の責任の問題がある」との意見も多くいただきました。まさにおっしゃるとおりです。この点についてはほとんどすべての皆さんの主旨に賛同します。大人(親)が教育をしっかりして、関係が良好で、心身が健康であれば、殺人にいたるきっかけも減少し、そもそもこういった法案は不要ということになると思います。この思考実験は、一般的に「少年犯罪を減らすには」ということではなく、少年の殺人に対して「IT業界としてなんらか役にたてないか」とのテーマですので、すべての指摘を受け入れた上で、この点と法案の関連を想像すると、増税法案などの同じように「その前にやることがあるだろう」という意見にさらされて審議において大いに議論となる部分であると考えられます。

 ちなみに、「少年の殺人は減少している」という統計情報を主軸に据えれば、犯罪に関連して、大人(親)と子供の関係が悪化しているということも相関関係なしとなりますね。上記と同じように言えば、大人(親)と子供の関係が悪化しているという認識もマスコミの影響なのでしょうか?

■そもそも殺人は悪いことなのか

 意見のなかで、「なぜ人を殺してはいけないのか?」という問題提起がありましたが、これは人間の罪そのものの定義の領域に入ってしまいますので、この思考実験では考察しないこととし、刑法に準じて「悪いこと」と定義させていただきます。

■ゲーム=悪?

 今回の法案が「ゲーム=悪」という前提で提案されていると誤認してコメントされた方も多かったようです。特に語調が強い意見ほどそういう傾向がありました。まず、私のスタンスは「ゲームの否定」ではないことを明言しておきます。私自身もゲームの企画・開発に携わってきた人間です。自社のゲーム以外でも、アーケードやRPGに相当はまった時期もあります。ゲームには夢があります。リアルでは体験できない楽しみがあります。私が、皆さんと一緒に考えたかったのは、先の資料で挙げたような「ゲームの中にリアルな人殺し」が「本当に必要か?」ということです。しかしながら、私の表現の拙さで、誤解を与えてしまい、思考実験を超え感情レベルで嫌な思いをされた方にお詫びいたします。

平野への意見

 案に対してではなく、「私」に対しての意見も多くいただきました。私の文章の拙さで、私のゲームに対する考え方、私自身の立ち位置について誤解を与えてしまった方もいらっしゃるようです。また、できるだけ多くの方に参加していただきたいために煽るような書き方になったり、評論家的な書き方が嫌いなことから、私のエントリが街宣的な活動と感じられた方もいらっしゃるようです。これらの方々に、お詫びいたします。また、人としてのサジェスチョンをいただいた方々に、この場を借りて感謝いたします。

 すでに書きましたが、私自身は、ゲームは身内の意識です。ですから自分たちの業界として何かできることがないかと思考をめぐらせて見たいと思いました。米国の規制に関しての友人達との会話の後にCEROの倫理規定を見て「麻薬」「売春」「強姦」などはすでに禁止されているのに、なぜ「殺人」が外されているのかと疑問を持ち他の人と考えてみたくなったのです。

■今回の案に一番近い現実の禁止規定を考える

 というわけで、長くなってしまいましたが、もう新しい切り口の意見は出ていないようですし、皆さんの認識も深まったと思いますので、最後に論点を絞って考えてみたいと思います。

 さて、実は、提案した法案に近い規制が既に存在します。それは、コメントでも示したCERO(Computer Entertainment Rating Organization)の自主規制です。それも、レーティングの部分ではなく、CERO倫理規定の第7条「禁止表現」です。この「禁止表現」に触れるとレーティングをもらえず、そのゲームは出荷できないことになっています。

 つまり、既に実在するこの自主規制を考えることで、まずは現時点でのルールのありかたを具体的に考えることができると考え、取り上げます。

 ちなみに、CEROのレーティングとは「年齢別レーティング制度」と呼ばれているもので、年齢別にA, B, C, D, Zの区分があり、また内容を示すために9つのコンテンツアイコンがありますが、これは内容についての情報を簡潔に伝えるためのものであり、上記の「禁止事項」とは異なります。

■CEROの倫理規定

まずは、「倫理規定」の該当部分を以下に抜粋引用します。

「CERO倫理規定 6ページ 別表3 禁止表現」より抜粋

<反社会的行為表現>
1.テーマ・コンセプト上必然性の無い大量殺人・暴行を目的としている表現
2.麻薬・抗精神薬等の規制薬物で、医療目的等の本来の目的以外に不正に使用されることを肯定する表現。
3.虐待を肯定する前提での虐待シーン表現。
4. 犯罪を賞賛、助長することを肯定する表現。
5.売春・買春等を肯定する表現。
6.近親姦の表現、強姦を肯定する表現。
7.未成年による飲酒・喫煙表現を明確に推奨している表現。

(詳しくは、http://www.cero.gr.jp/regulation.html

■なぜ禁止なのか?

 もし、今回多く出た意見のように「ゲームの内容は少年少女に悪影響を及ぼさない」のであれば、「禁止表現」を指定し規制をする必要はないということになります。もし、CEROの自主規制が根拠なく行われているのであれば、法律の制定どころかこの自主規制さえ必要なく、CEROに対して禁止の解除を求めるべしということになりますが、この点について、参加各位はどう考えられるでしょうか。

■なぜ「強姦」は禁止で「殺人」は禁止でないのか?

 上記とは逆に、「影響があることは否めず、禁止に意義がある」ということになれば、リアルワールドでは刑法に触れる「殺人」と「暴行」だけが「大量でない」または「ストーリーに必然」という場合には禁止されないとになります。つまり、これはほとんど引っかからないことになります。先に挙げたゲームの場合でも「大量ではなく」「ストーリーに必然性がある」ので禁止されません。

 もし、提供側の都合で、「殺人」「暴行」だけが特別扱いされて禁止されていないのであれば、業界の自主規制はお手盛りということになってしまい、任せられなとなるでしょう。その場合の思考実験として第三者による禁止が選択肢として入ります。

 さて、なぜ「麻薬」「強姦」「売春」は禁止で、「殺人」「暴行」は禁止でないのか?どうあるべきか?

 以上、これまでに出たさまざまな意見を踏まえ、既に存在する規制に対しての意見も加えて賛否の投票をいただいて、この思考実験を終了したいと思います。コメントしにくい人も参加できるように、アンケートを使用した投票形式を採用しますが、コメント欄での意見も引き続き受け付けます。特にこれまでコメントをいただいた方に、上記に関して再度コメントをいただければさらに考察が深まるのではないかと期待しています。

■投票

第1回投票 (はてなアンケートへ)
第2回投票 (はてなアンケートへ) ※注2

第1回 追加アンケート ※注3
第2回 追加アンケート ※注4

■ネットワークバーチャル社会のルールとは

 さて、今回の話題は「ゲーム内での殺人」にフォーカスを当てたものでしたが、MMORPGなどを筆頭にますますネットワーク上のバーチャル社会が進化するに従って、その世界におけるルール作りの話題は多様化し、頻度も増していくでしょう。リアル世界との係わり合いの変化によって、ゲーム内のルールだけでは間に合わなくなるのは必定と考えています。RTMのようにリアル社会との接点ができたり、バーチャル結婚のようにリアル社会が投影されたり、というのはまだ序の口でしょう。2010年には、どのような状況になり、どのような議論がなされているのでしょうか。業界の一端に携わるものとしてこれからもウォッチしていきたいと思います。

※注1 [2006/07/10 追記] 『「表現の自由」とのコンフリクト』の項を追加しました。

※注2 [2006/07/08 追記] 投票時間によるばらつき調整のため、第2回投票を実施。

※注3 [2006/07/12 追記] コメントを参考に追加アンケート(第1回)を実施。

※注4 [2006/07/13 追記] 投票時間によるばらつき調整のため、第2回追加アンケートを実施。

Comment(50)

コメント

Jam

興味深い記事がありましのたので、投稿します。
・ゲームの規制について
 記事やコメントを読みましたが、結局のところ法案化するだけの証拠がない、と思えます。無論、だからゲームに規制をかけなくてもよいと結論付けることにはできませんが、同様に規制についても引き続き検討すべきである、と思います。
が、個人的にはやはり規制がないほうがよいかと。
たとえ物語上必要であるなら殺人も許される、という趣旨であったとしても近年の個人情報保護法のように社会に混乱も招くだけでその本質(=青少年の成長を阻害しない)を理解できずゲーム業界に混乱を与えるだけであるかと思います。

また、仮に強引に規制が始まったとしてもたぶん意味はないかと。たとえば18歳未満は購入できないはずの猥褻な雑誌やビデオは中・高学生の男子であれば何らかの手段で調達してしまいますしw

それよりもほかのやはり ニュースの規制のほうがまずは先決ではないでしょうか。
 ニュース報道のせいで類似事件が起きてしまっていることは現実にありますし。

>Jamさん

コメントありがとうございます。

>近年の個人情報保護法のように社会に混乱も招くだけで~

確かにその点は気をつけないといけませんね。何かの規制法が現れるたびに過剰に反応したり、便乗商法が現れたりということがありえます。このような副次的な悪影響も考慮にいれないといけないと思います。

おやすみ

>大人(親)と子供の関係が悪化しているという認識

「親による子供の虐待」を問題としてカウントし始めたからではないでしょうか(←半分本気)。
問題が顕在化したと思えば、悪い面ばかりではないのでは
(一応書いておきますが、わたし自身、子ども3人を持つ父です)。

>さて、なぜ「麻薬」「強姦」「売春」は禁止で、「殺人」「暴行」は禁止でないのか?どうあるべきか?

ええと、わたしがへそ曲がりなのでしょうか?他の禁止行為は「〜を肯定する」であるのに対して、
殺人/暴行は「目的とする」ですから、殺人/暴行に関する規定がいちばん厳しい、のでは?
「殺人/暴行を肯定することをテーマとする」ゲームが禁止されてない、という読み方は、
まあ、出来ないこともないでしょうが。

 市場には実際のところ暴力的なものが目立つ、ことについては、
「死体は良いが裸体は良くない」理由を、SCEIに尋ねてみるのが先では?
いや、それで死体表現を禁止されても困るんですが。

藻古

おやすみさんのおっしゃるとおりですね。

殺人·暴行以外は犯罪行為を肯定するのが不可であって行為自体は不可ではないように読めます。

となると、思っていたよりかなり緩いですね……。

後は、レーティングで区切っていくのでしょうか。


また、ゲーム=悪とう意図ではないとのことですが、法律で禁止されれば結果は同じだと思います。
悪だから禁止するわけですし。

殺傷ゲームのみ禁止であっても、細かい事は普通調べませんから、事情の知らない方は殺傷シーンのあるゲームはすべて悪いと判断すると思います。

特に、ゲームがどんなものかわからない人は過敏になりがちですから、ゲーム=悪という極論に走りえますよ。

それに、ゲームの有害性はどこにあるのかとか、どこまでをリアルな殺傷とするのかは判断難しいですし。

佐竹

投票結果を見て安心しました。
僕は個人的には残虐なシーンなどは無くして欲しいです。
親がいくら気をつけても友達の家で遊ぶとこまで見ることはできないから。
安心して自由に遊ばすためにも過度なものは無いほうがいいと思います。それも大人の責任だと思います。
それにしても平野さんってEQがとても高いんでしょうね。
炎上したブログをこんな風にうまくまとめたケースは初めて見ました。
これからも頑張ってください。

通りすがり

佐竹さん
あなたのようなバカ親がいるからこういう問題が尽きないんでしょ
親子の対話が足りてないからそんなことを心配しなくちゃいけないんでしょ
投票結果に安心したってあなたのようなバカ親が多いことを知って
安心したんですか?

yasaikyo

yahooブログの投票だったら人数制限なかったのに…

>なぜ禁止なのか?
>もし、CEROの自主規制が根拠なく行われているのであれば

CEROが新しく導入されたのは、設立前後の時期に
行政による規制論が過熱してたからじゃないかな
確かレーティング改正も似たような理由。
http://www.games-j.or.jp/plan/2005.html(下のほう)
極端な言い方をすると圧力があったからやってるわけで
根拠がなく規制していると言われても仕方がない

記憶曖昧なので前後の状況を分かりやすく説明できる
webソースを提示できないのが残念だけど。

yasaikyo

>佐竹
 
ゲームに批判的な姿勢の人の考えの中でもここが分からないんだが
なんで残虐シーンがなくなれば安心できるの?

トラックバックわざわざありがとうございます。これが回答ということなのでしょうか?どうやら前回お送りしたトラックバックはお読みいただいていないみたいですね。今回新たに提示されたおつもりみたいな疑問にも先回りしたつもりだったんですが…(アメリカ最高裁でこの種のゲーム規制に関して違憲判決が連発、いや違憲判決しかでていないことも指摘しておきました)。

>ゲームは身内の意識です。ですから自分たちの業界として何かできることがないかと思考をめぐらせて見たいと思いました。

と、あるのであえて言わせていただきますが、こんな稚拙な問いを立てる前に調べようとは思わなかったのですか?私は別にゲーム業界に属するわけでもない、単なる一消費者ですが多少調べれば上記で指摘されたようなことは簡単に調べられます。何かできることがないかと思い巡らした結果がこの何の根拠もない思考実験だったのですか?

>評論家的な書き方が嫌いなことから、私のエントリが街宣的な活動と感じられた方もいらっしゃるようです。

このほうがまだしもだったと思います(いやそう思っていました)。それが副次的に宣伝、売名行為だったとしても、ゲーム規制なんて単なる感情の暴走に過ぎないということがあからさまになるように、情報集積場所たらんという効果をもたらすならばとね…がっかりです。

> CEROに対して禁止の解除を求めるべしということになりますが

無いに越したことはないけど、社会の抑圧との折り合いをつけるには致し方なしって所ではないでしょうか。

逆に、ゲーム以外の表現物にも同様の禁止法が必要だとは平野さんは思われないのでしょうか。己が操作するからゲームは別、というのはずいぶん乱暴だと思いますけど…(規制が必要なほどの没入をもたらすと実証されているなら別ですが)
ついでに、映画や小説に同様の法の枷をはめようとしたら何が起こるか想像されると良いかと思います。

論理学と統計学の初歩です。

》相関関係と因果関係は別物ですので、これで因果関係がないと言いきれないと思います。

相関関係があったとしても、因果関係があるとは限りません。
しかし因果関係があれば、必ず相関関係が発生します。


相関関係が存在しない以上、因果関係は『絶対に』存在しません。
十分条件と必要条件の区別なんて、中学校の数学なんですが…。

少年が過激なゲームや殺傷シーンの多いゲームを好む理由として「親への反抗」がある、というのをどこかで読んだ覚えがあります。
確かに、大人や親の嫌うゲームをやっている、軽く反社会的な行為をやっているということが、一種の快感になっているという側面はあるのだと思います。誰だって、10代の頃には反抗したくなるものですから。
ですが、もしもそういう「殺傷ゲーム」を規制して、世の中からなくしてしまえばどうなるでしょうか?
少年たちは別の形で、親や社会に対して反抗せざるを得ないことになります。
「殺傷ゲーム禁止法」が制定された2010年以降、少年犯罪が増加、深刻化しないことを祈るのみです。

一昨年

CEROの規制についてですが、当時はゲームを規制しろ、との声があったため、それを防ぐため一種の自己防衛策として出されたものだった気がします。
要はスタンドプレーみたいなものですかね。

何か対策をやっている、といえば規制派の気勢もそがれるでしょうからね。

>遊鬱さん

コメントありがとうございます。

遊鬱さんのエントリはざっと読んだのですが時間も限られており、うまくカバーできませんでした。申し訳ありません。今朝改めて読み直してみて、ご指摘の中で「表現の自由」とのコンフリクトいう重要な論点を整理として抜かしていることに気がつきました。早速この項を追記させていただきました。

他の方も、投票、コメント、トラックバックありがとうございます。時間の関係で、いまコメントできませんが、明朝までにレスポンスさせていただきます。

yasaikyo

>少年が過激なゲームや殺傷シーンの多いゲームを好む理由として「親への反抗」がある
 
それは海外の話じゃないかな

みー♪

>「殺人」だけ~
私もおやすみさんや藻古さんと同様「殺人」の方が他の規定より厳しいと解釈してます。
「テーマ・コンセプト上必然性の無い大量殺人・暴行を目的としている表現」という文章自体やや読みにくいからこういうことが起こるのだと思いますが、これはもう少し詳しく書けば「テーマ・コンセプト上必然性の無い大量殺人・暴行『を表現すること』を目的とした表現」という意味だと思います。(『表現』することで殺人が起こるわけではないので『表現』が『殺人を目的とする』という意味では取れないと思われるため。)
ということは、表現しない以上肯定も否定も意味を成さないわけで、『肯定』しなければ『表現』できるその他の犯罪の方が規定は緩いのではないでしょうか。

あと、多少本筋とは外れますが、CEROの規定はあくまでゲームに含まれる全ての表現に適応されるので、プレイヤーキャラクターが犯罪行為を犯すかどうかは基本的に別問題です。『殺人』一つ取っても、これを全面的に規制してしまうと推理モノのノベルゲームなどの表現も大幅に制限されますし、極端な話、ドラクエで主人公が敵に殺されるのも『殺人の表現』となりかねません。
(それならば、プレイヤーキャラクターが起こす犯罪に関しての規定を別に設ければいいのではないかと思われるかもしれませんが、この考え方には『プレイヤーが動かしているキャラクター=プレイヤーの分身』という前提があるわけで、『あくまでプレイヤーキャラクターは登場人物のひとりであり、そのゲームの演出上プレイヤーが動かしているに過ぎない』という考え方を無視することになります。実際後者の考えで作られたと思われるゲームは特に物語性をもつゲームにおいて少なからず存在します)

>犯罪行為の描写について
レーティングは必要だと思いますが、あくまで表現の一つとしてそういったものがあってもいいと思います。ゲームの中には『殺人は正当化されうるか』といった問題をテーマにしたものや、『殺人を犯してしまったことによる痛み』について真摯に向き合おうとするものなども私の知る限りにおいて存在します。こういったものを適切な時期にプレイすることは、むしろ情操教育としてふさわしいと思います。(もちろん適切な時期に、というのが難しいのではありますが。)結局のところ、個々のゲームについては何とでも言えますが、全体を規制するのは行き過ぎだと思います。ゲームという形式だからこそできる表現、というものもあるでしょうし。

>投票の質問内容について
これまでに書いたことなどを考慮に入れれば、質問内容には若干不適切なのではと思う箇所があります。投票では些細な文面の違いで答えが大幅に変わってきてしまうこともあるので。細かいようですが一応。
・Q1.質問を『影響』→『悪影響』とするか、回答の選択肢に『良い影響を与えると思う』を加えないと不公平だと思います。
(先に書いたように私は一部のゲームは情操教育に役立つと考えています)
・Q2.CERO規定をもとに問題提起した以上、『自らが』殺すという条件は不適切ではないかと思います。プレイヤーキャラとの関係を特別視するなら殺人表現一般とプレイヤーが殺すものについては別に設問を用意するべきだと思います。

長文失礼しました。

P.S.
>論理学と統計学の初歩です。の人
因果関係があれば確かに相関関係は必ず発生しますが、それが統計上目に見えるとは限りません。統計上に現れるのは様々な因子による因果関係が全て重なった上での結果に過ぎませんから。ゲームで増えた分他の何らかの要因で減っていれば見かけ上の相関関係はなくなります。
もっとも、この件に関しては因果関係は無いだろう、というのが私の意見ですが。

論理学と統計学の初歩です。

>みー♪ 様
あーあ、書いちゃった。
仰るとおり、一つの事例のみで相関関係と因果関係は測れません。
この事例では家庭用TVゲーム機の発売時期を境に未成年の犯罪(特に凶悪犯罪)は激減しているわけですから、とりあえず三つの可能性が考えられます。


1 ゲームと犯罪の間に因果関係は存在しない

2 ゲームと犯罪には正の因果関係が存在するが、ゲームの発生と同時期に、ゲームと犯罪の因果関係を覆すほどの犯罪に対して強い負の因果関係を持つ、別の要因が発生している

3 ゲームと犯罪の間に負の因果関係が存在する


どうも平野氏は論理的思考が極端に苦手な方のようでしたので、この辺に気づくか試してみたのですが…。
遊鬱氏のエントリでようやく表現の自由が憲法に保障された権利であることに気づかれるようでは、どのみち気づかれなかった可能性が高そうですね。

もちろん、指摘されれば理解できる分だけ、表現規制推進派の方としてはかなりましな部類なのですが、現行法に触れない表現の規制推進が、個人の倫理観の押し付けに過ぎないことに未だ気づかれていないのは残念です。

遊鬱

平野洋一郎さまコメント返しありがとうございます。

↑で「論理学と統計学の初歩です。」さんがもう書かれていますがどうやらまだよく伝わっていないみたいなので纏めます。

初めから思考実験の前提が成り立たないというのが大前提です。それは少年犯罪の増加というまやかし、ゲーム悪影響論というまやかし(現時点ではという留保をつけてもいいですよ)によってかかっているのですから。

そのような「事実」を知った上でどうして、これが売名目的のエントリーでないとするならば、平野さまはそのような「事実」を知らず、「表現の自由」という憲法で保障されている権利を侵害する提案をなそうと思ったのか、それが私が送ったトラックバックの問いかけです。論点の見落としとか些少な問題ではなく、そもそも論です、ご理解いただけましたでしょうか?

問題を投票に委ねて、それを上から分析する立場にあなたはいないんですよ。あなた自身の認識が問われている当事者なんですよ。どうして「事実」を誤認、もしくは不知のまま、このような提案をまるで良心の発露であるかのように提案しようと思ったのですか?お答えください。

たたずむひと

平野洋一郎様はゲームは子供のものだ、と考えているようにしか見えません(少なくともテキストからは)。ですが、今やゲームはひとけた代から60代以上の幅広い年齢層の人々がプレイする娯楽なのです(もしかしたら釈迦に説法かもしれませんがあえて書かせていただきます)。

 10代には10代が求めるゲームが、そして20代以上には20代以上が求めるゲームが、そして50代以上にはまたそれにあったゲームが求められるのは当然です。だとすれば、ゲームも小説や映画と同じく、さまざまな指向をもったものが出現するのは理の当然です。かくしてゲームは、小説と同じように幅広いジャンルをもつようになったわけです。

 だからTV番組や小説やアニメやマンガや映画が様々な年齢層・趣味の人々をターゲットに作られるのと同じく、ゲームも様々な年齢層・趣味の人をターゲットに作られております。ですから、ゲームにも大人向けもあれば子供向けもある。
 小説に『ハリーポッター』がある一方で大藪晴彦が書くようなバイオレンスいっぱいの小説もある。TVで『ポンキッキ』もあれば『昼ドラ』や『古畑任三郎』やサスペンスものもある。TVで流さないけどアダルトビデオもある。それだけのことだと思います。
 だから、ただ暴力表現の有無だけで善悪を判断するのは、小説を暴力のあるなしで良書か悪書にわけるのと同じで、正直、かなりこっけいではないでしょうか。殺人描写のない小説もいっぱいあるから、殺人描写のある小説はなくてもいい、と言い換えると、滑稽さが浮き彫りになると思います。


 もし、子供に悪影響がある恐れがあるとあくまで強弁なさるなら、子供でない多数のユーザーのコトを考慮して、年齢制限なりゾーニングなりで対処すべきで、禁止まで行くのは乱暴だと思います。

 繰り返しますが、ゲームは今や子供だけのものではないのです。

 それに、ゲームと一口に言っても様々な種類があります。中には、TV画面やモニタに延々と表示されるテキストを読み、たまに出る選択肢を選ぶことでストーリーが変化していく類のものもあります(有名なのは『弟切草』や『街』などのゲームですね)。これらは、ほとんど小説と変わりません。小説と同じように三人称視点のものも一人称視点のものもあります。
 ちなみにこういったゲームの文章量は、1M(原稿用紙1000枚分くらい)以上になるそうです。テキストが主体である以上、一種の小説と捉えるべきかもしれません。
 こういった、選択肢つき小説的なゲームが、小説やTVドラマより顕著な悪影響があるとは正直思えないのですがいかがでしょうか? こういったゲームの暴力・殺人描写等を禁止しつつ、小説の暴力・殺人描写は禁止しないというのは、余りにもダブルスタンダードではないでしょうか?

 平野洋一郎様は繰り返し、ヴァーチャルで操作するのと、ただ読んだり見たりするのは違うと主張されていますが、コメントを見る限り、ゲームが他のメディアより影響が強いという論拠はなにもないように見受けられました。ですから規制を唱えるなら、当然、小説や映画などのジャンルも規制すべしと書くべきでしょう。そう書いてないのは、平野氏の意図はともかく、単に、ゲームだけをやり玉にあげたいようにしか見えないのですが。
 私自身の意見としては、『ゲームに影響があるかないかを言われればある。ただし、小説や映画や漫画や音楽と同程度』という意見です。
 ですからあのアンケートも、『ゲームは影響があると思いますか』ではなく『ゲームは他のメディアより影響があると思いますか』にすべきであったと思います。

 もちろん、平野洋一郎様は、以上のようなことを承知の上で、思考実験をお書きになったのかもしれませんが……そうだとしても、余りにもおおざっぱで杜撰すぎる思考実験だったのではないでしょうか? 思考実験、アンケートの問いを見る限り、『ゲーム=悪とは思っていない』という平野洋一郎様の言葉がただのいいわけにしか見えないですよ。

論理学と統計学の初歩です。

谷崎や鏡花が『流行作家』だった時代は、小説なんか読むと馬鹿になる、と言われたそうです。
漱石、鴎外にしても、今でこそ文豪扱いですが当時はただの風俗小説家に過ぎません。

現在はグロ小説を生業とする精神科医が、ゲームをやると馬鹿になるから小説を読め、とか言い出してる訳です。

古くは歌舞伎や落語でも同じことがおきておますし、映画やTVでも同様ですね。

人間が遅々としながらも少しずつ進歩できているのは、過去の記録から事例を学び行動を修正してきたからですが、それができない人もまた多く存在するのは悲しいことです。

>おやすみさん

コメントありがとうございます。


>「親による子供の虐待」を問題としてカウントし始めたからではないでしょうか(←半分本気)。

これはあるでしょうね。テーマを設定して初めて認識されるということは、このような問題にかかわらずありますね。


>問題が顕在化したと思えば、悪い面ばかりではないのでは

顕在化することで、それに対しての検討が始まるということではそう思います。


>ええと、わたしがへそ曲がりなのでしょうか?他の禁止行為は「〜を肯定する」であるのに対して、
>殺人/暴行は「目的とする」ですから、殺人/暴行に関する規定がいちばん厳しい、のでは?

たしかに「肯定する」と「目的とする」の違いがありますね。
ここの部分はおっしゃる通り解釈のしようによってどちらにでも取れます。私としては、「テーマ・コンセプト上必然性の無い大量」と修飾をつけている点に着目していて、これがつまり場合を限定しているという読み方です。

>藻古さん

コメントありがとうございます。


>殺人·暴行以外は犯罪行為を肯定するのが不可であって行為自体は不可ではないように読めます。

こう読むと、たとえば強姦を否定することはOKということで、『ゲーム内で他の登場人物が強姦をしていて、自分がそれをやめさせる使命をもつ』とか、『ゲーム内で強姦をすると捕まってしまう』などはOKということですね。なるほど、ここまでは思いいたりませんでした。


>また、ゲーム=悪とう意図ではないとのことですが、法律で禁止されれば結果は同じだと思います。
>特に、ゲームがどんなものかわからない人は過敏になりがちですから、ゲーム=悪という極論に走りえますよ。

いったん禁止すると、歯止めが利かなくなるというご指摘は他にもいただいていますし、私も一般的にありえると思います。ただ、あえて反論してみると、バーチャルの世界がどんどん広がり多様化してくる以上、All or Nothingではなく、ある程度細分化して考えるのは必要になってくると思います。

>佐竹さん

コメントありがとうございます。


>投票結果を見て安心しました。

わたしは、この議論の流れのなかにおいて「賛成」が多いのには驚きました。

>通りすがりさん

コメントありがとうございます。


>あなたのようなバカ親がいるからこういう問題が尽きないんでしょ

私への意見ならいいですが、参加者の中傷はやめてください。意見を言うのは自由です。他人の意見を封じ込めようとする方に、言論の自由は語れないと思います。

>yasaikyoさん

コメントありがとうございます。

>espさん

コメントありがとうございます。


>映画や小説に同様の法の枷をはめようとしたら何が起こるか想像されると良いかと思います。

これは簡単に想像がつきますね。私としては繰り返しになりますが、自らの意思で人を殺すという点が、映画や小説と違うという仮説を前提としています。自らが行うのも、他人が行うのも同じ、もしくは映画のほうがよりリアルという意見がありますが、いずれにしても同じか違うかもまだ立証されていません。つまり、「同じ」だというのもまだ「意見」のレベルであって、「違う」という意見を言ってはいけないということにはならないと思います。

>論理学と統計学の初歩です。さん

コメントありがとうございます。


>しかし因果関係があれば、必ず相関関係が発生します。
>相関関係が存在しない以上、因果関係は『絶対に』存在しません。
>十分条件と必要条件の区別なんて、中学校の数学なんですが…。

これは重要な点なので、他の皆さんもよく考えてください。
「因果関係があれば、必ず相関関係が発生」というのは、原因が一つしかない場合です。原因が2つ以上考えられる場合には、その合計値と特定の原因において「必ず」とはなりません。たとえば原因Aに起因しておこる結果A、原因Bに起因しておこる結果Bがあるとします。それぞれは、相関関係もあり因果関係もあるとします。ある年に原因Aの値は1、結果Aの値は10、次の年に原因Aの値は9、結果Aの値は90、原因Bの値は9、結果Bの値は90、次の年に原因Bの値は1、結果Bの値は10だったとしましょう。この場合、結果の合計値はいずれの年も100で、何も変化がないように見えますが、内部では因果関係が形成されていいます。このように「相関関係が存在しない以上、因果関係は『絶対に』存在しません」とは言い切れないわけです。特に、このケースの場合は多くの方からご指摘いただいているように少年殺人の原因は多くあるとのことから、私は「言い切れない」と結論付けています。

>彩さん

コメントありがとうございます。


>誰だって、10代の頃には反抗したくなるものですから。
>少年たちは別の形で、親や社会に対して反抗せざるを得ないことになります。

私も10代に親に反抗した経験があります。もしこのような10代の反抗の受け皿としての効果があるのなら、年代別レーティングも外して10代にも開放すべきという意見も成り立ちますね。


>「殺傷ゲーム禁止法」が制定された2010年以降、少年犯罪が増加、深刻化しないことを祈るのみです。

ショートショート1本書けそうですね(笑)。

>一昨年さん

コメントありがとうございます。


>要はスタンドプレーみたいなものですかね。
>何か対策をやっている、といえば規制派の気勢もそがれるでしょうからね。

なるほど。

>yasaikyoさん

コメントありがとうございます。


>>少年が過激なゲームや殺傷シーンの多いゲームを好む理由として「親への反抗」がある
>それは海外の話じゃないかな

もし原典や記事がわかれば提示していただけると助かります。

>みー♪さん

コメントありがとうございます。


>私もおやすみさんや藻古さんと同様「殺人」の方が他の規定より厳しいと解釈してます。

他の犯罪は「肯定しなければOK」という視点だと確かにそうもとれますね。もともと厳しいから「テーマ・コンセプト上必然性の無い大量」という修飾で範囲を絞っているという解釈は確かにありだと思います。


>この考え方には『プレイヤーが動かしているキャラクター=プレイヤーの分身』という前提があるわけで、『あくまでプレイヤーキャラクターは登場人物のひとりであり、そのゲームの演出上プレイヤーが動かしているに過ぎない』という考え方を無視することになります。

すでに述べていますが、私はこの点が重要いう意見です。ですのでまさにおっしゃるとおり「表現」という観点では限界も齟齬もあります。


>ゲームの中には『殺人は正当化されうるか』といった問題をテーマにしたものや、『殺人を犯してしまったことによる痛み』について真摯に向き合おうとするものなども私の知る限りにおいて存在します。

ありうるとは考えていましたが、実在することは知りませんでした。法案に対しての重要な反論になりえると思うので、タイトル名を教えていただければ幸いです。


>これまでに書いたことなどを考慮に入れれば、質問内容には若干不適切なのではと思う箇所があります。

Q1~Q3までは、CEROではなく私が提示した「意見」および皆さんからの「意見」に対しての設問です。まずQ1の影響は、良きにしろ悪しきにしろ影響を与えるかという意味です。意見の中にゲームやバーチャルリアリティは影響ない、関係ないといった意見がありました。良い影響か悪い影響かはまさに内容しだいだと思います。ですので、コメントやトラックバックできない人も含めまず影響があると考えるかどうかを尋ねました。

>>論理学と統計学の初歩です。の人

同意です。

>論理学と統計学の初歩です。さん

コメントありがとうございます。


>あーあ、書いちゃった。

あーあ、試されちゃったわけですね(笑)。もちろんみー♪さんが書かれる前に気がついていましたよ。そうでなければ堂々と「言い切れません」と断言しません。自信満々で書かれていましたので、どう角が立たないようにコメントしようか考えてしまいましたが、試しでよかったです。

>遊鬱さん

コメントありがとうございます。


>初めから思考実験の前提が成り立たないというのが大前提です。それは少年犯罪の増加というまやかし、ゲーム悪影響論というまやかし(現時点ではという留保をつけてもいいですよ)によってかかっているのですから。

これは、「思考実験」すらすべきでないということでしょうか?少年犯罪が増加していないことがこういう議論をしてはいけないということにもなりませんし、ゲーム悪影響論はおっしゃるとおりまだどちらとも結論は出ていないわけですから、こういうことを考えることがいけないとの意見については、言論の自由をおっしゃってる方の意見としては不思議な気がします。


>平野さまはそのような「事実」を知らず、「表現の自由」という憲法で保障されている権利を侵害する提案をなそうと思ったのか、
>どうして「事実」を誤認、もしくは不知のまま、このような提案をまるで良心の発露であるかのように提案しようと思ったのですか?お答えください。

まず売名行為ではありません(笑)。売名のためなら立場上こんなリスクの高いエントリする気はありません。さて、なぜエントリを書いたかというと、米国での状況や、犯罪は減っているという事実がありながらも、いまだに巷では問題がくすぶっていることに加えて、私自身が「見る」ことと「実行する」ことには違いがあると考えているからです。それで、考えてみたいと思いました。エントリを書く前に、関連する話題のブログや記事もググってみましたので、ある程度の反応は予想していましたが、オルタナティブブログでは結構内輪のコメントが多いのでここまで多くの方にご意見いただくとは思っていませんでした。しかし、遊鬱さんのような方から直接意見をもらうことができてよかったと思います。ありがとうございます。

>たたずむひとさん

コメントありがとうございます。


>ゲームは今や子供だけのものではないのです。

おっしゃるとおりだと思います。
影響という意味では、子供だけをフォーカスしないほうがよいと思います。ただ、やはり心身未形成の未成年に与える影響は根深いという意見は多いので、子供への影響について議論することは意味があると考えています。両方を考え合わせると結局は現在のCEROの規制のように何らかの年齢区分は入れるのが妥当ということになるでしょうね。


> こういった、選択肢つき小説的なゲームが、小説やTVドラマより顕著な悪影響があるとは正直思えないのですがいかがでしょうか? こういったゲームの暴力・殺人描写等を禁止しつつ、小説の暴力・殺人描写は禁止しないというのは、余りにもダブルスタンダードではないでしょうか?
>『ゲームは影響があると思いますか』ではなく『ゲームは他のメディアより影響があると思いますか』にすべきであったと思います。

こういったことを考えるとやはり、「表現」と「行為」を分けたほうがいいと思います。「表現」と「行為」が違うのか同等なのかは、いずれも立証できていませんが、皆さんの意見を取るくらいはできますね。この点は、再度アンケートしてみたいと思います。


>『ゲーム=悪とは思っていない』という平野洋一郎様の言葉がただのいいわけにしか見えないですよ。

指摘ありがとうございます。コメントを含め読んでいただくとわかると思いますが、私の今回の提起はあくまで思考実験であって、法制化に向けて活動したいということではありません。

yasaikyo

>わたしは、この議論の流れのなかにおいて「賛成」が多いのには驚きました。
 
人力検索はてなは掲示板みたいなサイトだから、
普段から貼りついてる人もいるわけですよ
そういう人の投票も混じってるんじゃないかな
yahooブログのアンケート機能を使えば良かったのにhttp://blogs.yahoo.co.jp/yasaikyo/POLL/yblog_poll_vote.html?fid=64579&no=37454650

>もし原典や記事がわかれば提示していただけると助かります。

ごめん又聞きなので原文不明
日本の子供は過激だからという理由でゲーム買わないので
外れてはいないと思うんだけど

本論についてはトラックバックさせていただきましたが...

> この法案が、「表現の自由」に対抗するには「明確な因果関係」が示されることが条件となり、現時点ではそれはかなり難しいと結論付けられます。

日本国内においては、「殺傷ゲーム禁止法」が合憲であるために「明確な因果関係」を求められることはないだろうと思います。
現にわいせつ物頒布罪は合憲なわけですし (チャタレイ事件)。

冷血

私も他の方と同様のことを言いますが、
平野様は前回のエントリにおいて「私は、若い人たちがこれだけ人の命を軽く扱うようになった最も大きな原因は、家庭でも学校でもなくテレビゲームではないかと危惧している。」とはっきり仰っており、多くの方はこの記述への反論としてコメントを寄せたのだと思っています、ですから犯罪が減っているにも関わらず未だに問題がくすぶっていることへの疑問としてあの思考実験があったのでしたら、前述の一節は明らかに誤解を与えるものであったと感じます、他の方々もそう感じているから反論しているのでしょう。
また、ゲームが犯罪に影響を与えないのなら何故規制が存在するのかという問いですが、これも前提が間違っているのではないでしょうか、私を含めて皆がゲームは犯罪に影響しないと言っていたのは、今現在のゲームというメディアが今現在の少年達の犯罪に何らかの影響を与えているというデータはないというもので、考えられるあらゆるゲームが将来にわたって確実に影響を及ぼさないというものではありません、たとえば麻薬というものをよく知らない子供に対して延々麻薬の素晴らしさと入手方法使用方法を説いて聞かせるゲームが存在したらどうでしょう? もちろんCEROの規制があるのですからそんなゲームは存在しませんが、その架空のゲームが実在し、そのゲームをプレイした子供が麻薬に興味を持ったらこれは明らかな悪影響ですよね、そのための規制なのではないですか?
ですからゲームが少年犯罪に影響を与えていないという話は、現在の規制の上に成り立っているゲームたちが現在の少年の犯罪傾向に影響を与えているという事実は無く、よってこれ以上規制を増やす必要はないという意味だと理解しています、間違っているでしょうか?
(関係ありませんがそう考えると村上龍氏の限りなく透明に近いブルーなどはCEROの規定だとアウトですかね、小説規制すべしという話が出ない理由ってなんでしょう)

unknown

冷血さんへ、
「ビッグX」(昭和39年8月3日~TBS系アニメ番組。薬物で巨大化する設定の希有なヒーロー番組)を見て麻薬患者になった子どもは居ないと思います。

だから少しは考えて書き込みましょうよ…

要するに平野氏は、遊びでも能動的に殺すから悪影響が出るに違いない、と判断してるわけですね。

その場合、まず、ゲームの悪影響を打ち消して犯罪を減少させるほどに子供達を癒しているどんな要因が、70年代に発生したとお考えですか?。


次に、ゲームなんて存在しなかった私の少年時代は、竹刀モドキ・木刀モドキを使ったチャンバラや、バネを強力に改造した銀球鉄砲を使った撃ち合いなどで遊んでおりました。

ルール上、斬られたら死亡・撃たれたら死亡として、擬似的な殺し合い遊戯をしていたことになります。それもごく日常的に。


こんな光景、それこそ戦前から当たり前にあるわけで、しかも表現規制推進派の方が大好きなバーチャルリアリティと違って実際に銃で撃ちあって棒で殴りあいますから遥かにリアル、あげく流血や内出血を伴う怪我も日常茶飯事です。

これがゲームになったとたん、何故いきなり劇的な悪影響を伴うとお考えですか?。


「俺が嫌いだから規制するんだ!」では実験になぞならないのは道理で、思考実験と仰るのであれば、以上二点への合理的な答えは大前提として必要な条件となるのではないでしょうかね。

読むだけのつもりだった

>>ゲームの中には『殺人は正当化されうるか』といった問題をテーマにしたものや、『殺人を犯してしまったことによる痛み』について真摯に向き合おうとするものなども私の知る限りにおいて存在します。

>ありうるとは考えていましたが、実在することは知りませんでした。法案に対しての重要な反論になりえると思うので、タイトル名を教えていただければ幸いです。

元の方が書かれているものとは全く違うかもしれませんが、私もそういうゲーム作品をいくつか知っていることだけ記しておきます。しかしいずれのタイトルもここに書く気はありません。

「ありうるとは考えていましたが、実在することは知りませんでした」という部分と、これまでのすべての(ブログ主さんの)記載内容を照らし合わせたとき、どーもうまくいえませんが気の遠くなるような距離を感じました。

場を収める能力は確かにおありのようですが、基本的な「人やモノに対する人としての誠意」が感じられません。ツッコミを恐れずに言えばリテラシーの欠如…のようなものを感じます。

これは作品名の代わりにはならないでしょうが…。
そのいずれの作品においても、まさにブログ主さんがスポットを当てておられる)『ゲームであるがゆえの(体験としての)特性』こそが、作り手のメッセージに大きな役割を果たしたのではないかと私は考えています。

それはまさに、自分がその『大きな決断』を下さなければならないということ。その結果、誰が救われ誰が救われないのか。自分自身の運命をどう変えていくのか。映画のように傍から見る体験ではあそこまで深く何かを学ぶことにはつながらなかった。

視聴と体験には心理的な影響度の違いが(おそらく)ありますが、「違い」があるだけで、それ以上でもそれ以下でもない。そこが根本的に分かっておられないような気がしますね。
強い薬は服用の仕方を間違えれば毒になる、あるいは服用に適した年齢と分量みたいなものはあるかもしれない。しかしその薬も正しく使えば、助からないはずの人を唯一助けるものになることがある。ただそれだけではないのですか?

付け加えるなら、前述の作品群は「よくぞこの意欲的な作品を生み出してくれた!」と一生作り手に敬意を込めた拍手を送り続けたい秀作でもあり、私の人格形成に間違いなく、とても深く良いものを与えてくれました。まさに体験という特性によって。
その中にはまさに「虐殺(大量殺人)」や、「強姦」「非人道な拷問」もテーゼないしアンチテーゼとして登場した(必ずしもそのすべてがプレイヤーに関わった出来事ではないが…)作品がありますが、あれこそ「コンセプトのある…」にあたるものだったと思います。

……一応書いてはみたけど、今までの経緯を追ってみた限りではくたびれもうけなんでしょうね。分かっているのに何やってんだ私。
他の方も読んでくださってるでしょうから、それで私的にはよしとします。それしかもう納得のしようがない…。

平野様コメント返しありがとうございます。ただわざと曲解されておられるのか、それとも私の説明が舌足らずなのかどちらなのでしょうね?

誰もこの種の床屋談義を世に問うことを否定していませんよ。それこそ表現の自由というよりどうでもいいことですから。

ただ、

①私がずーっと問題にしているのはなんら正当化できる事実がないにかかわらず、この種の言説が量産される背景についてその一員に図らずも加わった平野さまが事実を知った今どう考えておられるか、いかにして担がれるに至ったかという背景について自省の意味をこめて考えてみたらいかがかということです。

②もう一点は一般人ではなく、少なくとも業界関係者であると豪語する平野さまが最低限の事実確認を怠っているととられるような記事を起こしたことに関して疑問を呈しているのですよ。

>さて、なぜエントリを書いたかというと、米国での状況や、犯罪は減っているという事実がありながらも、いまだに巷では問題がくすぶっていることに加えて、私自身が「見る」ことと「実行する」ことには違いがあると考えているからです。それで、考えてみたいと思いました。エントリを書く前に、関連する話題のブログや記事もググってみましたので、ある程度の反応は予想していました

ということは今回のエントリーを起こす前にある程度情報は得ていたのですよね?それで最初に記事を起こす際にはその得た情報については頬被りであんな「思考実験」をアップしたということですか?まさにこの種の批判、反応を待ち構えていた釣りという疑義をますます強くなるのですが…最初に記事を起こした時点で一体どういった事実を具体的に把握されていたのですか?

ということですよ。

motory

次のエントリの存在に気づかずコメントしてしまいました。
失礼しました。
ということで、こちらにレスさせていただきます。


>他の世の中の大半の人はそう感じていないと思います。これだけ反対意見やその元になる資料を出していただいた後の投票においても「賛成」票があれだけ出ているということは、世の中的に議論が尽くされているとは受け取れません。


議論が尽くされていることと、論破され尽くしていることはまた次元が違う話で。
実際
 「少年犯罪者は、実は減っている」


このデータに対して言及したのは、自分が知る限りでは平野さんだけです。
大多数の規制論者は、無視したり、反論できずに去ったり、反論できずに荒らしたり、「ゲームヲタ死ね」などの人格攻撃に走ったり、屁理屈・戯言の一言で片付けたりと。残念ながら、そもそも議論にすらなっていないのが現状です。
そういう意味では、議論が尽くされていないとも言えますが。
こんな現状で、「ゲーム=悪」の固定観念で賛成する人はどれくらいの割合なのでしょうか。逆に、反対派のデータに対する反論を持っている人はどれくらいいるのでしょうか。


>この案の前提は「ゲームが悪影響を及ぼす」というのではなく、「自ら操作するゲームは影響を及ぼす」です。


「自ら操作するゲームは影響を及ぼす」に置き換えても結局は同じです。
前提ではなく、単なる仮定でしかありません。
仮定のまま議論を進めても、単なる水掛け論にしかなりません。


>次のエントリで触れましたが、少年犯罪の増減だけでは、いずれにしても不要必要どちらの論拠にもならないと思います。


それ自体はその通りだと思います。
しかし、必要だと主張する側が、論拠を示す必要があることはご存知かと思います。


>「なんとなく」でまかり通ることはないでしょうが、


残念ながら、ごく最近「なんとなく」で規制を通した人が存在します。

http://yokohama.seesaa.net/article/2331883.html

>論理的な根拠なく賛否だけで決められた法や規制は歴史的に存在します。そのようなことを減らす意味でも多くの人がちゃんと考えてみることは意味のあることではないでしょうか?


その通りだと思います。
この書き方を見ると、事前にどのようなデータがあって、実情がどうなのかを知った上で、「真っ当な」規制論者の立場から議論を進めようとしてみた。と邪推してみたりしますが・・・

motory

ということで、こちらのエントリについて、いくつか。


>少年非行のピークである昭和50年代後半ころに次いで高い水準にある


1997年の犯罪急上昇ですね。ここについても反証が存在します。
って書いてしまうのもアレなので、


問1 (10点)
 1997年に少年犯罪が急に増加しているが、その原因について
 考えを簡潔に述べよ。


問2 は存在しません。名前を書けば90点です(ぇ


->"関口警察庁長官 全国警察少年担当課会議"

>「ゲームでの殺人行為とリアルの殺人に因果関係」を直接的かつ具体的に説明できれば法案提出の根拠になりうるでしょう


その上で、反対派が出す多くのデータを論破していただければ、多くの反対派は賛成に回るはずです。
が、

>「実際ゲームを見て殺人をやったと供述する少年も過去にいたように思います」

これが、「過去にいた。本人が供述していた。」という明確なソースだったとしましょう。
それで因果関係が成り立つとお考えでしょうか?


> 一方で因果関係は無いという主旨の意見を多くいただきました。この点については、具体的な統計や実験情報の提示はなく


参考)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%82%AA%E9%AD%94%E3%81%AE%E8%A8%BC%E6%98%8E


ゆえに、


>今回の議論の範囲で整理すると、「殺人シーンと殺人の因果関係はないという意見が多い」というところまででしょう。


「現状では、殺人シーンと殺人の因果関係はない可能性が高い」
が正解です。
#犯罪者数のデータも因果関係を示さない立派な統計データだと思いますが

>CEROの倫理規定


CEROの倫理規定については、個人的には、世論を適当にかわすための場当たり的対応に見えます。
逆に、CERO暗に悪影響論を認めたと取られかねない方針で、浅はかだといわざるを得ないと思います。逆に、行政によるいい加減な根拠の規制を助長しかねません。これは糾弾されるべきです。


>さて、なぜ「麻薬」「強姦」「売春」は禁止で、「殺人」「暴行」は禁止でないのか?どうあるべきか?


コメントにあがっていますが、正当化・美化の余地があるか否か。
後者は、戦争であったり、正当防衛であったり。
前者は、どうでしょう。

いずれにしても、倫理規定
>4. 犯罪を賞賛、助長することを肯定する表現。

犯罪としても「殺人」「暴行」は規定に違反することになります。


そういえば、このような話もあります。
http://research.cesa.or.jp/interview/sakamoto01.html

拝松徒

気持ち悪い、一連の発言を見ての感想です。言論規制だとか統計的に論拠がないだとか、挙げ句の果ては侮辱発言、前のエントリーを受けての流れだから多少のことは仕方がないにしても、本来は"なぜ?"の答えを考えてみようが目的の筈で、統計結果の良否や理解度、ましてや発言者の品位なんて関係ない。倫理形成や道徳教育の視点から考えるべきで、そもそも、ゲーム表現規制の論拠に犯罪統計を持ち込んだのが間違い。例えば、露出度の高い服装と痴漢の発生件数は、明らかに相関関係が有るはずだけど、だからといって、ミニスカート規制法案なんて提案する人はいないし、統計的に拳銃による死亡事故が少ないから拳銃規制は必要ないなんて言う人も、少なくとも一般的な日本国民にはいない。ただ、殺人表現に対して、規制を声高に叫ぶ圧力団体はあまり聞かないのに対し、女性関連の表現に対しては、尤もだと思われるものから病的異常性を感じられるところまで大小様々存在するので、つまりはそう言うことじゃないのかな、と思います。犯罪統計的因果関係が乏しいといっても、心理学的には投影や代償形成でプラスにもマイナスにも作用するのは認知されているので、ここで荒技、いっそのことなら薬事法で規制してしまえってのはいかが?その種のゲームを買うには医師の処方箋が必要となれば、必要と認められる人はちゃんと買えるし、向かないとされる人は、罰則付で規制できる。メーカーさんも困らないし、保険適用が認められれば社会人は三割負担で買えるようになるはずで、それを狙ってニートが社会進出、はないか(^_^;)。悪い冗談ではあるけれど、思考実験ならこういう意見もありでしょう。

ねこまっしぐら

拝松徒さんに従って、タイトルの「なぜ?」について私なりの意見を述べさせてもらいます。
motoryさんが仰ったとおり、「正当化、美化の余地があるか否か」というのもありますが、犯罪は犯罪という論点に立った時に、以下に述べるような差があるのではと思います。
 痴漢は「実際にやってみたい」という欲求に対して、満員電車をはじめとした、実世界で「行動を起こしやすい環境」が整いやすい事実あり、且つやればまず捕まるわけではなく、犯行を他者に気付かれない(相手が声をあげない、周りも気付かない)可能性が少なからずあるのに対して、
まず誰かに気付かれ、捕まる(逃げ延びた例が少ない)殺人は、「実際にやってみたい」という理由で行うにはリスクが大きく(痴漢のリスクが小さい=大した犯罪ではない・・・といいたい訳ではありません)、それに加えて「行動を起こしやすい環境」も整いにくい(日本で銃器や殺傷武器は個人所有を認められていない、もしくは身分証明が必要)、ということが挙げられるのではと思います。
 つまり、現実世界の環境と照らし合わせた時に、「実際にやってみたい」という衝動のみで「環境上」出来てしまいやすい行為なのかどうか、そしてそれが出来る環境であったとして、本当にそれだけの理由で簡単に出来てしまう行為なのか、という差がゲーム化に対しての禁止、禁止でない(自主規制?)という差として出ているのではないかと思うのです。

ysaikyo

>薬事法で規制
 
予想される影響としては
 
・ゲームセンター絶滅
・その影響でゲーム情報誌「アルカディア」が廃刊
・一部のジャンルのゲームが中古屋で販売されなくなる
・主要なゲームメーカーが海外へ拠点を移す
・ベクターゲームズがサービス停止
・違法ファイル交換コミュニティの規模が拡大
・国の負担が増えるので、財源の確保のため増税

それは置いといて、向かないとされる人の基準は
誰がどうやって決めるの?

くろちゃん

はじめまして。
一連のコメント、トラックバック、リンクを読みましたが、この記事は少年凶悪犯罪減少のデーターがゲーム規制不要論の根拠にならないことを初めて明確に示した画期的な記事ではないでしょうか。
だからと言って必要だというところに行かない大変フェアーな記事だとおもいます。

yasaikyo

元々が規制論の前提に対する反論なんだから、
不要論の根拠なんて代物じゃないんじゃないの?

藻古

>All or Nothingではなく、ある程度細分化して考えるのは必要になってくると思います。

そういう風に話を持っていけるのなら大丈夫だと思うのですが……。

提案なのですが、一度、前エントリの内容を書き直して新しくエントリを立ててみてはどうでしょうか?

議論は前提を元に話を進めていくものですから、そこでおかしいと感じてしまう内容があると、まず前提の部分についての議論からはじめなければなりませんし。

前のエントリのままですと、どうしても前提部分が気になって思考実験までたどり着きにくく感じます。
また、前エントリの印象と伝えたかった内容が異なっていることは、前エントリのコメント欄を読んで、さらにこのエントリを読んで納得がいかなかったら更にここのコメント欄を読まなければならなく、追っていくのは正直大変ですので。


後、可能であれば投票は上限無しでコメントが入れられる形のだとうれしいです。

投票に気がついても、大抵すでに投票がおわっている事が多く、また、意外に賛成派の方が多いので、どういう意図で投票されたのかが気になります。

大変面倒なことを言っている自覚はあるのですが、ご一考願えないでしょうか。


思考実験としての殺傷ゲーム禁止法は面白いので、ぜひ話を進めていきたいです。
禁止法自体は反対なんですが、楽しそうに敵を罠にかけて惨殺していたり、惨殺シーンでも特に反応なく黙々とゲームを進めているの子供というのも確かにどうかと思いますので。

実際、ゲームをやっているとそんな風になったりするものですが。私はなりますし。

それで文句を言われて親はわかってないと思うのが事実であれば、ゲームをやっている子供の背後からちょっと覗いたときにその手のシーンが見えたら何かを考えてしまうのもまた事実。

ですから、どのような結果になるのであれ、思考実験をしてみるのはいいと思うのです。

間違っても、motoryさんのコメントのリンク先にあった某職員が発言したような結論にはしたくないです。
いくらなんでもあれはちょっと……。
そんな現実を知った子供の将来が普通に心配です。

>「殺人」・「暴行」で場合を限定していることについて

まず、ゲームが少年少女に悪影響を及ぼさないというのは、本当に影響をまったく与えないという意味ではないと思うのです。

CEROの規定では犯罪を肯定する事は禁止されています。
犯罪を否定することや、ゲームと現実とは違うという常識を持っている事が、結果として悪影響を与えないという事だと思います。
だから、肯定する事や意味のない大量殺人は禁止されているのでしょう。

ただ、単純に犯罪を肯定しない事としてしまうと、大量殺人を行う戦争等、一部の事柄が表現できなくなる恐れがあります。
正確には、戦争で人というか敵を殺す・暴力を振るうのは犯罪とはまた違いますが、その辺りは考え方の問題もありますし、あえて場合を限定しているのではないでしょうか。

また、テーマ・コンセプトに添ってしか表現できないのであれば、親が子供にゲームを買い与える時、テーマやコンセプトを知ることで、子供に与えてる与えないの判断がつきやすくなるとも考えられます。

>薬事法で規制

予想される影響追加

・国の負担が増えるので、財源の確保のため防衛費とか年金とかの予算削減
・X-B○Xを抱える某社が表現の自由を掲げて国を訴える

みー♪

平野様コメント返しありがとうございます。
>良きにしろ悪しきにしろ影響を与えるかという意味です。
質問文は確かに日本語的にはそういう意味です。私が言いたかったのは、投票する側、結果を見る側が果たしてそう受け取っているのか。「ゲーム規制」が話題になっている世の中で「影響」といえば「悪影響」と読み替えてしまう人が多いのではないか、ということです。言葉足らずですいません。
>タイトル名
なんかタイトルを出すとそのゲーム自体への偏見で第三者から叩かれそうな気がするので具体名は出したくないのですが…。わたしが思い浮かべたのはいくつかありますが、真っ先に思い浮かんだのは昨年末NHKの番組で特集が組まれたこともあるPCゲームで今年コンシューマー化される予定のものです。ちなみに読むだけのつもりだったさんの考えているものとはおそらく違うものです。


>kazuhoさん
>「殺傷ゲーム禁止法」が合憲
何か勘違いなさっているようですが、合憲も何も思考実験でしかないのでそんな法律はもともとありませんよ。

>unknownさん
冷血さんの発言の論旨から大幅に外れてると思いますが…。その番組にしても麻薬を賛美していたわけでもなければTV版にいたっては薬物を注射するシーンさえなかったはずですが(確かビームになってた)。

>拝松徒さん
>倫理形成や道徳教育の視点から考えるべき
その考え方は確かに必要だと思います。ですが、具体的にどのようなものを「倫理的」「道徳的」だとするのでしょうか。私は「倫理」や「道徳」を考えるにしてもやはり何らかの指標は必要だと思います。そして「倫理形成」や「道徳教育」の結果の指標としても犯罪統計は妥当性を欠いてはいないのではないかと。指標という根拠なしに規制することは「なんとなく倫理形成や道徳教育に悪影響を及ぼすような気がするから」規制するというのと同義であり、「気に入らないから」という理由と大差ありません。たとえ多くの人が規制すべきだと思っていたとしても(そんな統計があるわけではないのでわかりませんが)、少数派の意見を無視して規制して良いことにはならないはずです。無視していいという人がいるならばその人にこそ道徳教育が必要でしょう。
>そもそも、ゲーム表現規制の論拠に犯罪統計を持ち込んだのが間違い。
私の知る限り規制派の人は皆「犯罪が増えているから」という前提から規制を唱え始めています。その状況で前提を否定するために犯罪統計を持ち出すのはそんなにおかしいことでしょうか。
>露出度の高い服装と痴漢の発生件数は、明らかに相関関係が有るはず
今回の件とは悲しいくらいにまったく関係ありません。話題にしているのは「ゲームをするその人が犯罪を犯す」因果関係で、これは「露出度の高い服装をするその人が犯罪の被害に遭う」因果関係ですから。被害者である側が規制されないのは当たり前です。
>拳銃による死亡事故が少ないから拳銃規制は必要ないなんて言う人も、
これも無関係です。事故と事件は別物です。「ゲームによる事故が少ないから規制は必要ない」なんて主張しているわけじゃありません。ついでに、既にある規制を続けることと新たな規制を設けることも別物です。後者では従来より不利益をこうむる人が必ず出てくるから問題になるんです。
>プラスにもマイナスにも作用するのは認知されているので、(中略)規制してしまえってのはいかが?
プラスにも作用するのに規制するっていうのは筋が通っていません。
>必要と認められる人はちゃんと買える >メーカーさんも困らない
「悪い冗談ではあるけれど」とは書いてありますが一応反論。買う手段があれば良いって問題ではありません。例えばTV番組一本見るのにわざわざ処方箋をもらってこないといけないしたらどれだけの人が今と同じようにTVを見続けると思いますか? ゲームも同じこと。そんな面倒なことになったら多くの人は他の娯楽に流れていきます。そうなれば利益が確保できないので作り手もいなくなります。こうして文化が一つ消えていくわけです。規制すれば文化を潰しかねない以上、規制には確固たる根拠が必要だと反対派は言っているのです。
>ニート
話がずれますが働く意欲の無いニートはここ10年間増えていません。下の資料の表2を見ればわかりますが、10~19,20~24歳の非希望者数は減少しています。
http://www8.cao.go.jp/youth/kenkyu/shurou/chukan.pdf
(内閣府 若年無業者に関する調査(中間報告)(pdfファイル))

>くろちゃんさん
少年凶悪犯罪減少のデーターがゲーム規制不要論の根拠にならないのは否定しませんが、ゲーム規制必要論の根拠は(今のところ)どこにもありません。この状態で必要だといわないのはある意味当たり前のことです。(その当たり前を無視する政治家がいるのが問題なのですが)

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