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IT/PCを中心に様々な話題を振り返ることで未来を考える

お疲れ様、古川さん。でも帰ってきてね。

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 先週、もっとも注目されたニュースと言えば、やはりMacintoshのIntelプロセッサ採用という話題なんだろう。各ニュースサイトのページビューでも、関連記事が爆発的な数となったようだ。
 しかし僕が個人的にもっとも驚いたのは、マイクロソフトの古川亨氏(本社副社長兼日本法人CTO)が会社を辞めたというニュースだ

 古川さんは、アスキーがマイクロソフトとの独占代理店契約を失ったあと、マイクロソフト日本法人を設立するためにアスキーをスピンアウト。社長職を成毛真氏に譲ったあとも会長として手腕を振るった……なんて話は、もう当たり前過ぎるぐらいによく知られている話である。

 さて、僕にとっての古川さんとは、とにかくあこがれの人である。マイクロソフトと言えば、インターネットコミュニティからは、一方的に悪の烙印が押されているが、古川さんほど「悪」のイメージから遠い人はない。

 古川さんが「これは凄い!面白い!」と力を入れていたプロジェクトは、必ずしもビジネス的に成功していたわけではない。しかし、テクノロジ好きならば胸躍らせるようなプロジェクトに取り組み、目を輝かせながらそのすばらしさを説く姿は、贔屓目なしに魅力的に見えた。その視線は、単純に技術的に面白いからというだけでなく、どうすればユーザーにとって魅力的なのか。使用者の目線を常に持っていたところも、業界の誰からも敬愛された理由だろう。

 経営に関わる立場ともなると、技術的な詳細を把握するよりも、大まかなアウトラインと重要なポイントを掴んだ上で、俯瞰して物事を見ることが要求されるものだ。あまり詳細を把握しようとしても、人間には時間や処理スループットの制限がある。
 ところが古川さんの場合、とにかく頭の回転が速い。直接話をしていても、どんどん、どんどん、話が膨らんでいく。といっても、他人を無視するような人でもない。他人の意見もすぐに咀嚼して、自分の言葉に置き換えて意見を交わすことができる。そんな人だからだろう。近年になっても、技術的な興味は尽きず、技術者向けのカンファレンスで出くわすことが多かった。

 昔、ラスベガスで行われていたCOMDEX/Fall。ビル・ゲイツ氏の基調講演を聴くためにアラジンシアターの入り口から延々と続く一般来場者の列に並んでいた古川さんを今でも思い出す。本社・副社長になったあとも、WinHECの基調講演の入り口で見かけたり、技術セッションをハシゴしながら、自分の担当範囲だけではわからない細かな内容をチェックしていた。
 一昨年のProfessinal Developers Conference(LonghornのAPIが発表された時)には、カンファレンスが本格的に始まるプレビューデーに、やはくも会場に乗り込んでパネルセッションをチェックしていた。なんとも凄いバイタリティ。しかもカンファレンス費用は自腹で払ったのだという。

 最後にお会いしたのは今年1月、International CESでインタビューした時のこと。日本市場でのMedia Center Editionの失敗について認めた上で、自ら音頭を取ってマイクロソフトの問題点を指摘していたのが印象的だった。
 近年は日本発でマイクロソフトの方向性を見定め、日本のコンピュータコミュニティにマイクロソフトがいかに貢献していくかを考えていたようだ。「WindowsでもLinuxでもいいんですよ。マイクロソフトは市場からWindowsのライセンス料を吸い上げるばかりではなくて、市場に対してきちんとコンピュータ文化への貢献という形で恩返しをしなければならない」と古川さんが話していたのを思い出す。

 さて古川さんはこれから何をしていくのだろうか?

 まだまだ引退には早すぎる。マイクロソフトという枠から飛び出した古川さんのこれからが楽しみだ。
 最近のコンピュータ業界は、現業に忙しすぎ、進歩のスピードが衰えてきたこともあって夢がなくなってきている。しかし古川さんは長い間、ワクワクするような夢を追いかけてきた。そのワクワク感をもう一度。どこかでそのワクワクビジョンを共有したいものだ。

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