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ピアニストが暗譜する その2つの理由(1)

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「何故、暗譜するのだろう」という妹尾さんの記事
ピアノを習っているときは、必ず暗譜させられたし、クラッシックのピアニストで暗譜していない人はいない。なぜか?という疑問。よく分かります。
 
ピアノは、音大受験やコンクールでは、暗譜であることが当然のように義務づけられています。
また、演奏会でも、よほど複雑な現代音楽でもない限り、たいていは暗譜で弾くのが一般的です。
 
暗譜技術は、子供のうちにある程度身につけておくと良いので、レッスンではどんな曲でも、最後は暗譜で間違えずに通すことができるように訓練されています。だから、意外なことですが、仕上げに譜面を見て弾くことはあまり追求されていなかったような気がします。
 
以前、音大のピアノ科教授のレクチャーがあり、時間もあまりなかったことから譜面を見てもよいという条件で、急遽テーマ作品の演奏を引き受けたことがありました。
 
ソロで譜面を置くのは初めての経験でした。
 
だいたいは暗譜しているからと、安心して弾き始めました。
ところが、演奏中、一瞬目を離して再度譜面を見たところ、見るべき場所を見失ってしまい、ものすごく動揺、頭はパニック、心は音楽どころではありません。
これはダメだとその場で見るのを諦め、途中からは無我夢中で最後まで暗譜で弾いてしまいました。
 
・・・・もう、こんな怖い思いはこりごりです。
 
「見るなら最後までしっかり見る、見ないならきっちり覚えて暗譜」なのだと思い知りました。

また、その時気がついたのですが、ソロ演奏で譜面を見ながらソロ的なイマジネーションをかきたてて没入するのはかなり難しく、どこか客観的要素の多い演奏になってしまうのです。
 
簡単に言うと、心がのってこない。そんな気がしました。
 
暗譜は、ただ譜面を覚えるだけではなく、音の響き、身体の動き、心理的な感情の動き、ニュアンスや空気感の変化なども含めて、それら全てを記憶することではないかと思うのです。
 
練習で覚えた身体の動きというのは、いざというとき万が一頭が白くなっても勝手に動くことがあるくらいで、常に手元を見ていなくても弾けるようになります。
 
それでは後半についてはまた明日書こうと思います。

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