白船社長のアートコンセルジュブログ
ビジネスをアートする?!社会をアートする!?コミュニケーションアートから見た時代の新潮流
今年のテーマを漢字一文字で表現すると「砥」。
ずっと見守ってくれている大先輩から「アートの会社がここまで来れたのはホント奇跡だなぁ」と言われ、本当に奇跡だな~と、新年からちょっと不思議な感覚になりました。それでも創業からの予定としては、やっとここからスタートという感じ。
そんな今年は、Communication Artという考え方で広がっているさまざまな活動を、仲間と共にどう磨いていくのかがポイントになると思ってます。そのためには、まずは私自身がより集中力とエネルギーを高めて、ひとつひとつを磨くこと。
今月も早速いくつか大きなワークショップが予定されているので、気合いが入ります。
その中のひとつが、世界の30カ国の国を代表する若手リーダーが集う「世界青年の船」(内閣府の事業)においてEGAKU Workshopの実施。船に乗船する前からはじまるリーダーシッププログラムの一環として開催することとなりました。リーダーシッププログラムの一環として、船に乗船する前に、自己との対話を深め、お互いを深く知るというのが目的です。
通訳はつきますが、さまざまな文化を背景に持つ若者に、安心して参加してもらうためには、いつもより丁寧なイントロダクションが必要だと感じています。また日本語のコミュニケーション感覚ではなく、英語のコミュニケーション感覚(?)で簡潔な言葉を選びたいところ。
参加者は40数名、バーレーン王国、ペルー共和国、エジプト・アラブ共和国、インド、ブラジル連邦共和国、ロシア連邦、スリランカ民主社会主義共和国、トルコ共和国、スペイン、カナダ、ニュージーランド、ベネズエラ・ボリバル共和国、そしてもちろん日本。どんな作品とコミュニケーションが生まれるのか、すごく楽しみです。
数年後には常に数カ国でEGAKU Workshopが実施できるようになっていたいですね。言っちゃった、笑。
ちなみに写真は昨年の11月、スラムの子どもたちにアートを通して未来に希望を持たせ、たくさんの素晴らしい人材を輩出し続けているManchester Bidwell Corporation の代表、ビル・ストリックランドさんとのショットです。
彼の歩んできた40年以上の道のりは、想像を越えた強い意志が生み出す、奇跡の連続だったのだろう思います。私の誕生日前日だったこともあり、彼の美しい瞳と佇まいと共に勇気をプレゼントしてもらった気がしました。
まだまだ旅ははじまったばかり。今年もどんな奇跡が繰り広げられるのか、仲間と共に楽しみながら歩んで行きたいと思います!
※写真は右からIOCA事務局長&戦略コンサルタントのみずきちゃん、The Berkana Instituteのボブさんとその奥様のスーザンさん。
現在、東大医学部のGlobal Health Leadership Programにて
描くワークショップを導入していただいています。当然、授業は英語。通訳というより一緒にファシリテーションしてくれる仲間と一緒に日本語と英語でちゃんぽんの授業。
日本語は通常より、シンプルで明快に話すことがポイント。
日本語では一言で言えることが、英語だと長いセンテンスになってしまいます。
また英語では、私たちの考える「描く」に適した言葉がない!
言語の特徴にひも付いている、それぞれが持つ思考回路と感受性を、実感することができました。
「夢を描く」「未来を描く」そして「絵を描く」のすべてをPaintingやDrawingでは表現しきれない。
「描く」とはピーターセンゲのU理論で言うところだと、
「Seeing with fresh eye」でもあるし、「Presencing」も体験するし、
「Crystalizing vision and intention」にもなるし。
グローバル化の波の中で、日本発の「EGAKU」が
「SUKIYAKI Song」や「Mottainai」に匹敵する日が来るかもしれません。(笑)
神経科学者である岩田誠氏の著書「見る能・描く脳~絵画のニューロサイエンス」(東京大学出版会)は、コミュニケーションアートのプログラムで起こっていることを、的確に解説してくれているところがあり、とても興味深い。
「視覚情報から始まる思考の過程、あるいは視覚情報を作り出す行動をを生み出す思考の過程は、視覚的思考と呼ぶことが出来る。・・・絵を見る、あるいは絵を描くといった絵画活動は、この視覚的思考の中でももっとも重要な部分である。一般的に思考とよばれる精神活動には、なにが問題なのかを見つけ出すタイプの問題発見型思考と、与えられた問題を解くタイプの問題解決型思考とがある。視覚的思考としての絵画活動にもこの両面があり、絵を見る場合にも絵を描く場合にも、この両者は同時に作動しうるものである。・・・」
鑑賞ワークショップは、彼の言葉を借りると、下記になる。
「描かれたものが与えてくれる視覚情報を懸命に分析し、自己の視覚体験で得られた視覚的記憶と対照するとい精神活動が営まれることになる。また絵を見る多くの人びとは、画家がなぜその絵を描いたのか知りたくなり、これについてあれこれと想像をめぐらせる。これもまた問題解決思考のひとつである。また、目の前に見るキャンパスのなかに、どれまでの自分の知識のなかにはなかった何ものかを発見すことも少なくない。・・・それは見る人びとの新しい視覚体験となり、その人の脳内に蓄えられている視覚世界を拡大していくことになる。これは問題発見型の思考である。」
まさにこれはコミュニケーションアートのワークショップの中で起こっていることだ。
アーティストの作品を鑑賞する場合は、そのアーティストの表現した世界が思考を広げるものであれば、より普遍的で広義な問題解決思考と問題発見思考が働く。今のところその観点からくにさんの作品を使用することにしている。また、自分の作品を鑑賞する場合は、自己に対しての問題解決思考と問題発見思考が働く。そして他者の作品鑑賞の場合は、社会において共に生きるヒトから刺激を受けた形での問題解決思考と問題発見思考が働く。
そして描くワークショップについては、彼の言葉を借りると下記になる。
「描く側の画家においても、なにを描こうかという問題発見型思考と同時に、それをどのように描くかという問題解決型思考が要求されることはいうまでもない。さらに、これらの二つのタイプの思考は、互いに独立したものではない。問題を発見すればそれに対する回答を探す必要が生じるが、問題解決の途中で新しい問題を発見することになるということも少なくない。また、発見した問題の解答を見出すことができた場合にも、そこから新たな問題発見への道が生まれる。このように二つの型の思考は、お互いに重なり合い、連環となって繰り返されていく。」
私たちのワークショップを体験した人の多くは、その一端を体験し、時に驚き、時に戸惑う。そして日常に埋没していた思考が開かれていくという体験をする。
ただ、単純に描き、鑑賞すれば、視覚的思考が活発に起こるとは限らない。
「この連環の過程が、絵画表現であるが、問題発見にしても、問題解決にしても、すでに自己の知識として蓄えられている問題を発見できるだけであったり、すでに自己の知識のなかにある解決方法によって問題を解くことしかできないのが普通である。そのため、多くの場合、この表現連環は自己の知識体系のなかから外に出ることができず、途中で行き詰ってしまう。そうすると、そこでこの表現連環が途切れてしまい。視覚的思考が止まってしまうのである。自分のすでにもっている視覚体験の中だけでしか絵を見ることができない人びとは、自己の知識の範囲内でそのキャンパス上になにかが描かれているかが理解できないと、新しい視覚体験を与えてくれる絵の前から立ち去ってしまう。すなわち、問題解決にも、問題発見にも至らずに、視覚的思考の連環が途切れてしまうのである。これは日常的に繰り返される現象であろう。それでも、われわれの日常生活において、自分の脳内にある視覚世界がうまく機能していると感じている限り、絵を見たときの視覚的思考の連環が途絶えたとしても、それほど大きな意味はない。」
まさにこれが、今まで私たちの日常の中で、絵画が本来持っている役割を、享受できない理由かもしれない。そして、絵画展では、解説を読んだり、聞きながら絵を見るという便利な習慣も、その視覚的思考を邪魔している可能性もある。
最後に、私たちのワークショップが機能している理由とそれが創造性に繋がることが下記に書かれている。
「しかし、絵を見るという、はじめに視覚対象が与えられる場合と異なり、なにもないところから出発しなくてはならない絵を描く場合には、視覚的思考のこの連環を閉じてしまっては、新しい視覚体験を生み出すことができなくなる。画家にとっての表現とは、なにを描くか、どのように描くのか、という問題に対する視覚的思考の連環であり、それが意識されねば、キャンパスの上には何も現れてこない。視覚的思考の連環を生み出し、これを保持していくことは、創造性とよばれる。」
今回は、コミュニケーションアートのワークショップに直接関係した部分を抜粋したが、まだまだヒトの脳と描く・見るの関係についてのネタは満載の書籍だ。
最後に、画家たちは神経科学者たちに先んじていたことを実感するという下りがある。
「デカルトにとって、見るということは、眼球通った光が松果体に達することであり、網膜の光感受特性に思いを馳せることは想像だにできなかった。これと同様に、十九世紀末から今世紀初頭にかけ、多くの独創的な画家たちが脳の絵画を形造っていたころ、脳における視覚情報処理過程がモジュール構造を有するということは、科学者たちには夢想だにできるものではなかった。まして、視覚的記憶の文脈構造や、視覚と体性感覚の結合などという問題に、神経科学の研究者たちが本格的に乗り出してきたのはたかだか、ここ10年ほどのことである。このような事実を目の前にすると、見ること、描くことというヒトのもっともヒトらしい特性を追い求めるにおいて、画家たちはつねに神経科学者たちに先んじていたことを実感する。いいかえるから、視覚的思考という精神活動において、画家たちは問題発見型の思考過程を中心とし、神経科学者たちは、問題解決型の思考を行ってきたといえよう。神経科学者たちは、つねに、独創的な画家たちの轍(わだち)を辿るという、後追いの立場に甘んじてざるを得なかったのである」
なにもないところから想いを描き、鑑賞することを、子どもからおとなまで、誰もが恒常的にできる場があったら、サイエンスの轍となり、ヒトの問題解決力と問題発見力が劇的に進化するかもしれない。
Communication Art という考え方で活動をはじめて10年。
さまざまな準備が整ったこともあり、子ども向けなど社会活動を加速させるために、有志と共にInstitute of Communication Artという組織を立ち上げました。現在NPO法人として申請しています。
そもそもVision Workshopは、次世代を担う子どもたちに
描くことの意味を伝えたいという、くにさんの想いから生まれたプログラム。
IOCAでは、次世代を担う子どもたちに、創造性や主体性、またコミュニケーション力やリーダーシップなどを高めるためのプログラムとして、オトナ(企業)からの支援と共に提供していきたいと考えています。
すでに1月には、目黒区小学校では小学生向けワークショップ、東京大学では日中のグローバルコミュニケーションのためのワークショップを開催しました。
申請中のNPOが正式に認可されるのは今年の6月以降の予定ですが、たくさんの方にご参加いただける、楽しい組織に育てていきたいと思ってます。
Facebookにファンページを開設しました。
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Communication Art と称して、プロジェクトを立ち上げてから、早いもので、10年が過ぎました。
そして、2011年は新たな10年のはじまり。
10年前に、アーティストの発想で生まれたCommunication Art というコンセプトは、私自身も含め、たくさんの人を巻き込むようにして、ここまで来ました。
それは一歩一歩道なき道を進むけもの道。そのスピードは、遅いようでいて、振り返ってみると、とても遠くまで来た気がします。
2002年からスタートしたVision Art は、460作品が生まれました。つまり460人の人がアーティストを信頼し、想いを託したことになります。
Vision Workshopでは、個人・企業・コミュニティ・学校などから、3177作品が生まれ、すべてがアーカイブ化されています。
ただ振り返れば、理解してもらうことは簡単なことではありませんでした。
ビジネスの側面からは、アート活動がビジネスになるのか?ビジネスモデルは?法人やめてNPOにしたらいいんじゃない?効果を数値化できないとね。一方アートの側面からは、MOMAでやりたいのなら文脈が違う。コマーシャルアートと誤解されないようにした方がいいよ。などなど、たくさんの疑問やアドバイスを受けながら進んできました。
NYで開催した展覧会では、「アートはアーティストの自己主張だ、Communication Art なんてよくわからない!」と一喝されたこともあったっけ。
自分たちが持っているすべてのエネルギーを四六時中投入し続ける以外、できることもなく、何度も限界を感じましたが、不思議にやめようとは思いませんでした。
現在は、たくさんの心強い仲間ができ、さまざまな形でCommunication Art が生まれ、楽しんでいる方が増え、本当に幸せなことだと感じています。
そしていよいよ次の10年。これまでの10年で、ビジネス界もアート界も大きく変化しています。次の10年は、もっと大きく変化するに違いありません。
少しだけのプレッシャーと共に、とってもワクワクしています。
みなさんますますよろしくお願いいたします!
Together with an artist Kuni, I founded White Ship ten years ago.
We, White Ship, firmly believe that art can be powerful communication.
We therefore offer the "communication art " program.
When we started,few understood our concapt of communication art.
But over 10 years,we have provided our communication art program to over 3,000 individuals,companies,local communities and schools.
We are so happy,excated and thrilled to face 2011.
最近の私の興味は、ワークショップを英語でファシリテーションすること。
なぜなら、ホワイトシップの周りには、英語で仕事をしている、逆に英語の方が話しが早いなんて方も多くて、外国人の方がワークショップに参加される時、私が英語でばっちりファシリテーションできれば、通訳をお願いしなくてもいいんだよな・・・と思うこともしばしば。
もうひとつは、ビジョンワークショップによって、言語を越えた深いコミュニケーションができたと感じると、逆にもっと言語でコミュニケーションを取りたいという欲求が出てくる。これもまたおもしろい感覚で、もっと自由にコミュニケーションしたい!そんな欲求が高まるのです。これは私だけではなく、ワークショップに参加していただいた方から時折聞く話しですし、今回インタビューさせていただいているHillel Levine氏もワークショップ終了後、お持ちになった感覚です。
逆らえない急速なグローバル化。多くの日本人にとっての英語が、必要なスキルから、欲求としてのスキルに変われば、世界中の人々がもっともっと近くなるはず。そんな訳で、まずは私が、ノリの英語から、なんとかファシリレーションできる英語へとチャレンジを重ねたいと思っている次第です。
まずは年内から来春にかけてグローバルというテーマで、ビジョンワークショップ+αをいくつかトライする予定になってます。ドキドキですが楽しんでトライしたいと思います。
奄美時代の作品は、本当に別ものだった。
私は、一般的な絵画やアート作品すべてが好きなんじゃないんだよな~と、最近やっと言葉にすることができるようになりました。
私にとってのアート作品は、そこに大自然か何か、なかなか触れられない尊いものが「在る」状態。そしてその存在を鑑賞を通して触れることが好きなんですよね。ただ、そこに到達するまで(しない人もいるけど)、作家それぞれに命を懸けた人生があって、そのプロセスに生まれた作品も、それはそれで人間ドラマを見るような感動や学び、そして楽しみがあります。
以前に、ある教育関係の経営者が、「くにさんの作品は絵じゃないんだよ。自然そのものなんだよな。」なんて、さすが1年以上描いただけのことはある!と思わせることを言ってくれたことがあるのですが、まさにそんな感じ。
私自身は、くにさんのマネジメントをしている特権として、そんな何かの存在が現れる状況を日々垣間見て、なんて贅沢な仕事だろうと日々感謝しながら、そんなアートが世の中にたくさん生まれたらいいなと仕事をしている訳なんですが。
話しを戻すと、一村さんの奄美で生まれた作品たちは、まさに尊いものが「在る」状態でした。その存在は、とても都会では出逢えない、まさに奄美の精霊のように感じ。また奄美移住以前の作品が、彼の人柄を感じさせる、まじめで少し無器用な
アーティストはた
彼が画壇に評価されなかったことは、少し辛い経験だったかもしれませんが、だからころ辿り着けたんじゃないかな。そして生きている間に認められなかったのではなく、たくさんの人に支えられ認められながら、ある境地に辿り着いた幸せな画家だったのだと思いました。
今回ひとつだけ残念だったのは、とても混んでいて、あまりゆっくり作品を観れなかったこと。なかなか独り占めって訳にはいきませんよね。それにしても日本の美術館来場者は、すごく増えているんじゃないかな。
『田中一村~新たなる全貌~』は千葉市美術館にて、来週26日(日)まで
富士ゼロックスが運営するイノベーションスペース「フューチャーセンター」に登壇者と
私以外の参加者は、すべて規模の大きな企業の方。アートと
人間の
参加者のみなさんのパワーに触れてとても勇気をもらいました。
『去年より今年、今年より来年みたいに新しい概念と様式ばかりを求めた結果、今や現代美術は完全に閉塞状態で息もたえだえである。これみよがしのアイディアだけの作品が多い。
もうそろそろ頭脳的な創造から、個の肉体を取り戻そうとする生理的な創造に一日も早く帰還すべきではないだろうか。そのことに気づけば、自ずともう一度岡本太郎の書を繙きたくなるはずだ。』
これは画家横尾忠則氏が、故岡本太郎氏の著書「今日の藝術」の再版の序文に寄せたものです。
この文章、「現代美術」を「ビジネス」に、「作品」を「ビジネスモデル」に差し替えると、現在のビジネスにおける閉塞感も表現できてしまいます。
アートの世界は、ビジネスの世界より柔軟で自由だと思っている方も多いかもしてませんが、アートも同じ人間の行為。私も横尾氏と同じような所感を現代アートに感じることもありますし、アートにせよ、ビジネスにせよ、原点回帰する時期になったのかもしれないと感じています。
一方、現在話題のダニエル・ピンク氏の「モチベーション3.0」についてですが、正直なところ、驚くほど真新しいことが書かれている訳ではないと感じている方も多いと思います。
バブルがはじけた90年代に、これからは「心の時代」と称してビジネス書のコーナーに一気に精神諭が溢れた頃に、さまざまな書籍に書かれていたこととベースは変わってない気がします。
人間が生きる上での本質はそう複雑なものではないのでしょう。
ただ、そこで重要なのは、今生きる私たちにわかりやすく編集し、課題解決に向けて力になってくれる言葉かどうかです。そのような視点からすれば、「3.0」という言葉は、とてもキャッチーだと思います。そして、いよいよ切実な課題に対して、リアリティのある取り組みが求められていることを痛感します。
1954年に出版された「今日の藝術」には、こんなくだりがあります。
『いつでも、他人にたいする思惑に重点をおいて生活しているうちに、いつのまには精神の皮が硬くなって、おのれ自身の自由感というものを忘れてしまい、他人の自由にたいしても無感覚になってしまうのです。・・・<略>・・・
藝術の力によって、この不明朗さを、内から切りくずしてゆかなければなりません。藝術はいわば自由の実験室です。実社会で、いきなり貫きとおすということは、いろいろな障害や拘束があって容易なことではありません。しかし藝術の世界では、自由はおのれの意志しだいで、今すぐ、誰にもはばかるところなく、なにものにも拘束されずに発揮できるのです。おもいきってのびのびと踏み出してごらんなさい。そして人間的な自由とはなんであるのか、その喜びをみずから発見すべきです。それは新しい生活への自信となって、明朗にあなたをささえるでしょう。』 (岡本太郎)
この岡本太郎氏の愛情あるアートへのお誘いの言葉の意味は、ワークショップなどを通して実感している方も多いかもしれませんね。
「モチベーション3.0」に興味を持たれている方は、 「今日の藝術」を併せ読むことで、新しい発見があるかもしれませんよ。
書店に行くと、佐藤可士和氏の「クリエイティブシンキング」が平積みになっていて、クリエイティブってなんだろう?どうしたらクリエイティブになれるんだろう?と考えている人がますます増えていることを実感します。
この書籍、クリエイティブシンキングの例がとてもやさしく書かれていて、どんな人もクリエイティブでありうるんだと感じさせてくれます。また、クリエイティブな仕事をしている人間にとっても、そうそう、こういう風に常日頃やっているよな~と無意識にやっていることを、わかりやすく書いてくれています。
ただ、私がこの書籍から読み取ったのは、その裏に隠れているクリエイティブシンキングをパワフルに繰り返す彼の原動力です。なぜそこまで考えるのか?それは仕事だからというレベルを越えて、彼には彼にしかない強烈な原動力があるのだと感じました。
実は、クリエイティビティを発揮するためにまず重要なのは、「考え続ける」「チャレンジ続ける」「繰り返し磨き続ける」ための、その人の中の原動力です。そしてそれをどう自分の中に見つけるかが、最大のポイントです。
では「原動力」を見つけるためには、どうしたらいいのでしょうか?
それは案外単純です。まず勇気を持って自分を表現してみる、それも何度も何度も表現し続ける。そして客観的な自分が、表現し始めた自分をサポートする(※重要!)、認識する、検証する。その繰り返しの中で、少しずつ自分の中にある原動力に触れることができるようになります。
まさにビジョンワークショップ体験していただいている「対話」「発見」「表現」の繰り返しです。そしてその中で、自分の中のクリエイティビティも同時に育っている。というのが、一番健全にクリエイティビティが育つプロセスです。
このプロセスは、スポーツを習得する時と似ていて、細かいポイントはたくさんあるのですが、大きくはそのような流れです。
通常の勉強のように、効率のいい学習方法はありませんがインナーマッスル鍛えると基礎代謝が上がるように、ジワジワとロジカルシンキングの質の向上にも効いてきます。
ちなみに写真は、木に登ろうとしている小学2年生の私@代々木公園へ遠足。私もやってみたい!できるはず!は私の原動力。周りにサポートされている図が私らしい(笑)
たくさんの人に、自分の中にある気持ちを勇気を持って表現し、行動へ繋げ、そうすることの楽しさを思い出して欲しいなと思います。


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