ソフトウェアは私たちに幸福をもたらすことができるのか

思考実験:2010年「殺傷ゲーム禁止法」制定

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 あまりにも痛ましい事件が多すぎる。

 ここのところ立て続けに、少年少女や若者による、放火、殺人などの事件が起こっている。個々の家庭の問題や教育問題として取り上げられることも多い。しかし、これらの痛ましい社会現象に対してIT業界は積極的に取り組むことはできないだろうか。

 そのアイディアとして、「殺傷ゲーム禁止法」の制定を考えてみたい。

 私は、若い人たちがこれだけ人の命を軽く扱うようになった最も大きな原因は、家庭でも学校でもなくテレビゲームではないかと危惧している。ゲームの中ではあまりにも安易に人を殺す。しかも、昔のゲームと違い最近のゲームのリアリティの高さといったら、映画かと思うほどのクオリティだ。「リセット症候群」などという言葉もあるが、残念ながら現実の世界ではリセットしても死んだ人は生き返らない。

 このような悪影響をなくすために、テレビゲームから殺傷シーンを一切排除するというのが「殺傷ゲーム禁止法」の主旨である。殺傷シーンがあるテレビゲームは一切販売してはならない。営業停止などの罰則も付ける。抜け道を通る輩も出るだろうが、これを社会的に「罪である」と定義付けるところにまず意味がある。 

 反対意見は、まずゲーム販売会社から出るだろうか?営業に影響が出ると。ストーリーが成り立たないと。ゲーム機の販売会社からも出るだろうか?市場の縮小を招くと。プレイヤーの反対署名なども起こるだろうか?楽しむ権利を守れと。もしかしたらマスコミからも?表現の自由を守れと。

 しかし、昨今の事件はまだ前兆でしかないのではないかと危惧している。幼いころから人を殺すゲームに親しみ、命の重みに実感のない人たちがどんどん増えている。いま事件化しているのは、実はほんの一部で「俺だってやってたかも」と思う予備軍は数知れないのではないだろうか。そして、これからも。

 殺傷シーンがなくても面白いゲームソフトは数多く存在する。ゲームソフトが世の中に不幸を撒き散らすツールとなる前に、この法律を制定してはどうだろう。既存のビジネスとの関係を考えると施行は2010年あたりが適切ではなかろうか。メリット、デメリット、出そうな賛成、反対意見、考えられる影響などについて、オルタナティブブログ読者の皆さんと一緒に考えてみたい。

 皆さんの意見をお待ちしています。

[2006/07/08 追記] こちらに続きます。⇒「思考実験」の続き:なぜ「強姦」は禁止で「殺人」は禁止でないのか?

Comment(50)

コメント

悲しい事件が多く、本当に心が痛みますよね・・・
私の場合、ゲームよりテレビの報道が気になっています。

テレビのニュース報道などで、殺人事件などの報道を、子供には見せないような(映画でいえば、R指定、ペアレンタルガイダンス指定のようなもの)仕組みがあってもいいのではないかと、思ったりもします。

どうもニュースを見ることで「ああ、このような方法もあったか」と感じて、実行に移してしまったケースが多いように思われます。ネットで知り合った人たちの練炭による事件も、ニュースで報道されるとその後に続いたことからも、ニュースは関連あると思うのです。

ねこ

CEROのレーティングはご存知ですか?Z指定はご存知ですか?

ゲーム(に限らずテレビ、映画、漫画といったコンテント)の内容を知り、子供に丸投げせず、適切なコンテキストを与える役目をするのは家族・学校・社会の責任だとおもいます。

…そこまで親も大人も成熟していないところに問題があると思います。「ゲームはよくわからないが悪いから規制しろ」…ゲームの内容について子供達と話し合ったことがありますか?印象できめつけていませんか?

確かに、暴力・殺傷シーンが主体のゲームは何かしらの影響力をもっていると思います。
詳しいことを忘れてしまったので申し訳ないですが、ある心理学者が「テレビ等で暴力的なシーンを見るとき、心の中ではその行為に参加している」と言っていたことを思い出しました。
ゲームになれば心だけでなく、行為としても半分参加することになるので危険ですよね。

先日、中学生の弟が暴力的な映画を見ていたとき、悪い影響を避ける為チャンネルを買える様に提案したら、母は「強制は良くない。」と、言いました。
これは、ゲームやテレビの殺傷シーンが現実の犯罪につながりうる可能性を低く見ている、ということでしょうか。
もしそうなら、殺傷シーンを含むゲームを法的に規制して、強制的に押さえつけるよりも、殺傷シーンに起因する犯罪が溢れる前に、危機感を持たせる策をとった方が有効なのではないでしょうか。

きょこさん、コメントありがとうございます。
そうですね。報道も気になります。ただ、私が、ゲームの殺傷シーンが問題だと感じるのは、バーチャルリアリティ=体験だという点です。自分自身がバーチャルに殺す体験をするという点で、報道や映画と違った影響があると考えています。

ねこさん、コメントありがとうございます。
CEROの件、詳しく知っているわけではないですが、今回ここに書く気になったのは、昨今の事件に加えて、Z指定が始まったニュースを最近読んで「これじゃあまり効果ないのでは?」と思ったことがあります。CEROの自主規制の問題は、映画などと同じように描写・表現に重きがおかれていて殺すという行為については問題としていないのではないでしょうか?上記の繰り返しになりますが、映画などと同列の描写・表現よりも体験に問題があると考えています。

ようさん、コメントありがとうございます。
そのとおりだと思います。ゲームだと「その行為に参加している」ということが問題だと思います。この点が、映画や報道と決定的に違うのです。「殺されるシーンを見ること」と「自らの操作で殺すこと」には大きな違いがあるのではないでしょうか。それから、ご提案の危機感について言えば、バーチャルの問題は「痛くない」「傷つかない」ことだと思います。もっとリアルで喧嘩して怪我をしてこそ自分の感覚として身につくと思うのです。

Kazu'Sさん、トラックバックありがとうございます。
「危ないモノを近づけるな?」の主旨、賛同します。リアルな「危ないもの」を遠ざけて、「バーチャル」な体験ばかりになってしまっていくことが問題だと思います。子供も過保護になって自分で痛い思いもしない、怖い思いもしない。バーチャルだけが体験になってしまっていくことは怖いと思います。Kazu'Sさんの論点でデフォルメして言えば、私の考えは「リアルな危ないモノを近づけろ」ということになるでしょうか。

ねこまっしぐら

「危ないものを近づけろ」というと、考えなしに批判する声が出てきそうですね。
もっと簡単にいえば、前のコメントで仰っていたような「ケンカを実体験しろ」ってところでしょうか。
たまに漫画などで出てくるフレーズですが、
「殺すのが上手いヤツなら、生かすのも上手いはずだ」
というのがあります。
ある行為とその結果を実体験で知っているからこそ、その結果に至らない手段や加減を知っている。
今の少年犯罪が多いのは、ゲーム等からの影響以上に、こういった様々な「加減」具合を知らない、知る機会の少ない環境(外で遊ばない、相手に対する不満を溜め込む等)にあるためではないかと思います。

アンダーグラウンド化する、という恐れはどうでしょうか?禁酒法の例を引き合いに出すのは安易かもしれませんが、規制を強化することによって、逆に規制の及ばないブラックマーケットを生み出してしまうという危険性について考えておく必要があると思います。
「人を殺すシーンが見たい」というニーズが本能に基づくものなのか、ゲームや映画、TVの影響によるものかは分かりませんが、現状でそのようなものが溢れている以上、禁止してもニーズはすぐに消えないでしょう。欲望があれば、それを満たす手段が必ず現れる・・・と思うのですが、どうでしょうか。

nra44376

このような統計もありますが、少年犯罪は増えているのでしょうか。
http://kangaeru.s59.xrea.com/G-Satujin.htm
私はこの統計が正しいものなのかちゃんと確認していないのですが、この統計が正しいならゲームにはそれ程大きな影響力は無いのではないかと感じます。

ゲームとはそもそも何かと言えば「ごっこ遊び」です。
ヒーローごっこ、スポーツ選手なったり車を運転したり、チャンバラをしたり。昔はそれを友達同士、新聞を丸めてやっていた事を今はテレビに向かい機械が相手をしている。
若い人が命を軽んじている?それは単に大人が命の大切さを教えていないからでしょ?(年配の異様な殺人もニュースで多々あるのに)
あなたは子供と命ついて一体どれぐらいの時間話をした事がありますか?
ゲームは元々教科書や教材ではありません。気分転換、娯楽といった遊びの道具ですよ。人間、娯楽に現実では味わえない刺激を求めるのはごく当然。
ゲームの内容の規制なんてのは
映画で超能力で気持ちよく空を飛んでいるのを見て「子供が真似して窓から飛び降りたらどーするんだ」と言っているようなもの。
現実で出来ないこと、してはいけない事、道徳や常識を教えるのは刺激ある娯楽ではなく親の役目でしょ。
大切なのは親が子供と向き合う時間を作る事。結局のところゲームをしたからそーなったのではなく、親がゲームを買い与え放置し続けるだけで、本来子供の成長時に得るべき他の大切な経験や時間が著しく低下した結果、判断力の無い子供が増えている。それだけです。
成長過程における子供への年齢制限等の規制はゲーム業界はすべきだと思いますが、ゲームをする時間の制限、自然や生き物と触れるきっかけ、親、友人と接する時間を作るのは親の役目ですよ。

お邪魔します。ゲームの影響は少なからずあるのかも知れませんね。
ただ、これを隠したらこちらが出てくる、という事実もあるのではないでしょうか。モグラ叩きになってしまう可能性があるんじゃないだろうか、と思います。
現実を、親が一緒に説明していき、正しい方向に導く。そんな家庭環境が必要なように思います。
そういえば、僕が子供の頃にいた、「近所の怖いおじさん」っていなくなりましたね。

kxyz

私は「ゲーム的」な凶悪事件より
「刑事ドラマ的」や「中高生向け漫画雑誌的」な凶悪事件の方が多いような気がします。
ゲームについてそこまでの極論に至る以前に
そういったメディアも少し覗いてみてはいかがでしょうか。

とおりすがり

どういうデータに基づいて話をしているんでしょうか。
じっさい、少年の凶悪犯罪は長期トレンドとしてはむしろ低下傾向らしいんですが。
http://www.n-seiryo.ac.jp/~usui/news/toukou6.18.html
http://mazzan.at.infoseek.co.jp/lesson2.html
このデータを見る限り、どちらかといえば現代のゲームは少年の凶悪犯罪の抑制に効いているのではないか、という仮説を立てるほうがむしろ自然だという気がします。
上記にも「たった一、二件の残虐な殺人事件を、マスコミが大袈裟に騒ぎ立てることで、いかに大衆に誤ったイメージを植えつけることが可能か。情報操作の恐ろしさを、まざまざと見せつけられます。」とありますが、これにまんまと引っかかっただけじゃないのでしょうか。

スラー

確かに、最近痛ましい事件を見聞きする事が多いと思いましたが、痛ましい事件が多いからなのか、痛ましい事件を知る機会が増えたからなのか、誰かがわざと事件を痛ましくしているのか、もはやそれすら区別がつかなくなりつつある気がします。
そんな中、とりあえず、残酷なゲームが本当に真に残酷な事件に関連しているのか、それを統計学的にまとめてからの禁止法かなと思います。

いちゲーム好き

俺も、AVのように悪影響があるのが明らかなゲームを、子供が買えない様にするような仕組みは必要なのかもしれないとは思います。でもいきなり禁止というのは、上の禁酒法の例にもあるように、タバコや酒をいきなり完全禁止にするような無謀なのではないですか。
CEROやZ指定が機能してない? 俺も判定基準などには疑問です。なら機能するようにするのが最初なのではないですか? それが無理だというのなら、いっそのこと全てのゲームを全部18禁にしてくれてもいいです。子供に害があるだなんだと、自分たちの責任からは目をそらし、ゲームに全てを押し付ける大人からゲームが逃れられるなら、その方がよっぽどいいです。
殺傷ゲームだけが悪いのであって、他は関係ないとでも言いますか? 一度そんな暴挙が通ったのなら、いずれまた他の物に責任を押し付け、規制をし続けるでしょう。
というか、誰にも悪影響のない娯楽なんてあるんですか? もしあるのなら、それを子供にやらせればいいんじゃないですか。ゲームを与えたのは大人です。

酒やタバコが生活に欠かせないものになっている人がいるように、俺はFPSや、その他のゲームをやる事が生きがいなんです。それをなぜあなたは取り上げてしまうんですか?いい年してゲームやってないで他に生きがいを見つけろって事なんでしょうか。同じように酒やタバコは子供に悪影響だからやめろって周りの人に言えますか?

わたしからゲームを取らないでください。

言葉汚くてすみません、でも本当にもう一度考えて欲しかったので書きました。

最近いくつかあった少年犯罪でもゲームのしすぎではなく 「勉強のしすぎ」や「スポーツのしすぎ」と思えるものもいくつもあったように思います。
それらも、べつに勉強やスポーツが悪、勉強をしたから犯罪を起こすようになったわけではないですよね。勉強ばかりして他の大切な経験を得る時間を逃してしまい判断力の無い子供なった、それだけです。
結局どんな物でも度が過ぎれば毒となる当たり前の事。
ゲーム(遊び)もそれ自体が悪なわけでは決してありません。親子間で遊んだり時間をしっかり制限すればコミュニケーションの潤滑油、薬にもなります。

とおりすがり

もちろん、ゲームだけでなく、新聞、TV、小説、映画、演劇、歌詞、漫画、ラジオなどなどあらゆるメディアに同様の規制をするのですよね? もちろん、殺人とか強姦とかそういう言葉、概念自体も禁止するのでしょう? 当然、ワイドショー等で殺人事件を報道するのも禁止ですよね? 現実の事件の模倣が起きるのはよくあることですから。

 最近でも江戸川乱歩の小説の影響を受けて犯罪をした人がいましたし(犯人自身がそう供述していました)、昔ですが、大藪晴彦の小説を読んでそれを元に銀行強盗の計画を立て実行した人もいました。その人はそれだけでなく、直前に見た映画を参考に人質にした行員にひどいことをしました。TVドラマで飛び出しナイフを使っているシーンを見て、実際の犯罪に使った人もいましたし、悪影響といったら、映画、小説、TVドラマも例外ではないようです。
 実際、犯罪統計を読む限り、TVゲーム出現以前の方が犯罪が圧倒的に多いわけですから、ゲームの影響はごく僅かと考えざるえません。その僅かな影響でも見逃さないと言うのなら、上記のように実際影響を受けて事件が起きている他のメディアも見逃しには出来ないでしょう。

 それから、アメフト等のスポーツ選手などもちょくちょく強姦事件などを起こしますし、部活動で暴力沙汰が耐えませんから、当然、一部のスポーツも禁止するのでしょう。酒、パチンコ等の犯罪や幼児の死亡の原因になっている娯楽も禁止ですね。

 そんなわけでこの世を安全にするにはゲームを規制するだけでは足りないと思いますので、タイトルは2010年「殺傷暴力表現喚起禁止法」制定にするべきではないでしょうか?

LB

このエントリの「少年犯罪が凶悪化している」という
前提には大いに疑問があります。
思考実験をするならば、前提をきちんとおさえる必要があると思います。

何人かの方がリンクを張っていますが、
犯罪統計を見れば、少年による凶悪犯罪は数量的に1970年代以降横ばいであることが分かります。

また、一件一件の凶悪さという点についても、
http://blog.livedoor.jp/kangaeru2001/
こちらのサイトの内容を見る限り、
悪化していると言えるとは思えません。


このような事実をまず認識した上で論を展開なさることを望みます。

yasaikyo

>最も大きな原因は、家庭でも学校でもなくテレビゲームではないかと危惧している。

犯罪白書の統計を見る限りでは、少年犯罪は
テレビのなかった時代のほうが圧倒的に酷かったよ
なんでゲームが責任とらなきゃいかんのか理解に苦しむ
ゲームを規制したらよいと主張する根拠の説明をお願い

>いま事件化しているのは、実はほんの一部で「俺だってやってたかも」
>と思う予備軍は数知れないのではないだろうか

有害とされているゲームで一番有名なグランドセフトオート3は全世界で800万本売れている
このゲームの影響で事件を起こす奴が1%でもいたなら、8万件は事件が起きてるはずだよ

yokazo~

興味深い記事だったのでコメントさせていただきたいと思います。

まず、プレイヤーは果たして「人を殺している」という認識をもってゲームをプレイしているのでしょうか?
もし、そうでなければバーチャルだろうがリアルだろうが、そもそも、あなたのいう「体験」には成りえないと思います。

つぎに、娯楽とかそんな問題の以前にゲームは果たしていわゆる少年犯罪に対してそれを助長しているのでしょうか?
これを証明するには過去に少年犯罪を起こした人の生活や性格やその人の周辺の環境などを詳しく分析して、間違いなくゲームが彼らを犯罪に駆り立てた、という明白な結果が必要です。(実際にその結果を実践し本当にそうなることも確かめる必要があるでしょう。)それが出ない限りこの法案は社会に対して無為な負担を強いるだけのものとなるでしょう。

これは個人的な意見ですが、暴力シーンなどのあるゲームは少年犯罪を助長するという人に限ってほとんどと言って良いほどゲームに触れたことがないような気がします。
だれも、実際に見ていない映画の感想などいえないように、やってもいないゲームが果たしてどんなものかなどわかるわけが無い。
そんな状態でゲームを否定することはあまりにも愚かなことだと思います。

おやすみ

個人的には、メディアとしてのビデオゲームの特殊性とは
「社会的な影響力を持つ『ビデオゲーム好き』が少ない」ことに
尽きると感じています。

是非は抜きにして、規制してみたら結果はどうなるか、
と考えてみたのですが、効果を検証する方法を思い付きません。
単なる予想としては、これといって目立つ効果はなく、
もっと大胆な規制が必要だ、という方向へ進んで行くのではないか、と。

あとは...日本のみで規制した場合、輸入障壁として扱われるのでは?
もちろん、市場規模が小さ過ぎて問題にならないかも知れませんが。

UNION

はじめまして。
ゲームが子供に影響を及ぼすことはたくさんあると思います。実際ゲームを見て殺人をやったと供述する少年も過去にいたように思います。

このような問題を考えるときに、
まず自分はどうやって育ったのか? どのようにして人を殺すことを悪いことだと理解し、そうした行為を抑制できるようになったのか?
ということを考えるべきだと思います。

自分の経験に即していえば、なぜ殺人を犯さないかといえば、人の「生」の尊さを身近な「死」によって知ったからであると思います。
例えば、幼い頃にすごく自分を可愛がってくれた祖父が死に、もう決して生き返ることはないと教えられたことや、初めて飼い、熱心に育てたペットが死んでしまったことなどです。こうした事から生命は一度死ねばもう還ってくることのない尊いものであり、その「生」は大事にしなければならないということを「本能的」に知るのです。

また、暴力行為や破壊行為、いじめ、けんかといった行為は、私たちの世代は、親や学校、もしくは地域の人などにとてもこっぴどく叱られました。ある時は、相手の立場に立って考えればどんなに辛いかということを理論的に納得させられたり、ある時は感情的に殴られたり、もしくは自分の代わりになって相手に謝る親の姿を見て、そうした行為が重大な事であると「社会的」に知るのです。

私が思うに、現代の子どもにとって、一番不足している事はこうした経験であるように感じます。親戚が死んでも迷惑を掛ける事を嫌って子供を家において葬式に連れて行かない親。受験勉強や過保護さゆえに生物や自然との接触をさせない親。嫌われるのを恐れて叱らない友達親。腫れ物に触るようにこどもに接する学校や社会。

こうした環境で育ったこどもというのは圧倒的に経験・体験不足に陥り、殺人や暴力シーンを含むゲームや映画・テレビの影響をより受けやすくなってしまうのではないのかと感じます。

「殺傷ゲーム禁止法」という法律は、こうしたこどもへの影響を避けるという意味ではとても効果があるのではないかと感じますが、これは結局その場しのぎの法律であり、真に議論すべきは、どうしたらこうした表現に影響を受けにくい子供を育成できるのかという抜本的な部分なのではないでしょうか?

すてぃんがー

今や、ゲームはちょっとした技術があれば個人制作も簡単です。
実際に、同人誌ならぬ『同人ゲーム』や、オンラインで配布されているフリーソフトが、数えるのもばかばかしくなるほど溢れています。
これらは、当然商業上の決まり事に縛られず、自由な表現の手段の一つとなっています。
仮に規制対象が商業ゲームに絞られれば、当然同人・個人制作ゲームによるブラックマーケット形成が起こりえます。
逆に全て規制対象になれば・・・こちらもこちらで洒落にならない事態を招くでしょう。

そして、『殺傷表現』の定義もどのようなものか。
スーパーマリオのようなコミカルな表現はOKかNGか。
バイオハザードやGTA等のような暴力表現も、プレイヤー自身がただ娯楽として楽しんでいるだけだし、まだまだ甘い方だしOKじゃないかという見方だってあり得ます。

監督

なんか読んでいて「ボーリングフォーコロンバイン」を
思い出しました。

キキ

私が子供の時に、チャンバラごっこをよくしましたが
あれこそ「殺傷ゲーム」だったと今になって反省しています。
あの遊びを子供たちが近所の公園で今でもやっているのを観るとぺしょぺしょの棒で叩いていて、実際に切られたときの痛みなど考えていないようです。
恐らくゲームの比ではないほど「人を切る」をいう感覚を欲するようになるのではないでしょうか?
2010年「殺傷ゲーム禁止法」よりも「チャンバラごっこ禁止法」のほうが早急に必要だと思います。

また上記の「殺傷暴力表現喚起禁止法」ですが、人を傷つける心配のあるものを無くすためには、表現の自由程度のものは無くしても良いと思うので大賛成です。

皆さん、数多くのコメント本当にありがとうございます。反対意見が多いですね^^;
以下、テーマごとにコメントさせていただきます。

■統計について
nra44376さん、とおりすがりさん、LBさんに調査の資料を示していただきました。確かにこれら4つのの資料を見ると近年凶悪犯罪が増えているとは言えないし、ロングスパンで見ると減少しています。しかし、最近の報道では「少年少女の凶悪犯が増えている」とコメントしています。これは、とおりすがりさんからし示していただいた2番目の資料の結論のとおりマスコミの捏造なのか?それともスラーさんの指摘のように触れる機会が増えたことでそういうイメージを持っているだけなのか?それから、とおりすがりさんから示していただいた一番目の資料にある法務省の統計と警察庁の統計(短期的に見れば増加)が違うというのも興味深いですね。いずれにしても、ここで示していただいたデータ群からは、ゲームの無かった時代と統計データ比べると少年少女の凶悪犯が増加しているという前提は間違いであるということが導きだされます。この点について、他に情報や意見をお持ちのかたがいらっしゃればコメントお願いします。

■アンダーグラウンド化について
アキヒトさん、大木豊成さん、すてぃんがーさんのご指摘のアンダーグラウンド化は確かに大きな問題で、ある意味避けられないと思います。ただ、「麻薬」や「売春」もアンダーグラウンド化しているのは事実ですし、だからといって立法化の意味がないとは言えないと思います。どうでしょうか。

■ちゃんばらについて
慶さん、キキさんにチャンバラの話をいただきました。私は、チャンバラこそすべき体験と思います。それは「痛い」からです。つよく打てば痛いし怪我をすることだってあります。チャンバラとゲームの大きな違いは、痛くないことです。この点から考えると、もしかしたら業界の進むべき方向は、よりリアリティを高めて打たれたら痛いゲームにすべしということかもしれませんね。

■規制の範囲について
とおりすがりさんから、「ゲームだけでなく、新聞、TV、小説、映画、演劇、歌詞、漫画、ラジオなどなどあらゆるメディアに同様の規制をするのですよね?」という質問をいただきましたが、私の案は、「自分が実行する」という点にフォーカスしていますので、その点からいくと「新聞、TV、小説、映画、演劇、歌詞、漫画、ラジオ」は対象にはなりません。多くの方の指摘では、「表現」と「バーチャルな実行」を区別されていないようですし、CEROの規制も「表現」に重きが置かれていますが、私は違うのではないかと思っています。他の方の意見はどうでしょうか?

■言論の影響力について
おやすみさんの「社会的な影響力を持つ『ビデオゲーム好き』が少ない」は、まさに指摘の通りと思います。またyokazo~さん指摘の「暴力シーンなどのあるゲームは少年犯罪を助長するという人に限ってほとんどと言って良いほどゲームに触れたことがないような気がします。」というのも、確かにテレビコメンテータや活字媒体に意見を書く人には多分ゲームマニアは少ないのだろうと感じます。私の近くに社会的に大きな発言力はないけれども大のゲーム好きは何人かいますので、ゲーム好き人間からの意見を聞いてみたいと思います。ちなみに、私自身は以前はゲーム開発にも携わっていたこともありますし、ゲームそのものは好きです。時間の都合で最近はプレイしませんが、以前はドラクエにもはまっていました。この案は、「ゲーム=悪」という前提ではないのでよろしくおねがいします。ゲームソフトはソフトウェア産業のなかで唯一輸出に成功している分野なので、これはこれからも成長して欲しいし、見習いたいと考えています。

■親の対話、親の責任について
ねこさん、慶さん、UNIONさんのご指摘の、親と子の問題については、まさにおっしゃるとおりと思います。特にUNIONさんのおっしゃることは、深く共感します。私自身、田舎で育ってイカダや鉄砲やカートも自作したり、悪いことをしたらこっぴどく叱られたり、溺れかけたり火傷したり、いろんな経験をしたことが今の自分の心身形成にに役立っていると思います。一方ゲームでは、いろんな体験はできるでしょうが、親にこっぴどく叱られるわけでもなく自分が痛いわけでもない。親や子供の遊ぶ環境を変えればということもできるのですが、もともとの発想の「IT業界でなにかできることはないか」という点で考えると、何かできることがあるでしょうか。うーむ。ちょっと考えて、一つ思いつきました。「子育てシミュレーション」です。生まれたときから子供を育てて、ちゃんと叱ったり実体験させてあげるというゲーム。しかし、これもまたシミュレーションの通りにいかないだろうし(笑)。もう少し考えて見ます。

■業界自主規制の謎
ねこさん、いちゲーム好きさんの指摘を受けて、改めてCEROの規制(http://www.cero.gr.jp/regulation.pdf (PDF 215KB)
)を読んでみましたが、大変興味深い事実がわかりました。それは、
「麻薬・抗精神薬などの不正使用」
「売春・買春」
「近親姦・強姦」
「未成年による飲酒・喫煙」
などのリアルワールドでの犯罪行為については具体的に「禁止」の対処になっているのに、「殺人」「暴行」についてだけは、
「テーマ・コンセプト上必然性の無い大量殺人・暴行」
だけが禁止で、非常に甘い規制となっているということです。なぜ、「殺人」「暴行」だけが他の違法行為と違う形で甘く規制されているか?また、それでOKとされているのかご存知の方いらっしゃいませんか?

別の通りすがり

平野さんのURLにあったCERO倫理規定を読みました。6ページの禁止表現のことだと思いますが、これは確かにおかしいですね。「麻薬」「強姦」は禁止なのに「殺人」「暴行」は禁止じゃないのはメーカーの都合としか思えませんね。

こないだドラマで死んでた人がバラエティにでてました。

探偵モノで殺人事件が無くなると浮気調査が主流になるのかな。
浮気Hは禁止事項では無いみたいなのでそれはそれで別の楽しみがあるかも。

yasaikyo

>凶悪犯が増加しているという前提は間違いであるということが導きだされます。
>この点について、他に情報や意見をお持ちのかたがいらっしゃればコメントお願いします。
 
統計でこうなってることについてのブログ主の意見がまだだよ
それにこの話題で統計を持ち出す人は大概同じ事を言うと思うし。

>また、それでOKとされているのかご存知の方いらっしゃいませんか?

推測に過ぎないのだろうけど
他のメディアの自主規制基準に合わせてるんじゃないの?
とりあえず俺は暴力を禁止したメディアを知らんし

hikky

少々乱暴な書き方となりますが、自分の率直な気持ちを丁寧語で書くことが不慣れなためご容赦願います。
(自分の中の意味が変質してしまわないか心配なのです。)

ゲーム・漫画・アニメなどによって犯罪が誘発されると「そのメディアに正面から触れたことが無い人」がおっしゃるのは、
指摘の内容以前にその方がまず現実とバーチャルの区別がついているのか?と気になります。

ロックが不良の音楽といわれたのは70年代ごろでしたか?
本当に不良の音楽だったのですか?

hikky

申し訳ありません。「そのメディアに正面から触れたことが無い人」といいましたが、コメントにまでは目を通していませんでした。


ただ、上で言ったような人もいるということを念頭において活動していただけたら幸いです。
そういう人は規制・反規制派双方の利益にならず、規制の暴走の素となりますので・・・・・・

しん

どちらかといえば最近は50歳とか、70歳の殺人事件の報道などのほうが気になります。若者の起こした痛ましい事件、というのはすでにフィルターのかかった見方で、実は単に社会不安が全体に広がっている中での現象の一つに過ぎないのではないかと。つまり明るい未来を提示できなくした大人の責任で、若者が将来の不安から刹那的な傾向になることを何かの理由を付けて目を逸らしたいだけではないか、とこれは私の印象です。

あるいは世代間の確執と見ることも出来ます。こういった規制は子供への悪影響を大義名分として掲げますが、大人が理解可能な扱いやすい子供にしたいという意図が含まれているように思います。自分たちと同じ思考、思想を植えつけたいという大人の願望の押し付けです。

話の始まりが「~ではないか」という単なる印象からなので、突っ込みを入れるのもどうかとは思いますが、発想の出所が論理的な思考か、感情的なものなのかを分離して考える必要があるかと思います。論理的なものなら、もう少し客観的な根拠が欲しいですし、感情的に法律まで提案されると反発は大きいかと思います。スケープゴートとしてとりあえずコレを規制してみよう、ということならばなおさら徹底的に根拠を提示していく必要があるかと思います。

ただその場合はむしろ、信仰により(または単純に嫌いだから)殺傷ゲームは規制すべきだ、と言われたほうが意見としては納得がいきますが。

言葉遊びをするならば例えば「親は近所の子供(または自分の子供)を殺す事があるので、子供はすべて国が保護して養育する」という制度を思考実験することも出来るかと思いますがいかがでしょう。つまりこれは、何を原因にしたいか、という大人の都合のお話だと思うのです。

goro

これを一度呼んでください。
http://kangaeru.s59.xrea.com/
犯罪は年々減少しています。
犯罪が増えていると書いて見えますが、このような資料に最低一度は目を通して物事考えてほしいものですね。
無知でかんがえた妄想ですか?
あなたの考えですが、表現の規制派の考えを鵜呑みにしてるだけにしか見えません。
本当にこのような物事を考えるなら資料ぐらい見てください。
そもそも臭い物に蓋だけして、犯罪が減るという考え方自体が滑稽にしかみえません。
遊びのなかからも学ぶものもあるし、そのようなものでしか学べないものもあります。
あなたも子供のとき体験した遊びから何も学んでいないのですか?
それと、遊びも時代とともに変わっていくものです。
その変化をうけいれて、理解してあげてください。
子供の遊びを理解せずに教育をするのがまずまちがいです。
あと、なぜ私が、あなたが何一つ理解してないか決め付けているわけも書いておきます。
あなたの考えた文章見せていただきましたが
このような考え方にしか見えません。

今時の若者子供は理解できない。
理解できないものは悪に違いない。
理解できないことをしている人間は犯罪者予備軍だ。
だから私の考えを押し付けよう
従わないものは犯罪者にしてしまえばいい。
私の考えは正しいのだから!

どこのファシズムですか?
そのような規制独裁教育のもたらす未来を考えると絶望しかありませんね。
あともうひとつ
子供の立場で考えてください。
いままであそべたおもちゃを一方的に大人に取り上げられて
「私の考えに従わないと、おしおきするよ。」
といわれて子供はどうおもいますか?
まず感謝することはないでしょう。
そして子供は大人を恨むでしょう。
そして子供は高い確率で非行にはしるでしょうね。
自分を理解してくれない大人の元で自由も何一つない場所で、子供がまっとうな教育にしたがうことはまずないでしょう。

toru

カウンセリングで子供と心が傷ついた子供と向き合う機会が多い立場として気になった点へコメントします。

>人の命を軽く扱うようになった最も大きな原因は、家庭でも学校でもなくテレビゲームではないかと危惧している

はっきり言うと違います。家庭や学校で心に傷を負う子供はまだまだ多いです。
逆にテレビゲームで、心の傷を回復する子供も多いです。
まあ、ここで書かれた『残虐ゲーム』はある程度、判断の出来る子で、『想像』出来る子供にしか薦めません(基本的には考えるゲームを薦めていますが)

そして、ここに書かれた部分で判断すると、ゲームをプレイしておらず、いわゆる自分の考え、空想のみで結論を出してるように見受けられます。

私自身が子供を理解する立場でありたいので、子供のやっている事、流行っている事はほんの少しであろうとも体験してから話をするようにしています。
「大人に理解されず傷つく」子供が多いので。

少し乱暴な言い方かもしれませんが、理解しない大人には子供は絶対ついてきませんし、それは大人になっても無意識に残るものです。
仮にもリーダーとして会社を起こされた方なら、それがどれだけ重要かおわかりだと思うのですが。
「人、モノ、金」どれも重要ですが、一番難しく重要なのは、人であり心であると思います。

それでは長々と失礼致しました。

asitaki

殺傷ゲーム

キノコを踏み潰すオヤジゲーム
スライムを銅の剣で叩き切るゲーム
釣りゲーム
昆虫採集ゲーム
ハエ叩きゲーム

最近は残虐なゲームが多すぎる

ぬっぽげ

数少ない事件を何度も連呼し「体感治安の悪化」「少年犯罪の凶悪化」を煽っているのがマスコミ
であるのが、データとしても明らかになっています。

少年犯罪『報道』急増化データ
http://ameblo.jp/hiromiyasuhara/entry-10011113761.html
>まず、実態とかけはなれた「治安悪化神話」なるものがどのように作られたかであるか。
>大きく寄与したのは「少年犯罪」報道である。
>犯罪学者、浜井浩一さんの論文からのデータを抜粋します。下のグラフを見て欲しい。
>もう一目瞭然である。「少年犯罪」が急増したんじゃなくて、
>「少年犯罪報道」が本当にものすごく「爆発的に急増」しているのがよくわかる。
>(略)
> 殺人の認知件数は減少傾向又は横ばいであるのに対して、「凶悪」+「殺人」(の報道記事)は
>1988年以降記事件数が上昇し、2000年に急上昇している。
>つまり、現実におきている殺人事件の認知件数とは無関係に、記事件数、
>つまり報道量が増えているのが分かる。
>しかも、単に「殺人」ではなく、「凶悪」というキーワードを同時に使用している記事件数が
>増えているのである。

>※参考資料
>浜井浩一『日本の治安悪化神話はいかに作られたか――治安悪化の実態と背景要因
>(モラル・パニックを超えて)』

まがりなりにも思想実験というなら、基礎的な統計データを抑えてしかるべきではないでしょうか?

冷血

はじめまして、平野さんの意見及びこの場の議論に対して私見ながらいくつか意見をば。
犯罪心理学的な立場に立った場合、ゲームが犯罪を誘引していると考えるのは明らかに無理です、それは現在メディアと犯罪の関係において最も有力とされている限定効果論や犯罪統計等を見れば直ぐにわかります、ゲームが教育において何かしらの悪影響を与えているかどうかはさておき、こと少年犯罪の増加において議論の余地はないと思います。
ですが少年犯罪が増加していてそれはゲームが原因であるという説は根強く、また前述のような統計や論文を知らない人が聞けば「ああ、確かにそうかもな」と思わせられるある種の説得力を持っているように思えます、実際私も色々と調べてみるまで少年犯罪は増えていると思っていました。
何故増加していない少年犯罪を増加しているように見せかけるのか、そして何故あたかもゲームが原因であるかのようにのたまうのか、この不自然さにこそ見せかけの少年犯罪増加などとは全く異なる社会が抱える真の病巣があるように思えます。
この点皆さんはどうお考えですか?

一昨年

まず、ゲームの影響力についてですが、まだ明確なデータは出ていないのでなんともいえません(ゲーム脳や脳内汚染はインチキなようなので手を出してはいけませんよ)。ゲームの影響で事件を起こす人もいるかもしれませんが、そういった人は他のメディアの影響で事件を起こすかもしれませんし、何者にも影響されなくても起こすかもしれません。

>■統計について
一つだけいえることは、マスコミは視聴率のためなら世間を煽ります。実際に犯罪が増えていなくても、犯罪が増えているように見せかけないと、視聴率が取れないのでしょう。
>■アンダーグラウンド化について
売春や麻薬は形があります。そこがゲームとは違うところです。ゲームはデータ化できるので、他の禁止されているものに比べれば伝播がはるかに簡単です。それにゲームは既に相当量出回っています。麻薬などと違い、ゲームは減ることはありませんので、新規をとめても効果はあまりありません。
>■ちゃんばらについて
いくら自分が痛みを感じたとしても、可能なことはせいぜい「殴られたら痛いだろうな」といった程度のことです。相手の痛みを実際に感じることは生物学的に不可能なので、結局個人の理性、想像力に任せるしかありません。そうなのであれば結局ゲームも実体験もあまり大きな変化がありません。
>■規制の範囲について
私としては、ゲームを規制するなら他の表現媒体であるテレビ、映画、本、ラジオ、演劇なども含むべきだと思います。いくらゲームの描写力が優れているとしても、実写とは明らかに違いますので影響力だけを考えれば映画やテレビなどの方が強いでしょうし、昔からのことを考えれば信用度から言って活字媒体の影響力には計り知れないものがあります。

あと、ゲームが子供に悪影響を与えないことを証明してみろ、なんてことは言わないでください。悪魔の証明になってしまいます。
関係ないかもしれないですが、過去に比べれば犯罪件数も下がっていることを考えれば、ゲームのおかげで犯罪が減ったという結論も導けますね。
なお、何かあったらリセットすれば良い、なんて安直な考えをしている人は、ゲームやっている人にはいないと思われます(あくまでも体感ですが)。ゲームだってリセットすればやり直せるような甘いものではありません。

できれば御返事お待ちしております。

K

うまくいえないのですが、バーチャル(昔の流行語?)な影響と言う意味において、私はゲームは映画に比べると、実は割り切っているので、リアリティがないと思います。
それは、ゲームはプレイヤーが操作をするため、時間の流れなどの制限があり、深い部分で演出的な壁を感じてしらける場面が多いと感じるからです。(例:同じ場面が繰り返される)

私はゲーム大好きですが、ゲームの面白さは記号を動かす面白さやルールであって、突き詰めれば将棋やスポーツのようなものだと思います。絵や世界設定はきっかけではありますが本質ではなく、それは最初だけと感じます。

ヒットしているゲームがある場合、操作性がよく考えられており、ルールが練られているから、時間を忘れて楽しめているのであると思います。ゲームをやらない方は、怖いゲームを見たとき、絵がリアルなので、傍から見るとギョっとされるかも知れませんが、それは単に流行のジャンルなのです。面白いゲームが害というならば、議論の意味があると思います。

K

うまくいえないのですが、バーチャル(昔の流行語?)な影響と言う意味において、私はゲームは映画に比べると、実は割り切っているので、リアリティがないと思います。
それは、ゲームはプレイヤーが操作をするため、時間の流れなどの制限があり、深い部分で演出的な壁を感じてしらける場面が多いと感じるからです。(例:同じ場面が繰り返される)

私はゲーム大好きですが、ゲームの面白さは記号を動かす面白さやルールであって、突き詰めれば将棋やスポーツのようなものだと思います。絵や世界設定はきっかけではありますが本質ではなく、それは最初だけと感じます。

ヒットしている残酷なゲームがある場合、操作性がよく考えられており、ルールが練られているから、時間を忘れて楽しめているのであって、残酷な世界観に陶酔しているからではありません。(「偉い人」がよく間違えて、何でも作れば売れると、思ったりする)ゲームをやらない人は、絵がリアルなので、傍から見るとギョっとされるかも知れませんが、それは単に流行のジャンルなのです。ゲーム好きはゾンビもやれば、蛙が飛び跳ねるようなゲームも同じゲームとしてやるのです。
面白いゲームが害というならば、議論の意味があると思います。

皆さん、多くのコメントをいただきありがとうございます。
実はこの話は最近友人と食事をしたときに結構盛り上がった話題で、ブログで話題を出してみるとどうなるだろうかという話になって書いたものです。ところで、その時に出た意見の中で、今回も出るだろうと思っていたけれどもまだ出ていない話題が3つあります。1つは、この話の発端ともなった最近米国で広がるゲーム規制法(イリノイ、ミシガン、ミネソタ、オクラホマ、カリフォルニア、ルイジアナなどの州で制定、ただしイリノイ、ミシガンなどでは違憲判決)の話題、2つめは「ゲームで人を殺したり暴行することで、ストレスが発散されて逆に精神的には良い効果を生むということがないだろうか」というゲームの効果面を考える話題、3つめは、ゲームベンダーのビジネス上の利害と責任をどう考えるかの話題です。逆に、監督さん指摘の「ボーリングフォーコロンバイン」(映画)や、社内ブログ(でも話題に:)で指摘された「反社会学講座」(書籍)あたりは全く話題に上りませんでしたので新たな発見です。

以下、個別にコメントさせていただきます。

mohno

「相関関係と因果関係は別物」
http://blogs.itmedia.co.jp/kurikiyo/2006/06/post_abd4.html より
高橋さんのトラックバックにあるとおり、ある程度の規制はあってよいと思いますけどね。「規制の強い米国の方が犯罪が多いんじゃないの?」と言われそうな気もしますが。
まあ、だから「相関関係と因果関係は別物」なんです :-)

>yasaikyoさん
コメント、ありがとうございます。

>統計でこうなってることについてのブログ主の意見がまだだよ

意見というより統計上の事実ととらえています。統計の話はリアルの話の時にも出ていました。しかし、これを書いてしまうと議論の広がりを制限してしまうので、表現を工夫したつもりでしたが、ゲームで犯罪が増加したと前提を置いたように誤解された部分があったと思います。

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