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Facebookは5~8年で消えるという予測に関する考察第三章 webの発展、それは考古学史に残る銅鐸の消えた謎の理由にさかのぼる。

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第三章 本文

さて、ながらく結論を書かなかったが、Facebookは5~8年で消えるという予測に関する考察第三章に入る。

原稿は、当初より全文書いていたものであった。


webの発展、それは考古学史に残る銅鐸の消えた謎の理由にさかのぼる。 

荒唐無稽なようだが、実は単純な人類学的な人間の嗜好→行動→人気→使用→文化を説明する。


考古学史に残る謎というものがある。

銅鐸の消えた謎の理由である。

これを長くなるので、はしょって説明する。


ネット上で大変深い考察のぺージに到達できた。注:カッコ内は著者のつけたもの

出展
http://blog.goo.ne.jp/isaq2011/e/70c86ebe3af38b42d918904a3faf2096



......中略、 


後漢末(日本では弥生後期)になると、東アジアに大きな変革をもたらす初期道教(天師道)が登場する。

時の政権からは邪教とされるが爆発的に普及し現代の易だけでなく干支(えと)、風水(縁起の良い 方位)にまで残る影響となる。

これによって、それまで神宝であり祭具であり呪具であった銅鐸(お告げの一方的配信 web1.0)から、

初期道教が二種の神宝とする鏡と剣に一変する。


これはまさに、初期道教の医療に関する符呪祈祷が、支配層から庶民に至るあらゆる階層から圧倒的な支持を得たことを意味する。


そうした現象の理由は明白で、


それまでの天地神・自然神に豊穣や安全を祈願するだけではなく、

生きた人間に現世利益(破邪・駆邪・武運・病気治癒)をもたらす点で革新的だったからである。

 私の推論をいえばこうである。

 『三国志』が鬼道と書いた張魯の天師道は、医療を主眼とした巫呪祈祷で民衆の支持を集めた。古代における医療は直接的に生命にかかわるから、これが民心を集めただろうことは容易に察しがつく。そうしたことから、倭国の勢力拡大と進出事業の効果的な戦略ツールとして、三角縁神獣鏡とセットで、医療符呪ともう一つの側面である祭祀儀礼様式が全国に拡散したのではないか。

http://blog.goo.ne.jp/dogs_ear/e/913dd2718fd92146b3c32309f2028723



そのための神宝であり呪具が鏡と剣だったのである。 (相互的で実利がある web3.0)



上層のシャーマンの使う神宝であり祭具であり呪具であった銅鐸から、

生きた人間に現世利益(武運・破邪・駆邪・病気治癒)をもたらす呪具が鏡と剣に変わったのである。

庶民に圧倒的に支持されるものへの変化である。


(これは日本の皇室の3種の神器が鏡と剣と勾玉であり支持された統一国家成立とも通じる)

そういえば上流層だけの仏教だった天台宗から、

「南無阿弥陀仏なんまいだ」を言うだけで極楽に行けるという実利をうたう浄土宗になって仏教の普及は爆発した。

そう、現世利益(武運・破邪・駆邪・病気治癒)武運は金運に通ずる。


つまり、実利であり、これが加わらないものは本質的な拡大発展はないのである。


web3.0はこれが必要となる。そうであるし、その新しい方法が必要なのである。

所詮、限られた圧制が引かれていた民主化がこれからの国々以外は実利がないFacebook(web2.0)は拡大発展の素養はないといえる。


出展

http://yamatai.cside.com/tousennsetu/doutaku.htm

銅鐸は、大きなベルのような形状の青銅器で、祭器の一種であったと考えられている。 

出土する地域は、近畿地方を中心に広く分布しているが、ほとんどの場合、居住地から離れた地点に意識的に埋められた状態で発見される。 

また、銅鐸は、銅剣や銅矛に匹敵する弥生時代の代表的な製作物であるが、

『古事記』『日本書紀』などの古文献には、全く登場しない謎の青銅器である。 

畿内の銅鐸は、二、三世紀の、弥生式文化の後期に、もっとも盛大となり、しかも、突然、その伝統を絶つ。 


第二章 実利が伴わないFacebookの欠点と日本での限界についでだが、

 後漢末(日本では弥生後期)になると、東アジアに大きな変革をもたらす初期道教(天師道)が登場する。

これによって、それまで神宝であり祭具であり呪具であった銅鐸から、

初期道教が二種の神宝とする鏡と剣に一変する。


これはまさに、初期道教の医療に関する符呪祈祷が、支配層から庶民に至るあらゆる階層から圧倒的な支持を得たことを意味する。

そうした現象の理由は明白で、それまでの天地神・自然神に豊穣や安全を祈願するだけではなく、

生きた人間に現世利益(武運・破邪・駆邪・病気治癒)をもたらす点で革新的だったからである。

そのための神宝であり呪具が鏡と剣だったのである。 

つまり実利である。 

ここまで書いてわかったと思う。 実利の伴わないものはブームであり、ブームは一過性である。

上記のように銅鐸から、実利の伴った物に変わられるというとが言いたいのである。

荒唐無稽な展開論だと思われるだろうが、案外人間の世の中はこういう単純な理由で動く。

Facebookの人気が物語る。あなたはFacebookにアカウント持っていますね。


 じゃ、今使っていますか? アカを残しているだけでしょう?。だからこういう決算が出る。


「米フェイスブック、5900万ドル赤字 7~9月期決算」(朝日新聞)
「フェイスブックが赤字決算 7~9月期、2四半期連続」(北海道新聞)
「フェイスブック 赤字決算 2四半期連続で」(スポーツニッポン)
「フェイスブック、47億円赤字・・・開発費膨らむ」(読売オンライン)
「フェイスブック、7~9月期も赤字に 2四半期連続」(MSN産経ニュース)
「フェイスブック 47億円の赤字」(NHKニュース)

Facebookの株価と決算報告が物語っている。予想されたことである。

売り上げは伸びた。が、内容は悪い、

その為株価は一時急進したが、寄り天状態になっている。窓までであり、埋められそうもない。

おまけに窓から上にはしこりが20億株近く待機している。チャートは最悪といえる。


もう、Facebookに代表されるWeb 2.0 から、Web 3.0 への変革の時なのである。

米フェイスブックを売却して約800億円の利益を得たピーター・ティール

 「Facebook」に改名する前の2004年から付き合いであたった人物が売り抜けた意味は小さくない。


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