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それでもAmazonのダンボールを大きいと言えるか?

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昨日のエントリには多くの反響をいただきましてありがとうございました。

Amazon のダンボールはなぜ大きいのか?

Amazon のダンボールを小さくできるか 

あのエントリはAmazonの内情を知って書いたわけではなく、物流の観点からするとこういう事情なのかな?という切り口で考えてみたものです。他の方のブログを拝見したところ、「ピッキング」という倉庫から荷物を取り出す作業上の工夫からそうなっているのでは?というご意見もあり、大変参考になりました。

『[NS] amazonの嫌がらせ的な分割発送に関する考察』
http://n-styles.com/main/archives/2010/04/06-053000.php

上のブログで紹介されたような梱包・発想の仕方はとても非効率に見えます。Amazonにとって実際に非効率なのか、それとも何らかの理由が隠れていて実はこのやり方がすごく効率的なのか。それはAmazonに聞いてみないとわからないことですが、聞いてもきっと教えてもらえないでしょう。

今日は昨日のエントリを引き継ぎ、Amazonの段ボールが大きいのが非効率に見えるのと同じように、一見非効率に見えることが効率的であるという物流の形を考えてみたいと思います。

国土交通大臣が前原氏になり、横浜港をハブ港湾へすることが検討されているようです。検討?横浜は既にハブ港湾ではないのか。そう思った方もおられるのではないでしょうか。横浜港といえば日本を代表する港であり、国土交通省の港湾取扱貨物量ランキング(PDF)によれば国内3位の取扱量となっています。1位は”世界の首都”名古屋、2位が千葉となっています。

これをコンテナの数で見てみると順位が変わります。世界の港湾別コンテナ取扱個数ランキング(PDF)によれば日本の1位は東京、僅差の2位が横浜、3位が名古屋となります。(以下、神戸、大阪、博多、北九州。)それでいて海外に目を向けますとこのように上位にアジア勢がひしめいています。

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コンテナの取扱個数を比較してみると、東京、横浜、名古屋を足しても釜山に及びません。これはなぜなのでしょうか。まず、釜山には韓国の海外向けコンテナ貨物が集中(約8割)し、日本はいくつかの主要港に分散していると考えられます。しかしそれは当初はその通りでしたが、その後事情は変わりました。コンテナ輸送は集中すればするほど効率化が進んでコストが安くなるという性質があります。そのためコンテナを集中させた釜山のコンテナ取り扱いコストは比較的規模の小さい日本の港よりも低く抑えられています。平成16年と若干古い資料なのですが、東京港第7次改訂港湾計画の基本方針データブックによると「東京港の港湾諸料金は40フィートコンテナ1個あたり、釜山港の約1.6倍」と報告されています。

コンテナ輸送はなぜ集中すると安くなるのでしょうか。巨大なコンテナ船は一度に多量のコンテナを運びます。そのため加速も悪いですし、巨大なコンテナ船の停泊は操船も陸側スタッフの確保も埠頭のスケジュール調整も大変な作業です。ですので泊まって進む、泊まって進む、泊まって進む、泊まって進む、と繰り返すよりも、目的地で1回びたっと止まったら一気に荷物を下ろし、積み、最終目的に直行し、またすべてを下ろすのが効率的です。

そのような巨大なコンテナ船が集まるには巨大な港湾施設が必要ですし、1回の航行で1万個以上のコンテナを運ぶ船が来航するということは1万個のコンテナの置き場所を確保しなくてはなりません。必然的に土地も大量に必要になります。高速に、かつ自動で荷揚げを行うクレーンも必要ですし、コンテナの中身をタグなどで識別しながらどのあたりに下ろしてトラックに運び出させるかというソフトウェア面も必要です。こういった条件を備えた港がハブ港と呼ばれます。

では日本のハブ港はどこでしょうか。東京、横浜、名古屋を押さえて「釜山」がハブ港であるという意見があります。これは上で述べたようなコンテナ船の特性から、積替輸送が主流になっているからです。

 

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大きなコンテナ船が日本中の港を回ってコンテナを集めることは現実的ではありません。そのため、日本の各港はそれぞれに取り回しのしやすい小規模なコンテナ船で釜山に向かいます。それぞれの港から送り出すコンテナは少なくても、釜山に集まったときには大量になっています。また韓国だけでなくアジアの各地から同様にコンテナが集まりますので、大きなコンテナ船は1回釜山を訪れるだけでたくさんのコンテナを積むことができ、上の図でいう最終船卸港に直行することができます。これは非常に効率的です。我々が自転車やバスで最寄り駅に行き、最寄り駅から鉄道で目的地に向かっているのと同じことです。(電車を各家庭に引き回すことの非効率をご想像ください。)ですので日本を発着するコンテナ貨物のうち、アジアで積替輸送される比率は高まっています。

 

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上に貼り付けた資料3点は国土交通省の平成20年全国輸出入コンテナ貨物流動調査結果より引用。

日本の港の設備はとても良いらしいのですが、設備が良くても「停泊する時間がもったいない」という事情から一極集中が生じやすいのです。これにより、日本で作ったものをわざわざ釜山まで持っていって、そこからアメリカに送るという非直送の物流が行われています。何百キロも損をしているように思いますが、価格では安くなります。

では各地から日本の横浜までトラックで運ぶというのはどうでしょうか。残念ながら日本の高速道路は高いですし、ドライバーの賃金も高いですのでコスト高になってしまいます。では各地から日本の横浜まで船で運ぶというのはどうでしょうか。どうやら船の世界では横浜まで運ぶのも釜山まで運ぶのもさほど大きな違いにはならず、釜山の価格優位を埋めるほどではないようです。(香港やシンガポールくらい遠くなるとあまり積替に使われないようです。)

コンテナはその堅牢性から積替の破損を防ぎます。また規格化により自動化を助けます。それにより大型コンテナ船は非常に安いコストで長距離にわたり荷物を運ぶことができますし、自動化された機械で安価かつ高速に積替を行い、近隣のまでフィーダー輸送を行うことができます。

おそらくAmazonの荷物も、すべてが配送センターから家庭まで直送されるということはないでしょう。配送センターから地方の物流拠点までを大型トラックで運び、そこからライトバンや小型トラックなどに積み替えられていくものと思います。その過程の取り回しなどを考えると大きさが何種類かに限定されているほうが積みやすさや運びやすさが高まりますし、小さすぎる荷物は破損や紛失のリスクが高まるでしょう。何種類かの規格化されたダンボールを用いることで、大きなトラックから小さな車両に小分けする際にもそれぞれの車両でどれほどの容積になるかということをシステムで正確に見積もることができると思われます。

反対に考えれば、縦・横・高さの合計値から「60サイズ」や「80サイズ」という識別が行われるだけの一般向けの宅配便業では、実際の箱の形は把握されていないものと思われます。ゴルフクラブのように長いものからダンボールのように直方体に近いものまである中で、体積から計算する理論上のフル積載状態からどれほど安全のためのマージンをとっておけば効率的な運用ができるのか、まったく想像がつきません。あらかじめ自分たちで大きさと形を決めた何種類かのダンボールを使うのであれば、ソフトウェアでギリギリまでの積載効率を追求することも難しくないでしょう。しかしそれもダンボールの種類を増やしてしまえば計算も複雑になりますし、指示通りに運転手が詰め込んだり取り出したりすることが困難になると思われます。

Wikipediaの「兵站」の項目にはこのような記載があります。湾岸戦争の物流を取り仕切ったW・G・パゴニス米陸軍中将は回顧録の中で「混乱を収集するため、たとえコンテナがガラガラになったとしても、1つのコンテナに2種類以上の物品を入れることを禁止した」と書いていたような気がします。Amazonのダンボールは湾岸戦争のコンテナと違って中に何が入っているかラベルで明確に識別できることと思いますが、物流の効率化にかける情熱が時代を巡って同じような現象を引き起こしたという点で非常におもしろいと思います。

1991年からの湾岸戦争では米軍は総計40,000個のコンテナを湾岸地域へ送り、港では中身の判らない半数ほどのコンテナを開封して中身を確認してから陸上の補給線へと送り出していた。このため終戦時に約8,000個のコンテナが中身の判らない未開封の状態で港に留め置かれていた。前線部隊は求めた兵器等がいつ届くのか判らなかったために2度、3度と同じ注文を出して補給能力を圧迫し続け、結局12億ドルの余分な経費と100日分の余分な日数、100万トン分の余分な物資輸送が発生した。12年後のイラク戦争ではコンテナごとにRFタグが付けられていたため、求めた装備等の位置が前線部隊からも明らかとなって重複注文は無くなり、また、輸送部隊が攻撃を受けてもその位置が電子的に追跡されていたので援軍が容易に送られ、失われた荷物はまだ保有分に余裕のある他部隊向けのものが振り向けられるなどの処理が行なわれた。

http://ja.wikipedia.org/wiki/兵站

過去、物流というのは非線形に複雑になる性質を持っていました。我々もお祭りなど混雑したところへいくと迷子になったり喧嘩になったりと混乱してしまいますが、荷物も集まれば集まるほど混乱をきたします。そこにコンテナという要素が持ち込まれることで、物流の複雑さは線形なものになったと言うことができます。Amazonのダンボールは確かにスカスカかもしれませんが、荷物をぎっしりと詰め込むとそこに「混沌」を一緒に梱包してしまうかもしれません。昨日も書きましたが、多少ダンボールがスカスカだとしても混乱の中で何度もトラックが往復することと比較すればエコなやり方であるように思います。

『Amazon.co.jp: 山・動く―湾岸戦争に学ぶ経営戦略: W.G. パゴニス, William G. Pagonis: 本』
http://www.amazon.co.jp/dp/4810380033

『Amazon.co.jp: コンテナ物語―世界を変えたのは「箱」の発明だった: マルク・レビンソン, 村井 章子: 本』
http://www.amazon.co.jp/dp/4822245640/

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