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夏目房之介の「で?」

彦根講演「平凡寺と「我楽他宗」」(7)

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1314 写真13 「夜の本堂」 大正107月   写真14 陽物(「人の世を 絵ときをすれば へちまかな」平凡和尚

写真13の「夜の本堂」、どうもこれが屋根裏部屋と称するものではないでしょうか。天井が低く、やたらめったら何か貼ってある。お堂とか神社にお札を貼っていますが、それと同じ伝でお札を貼ったものだと思います。いろんなものが転がっていますね。髑髏系が多い。これは多分ニューギニアとかの偶像だと思います。(画面を指差しながら)このぶらさがったボール状のものは、なんか覚えがあります。なんか入れるものでしょうね。いずれにせよ、よく分らないですね。怪しげな臭いがします。絵馬のようですがこれは仏像でしょうか。大正10年の「夜の本堂」。まあこういうような所にいたんです。確かにここに夜入ると、なかなか普通の気持ちではないでしょうね。いわく言いがたいでしょう。タダモンじゃないことは確かです。

また一方でセクソロジーと言いますか、性科学と言いますか、そっち系でも有名だったらしいです。写真14は、あんまり昼間っからお見せできる写真じゃないですけど、たくさん集めていた。この手のものは戦争の時に全部なくなってしまったという風にうちの親は言っておりました。ただ娘ですから、父親のこういう側面はあまり見せたくないというのがありまして、僕がもらったなかにもある意味非常に興味深いものがありました。セクソロジー、性科学系のものですね。絵巻物だとか。

僕が見たなかで大変なものは大磯におりました伯母が持っていたもので、小林清親の直筆の危ない絵のほうですね、陽物(ようもつ)モノですね。伯母に見せてもらったことがあります。「そのうちあなたにあげるわよ」と言ったっきりでしたね。ああいうものは、その場でもらわないと、まず実際にいただけることはないでしょうね。この写真を見ると、道祖神もあるだろうし、祭りに使うようなものもあるだろうし、土産品に近いようなものもあるだろうし、そういうものがあったんでしょう。ごく小さいものは今僕も少し持っています。以前、「芸術新潮」という雑誌に一部紹介したこともあります。

写真葉書に「人の世の絵解きをすれば糸瓜かな 平凡和尚」と書いてありますが、意味がよく分りません。一般的には糸瓜があらわすものは男性自身でしょうが、他に意味を重層させていたのか分りません。そもそも平凡寺の性思想そのものが、どういうものだったか分らないんです。

平凡寺は、日記など文章も色々書いていますが、本として出版されたものはないと思います。この手書きの本は『吾輩も猫である』。途中で終わっております。飽きたんじゃないかと思います(笑)。要するに大好きだったようです、夏目漱石が。「吾輩ハ猫デアル」じゃなくって「我輩モ猫デアル」。それが僕は気に入ってこっそり持って来ちゃったんですね。それでいまだに持ってる。

中を見ると、字うまいです。直筆ですからね。印刷じゃないんです。暇って言うかなんて言うか。この人の日記は基本的に「吾輩ハ禿筆デアル」とか、それ系の名前でずっとあるんです。一部は荒俣宏さんが解読していて、戦前の日記は僕の所にある。ところが孫が“不肖の孫”なので読めないんです、達筆すぎて。だれか読める人を待っている状態です。荒俣さんに会うたびに「荒俣さん、ウチにあるんですけど」というと「ああ、是非見に行きます」と言ったきり来ないんですね(笑)。十年間くらいそれが続いています(笑)。あの人も忙しい人なので、連絡くれると言ったきりです。[註 現在、彦根講演でもお世話になった近江郷土玩具研究会の藤野滋さんが解読中]

先ほどの性の話ですが、「趣味と実益」の記事の終わりのほう、応答形式で〈男女観並に性の問題に関する和尚の持説〉というものを聞いてるわけです。それに対して甲が〈性に関して彼は一家の見を有して居るらしいが、世上の誤解を招ぐ虞れがあるから、詳しく説くのは止めて置かうよ〉とすかして、それで終わっちゃってる。なんだよっていう話ですけど、当時としては仕方ない。確かに相当誤解を受けるであろうと思います。

この当時の性思想は、僕も詳しくはないですけれども、近代化して科学というものが入ってきて、性に対する見方が変わって来たんですね。なおかつそこに江戸時代から通じている漢方思想、東洋思想に道教が入ったような性の思想が元々ありましたからね。あるいはもうちょっといくと密教系のもありましたけれども。その流れと、江戸趣味のアレンジみたいなものの近代化形態があったんじゃないかという風に僕は思っています。非常に興味深いものですが、いかんせん残ったものがない。これは分りようがない。しかしこれはこれで日本の近代の思想史上のひとつの課題であろうと思います。

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