もうひとつの911
本稿は、2004年8月にとあるブログに寄せた内容です。私の友人から聞いた、忘れられないエピソード。ご紹介します。
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私の友人の中に、ニューヨークのワールドトレードセンター(以下WTC)96階からテロのその日、脱出してきた人物がいます。
彼は早朝より客先とのミーティングのためにWTCに上がり、仕事を始めたその頃、ビルに激しい揺れを感じ、その直後に「なにやらキナ臭い」匂いを感じて、本能で状況の危うさを感じ取って脱出を始めたそうです。
(2009年9月11日追記)
彼はアナリストです。かつて、化学産業分野の分析を担当した経験があるそうです。常々ファンダメンタルな分析を主軸としていた彼は、業界のことに詳しくなろうと、化学物質などについてもずいぶん勉強したそうです。そのときに得た知識のひとつが、「化学燃料の焼けるにおい」。確信はもてないが、自身のいるビル(おそらくエアダクトから)内に、上記のにおいをかすかに感じたことが、本能への働きかけになったのだろう、と後々回想をしています。勉強を突き詰めた結果、得た感度(センス)のようなもの、それによって彼は救われたのだと、認識しています。
エレベータを待っていたらなかなかこないので思案していたら、近くの荷物用エレベーターがドーンと開いたので乗り込み、そのまま40階へ。開いた扉の目の前が運良く非常階段口だったのでそのまま下降。大勢の人が一気に脱出を始めたが、誰一人状況を把握している人はおらず、少なくとも彼の周囲はパニックに至っていなかったのです。
冷静に脱出した彼が空を見上げるとビルから煙が。警察や消防隊員に現場から立ち退くよう指示があったのでひたすら徒歩で北上した彼は、約10分後に背後で倒壊するビルを目の当たりにしたそうです。
同僚や知人を大勢亡くしたこの体験でしばらく彼は無口になりました。数ヶ月たってその重い口を開いたそのとき、生死の選択はいつどこにあるのかわからない、その選択の中で自分がまだ生きていることを大切に思いたい、というようなことを言っていました。
2003年9月、私はグラウンド・ゼロ(WTCの跡地)の近くを訪れました。グラウンド・ゼロの周囲は、決して記憶からは消せないすさまじい瞬間の爪あとがそこかしこに刻まれているようです。文明都市と今そこにある危機。私たちの平和は、大きくて分厚い見えない壁を乗り越えなければ得られない、そんな宿命すら感じてしまいます。