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新人研修とパターナリズム

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平鍋さんのブログでManifesto for Software Craftmanship(ソフトウェア職人マニフェスト)というものが紹介されていました。

動くソフトウェアだけでなく、しっかり作られたソフトウェアを。
変化に対応するだけでなく、着実に価値を付加していくことを。
個人と相互作用だけでなく、プロフェッショナルたちのコミュニティを。
顧客との協調だけでなく、生産的なパタートナーシップを。

ということです。4点目のところが「パタートナーシップ」となっています。(2009年3月11日22:20時点)

これは知らない言葉だな、と思い英語のつづりを確認するために原文を見てみました。

Not only customer collaboration, but also productive partnerships

平鍋さんのタイプミスのようです(笑)。しかしこの偶然から生まれた言葉に深い意味を感じました。パタートナーが「パートナー(partner)」と「パターナル(Paternal)」の造語のように見えたからです。

パートナーはともかく、パターナルという言葉はあまり聞いたことがないという方も多いかもしれません。これは「父親らしい」という意味であり、パターナリズムという言葉は「父親的干渉」や「父権主義」と言われます。

医療の世界においては患者と医者の関係が「パターナリズム」になってはいけない、という主張があります。例えば医師が「とにかくこの薬を飲みなさい」と言って具体的な病状を説明しないということがあります。また、患者が副作用を訴えて薬が飲めなかった場合に「なんで言う通りにしないんだ」と叱ることもあります。これは患者が自分で物事を決める権利を侵害していると考えることができます。もちろん医師は患者のことを心底思ってこういった行動をとります。しかし最近ではこのようなやり方をとらないで患者自身に納得してもらえるよう説明し、患者が合意した上での医療=インフォームドコンセントが普通のやり方になっています。

これは医師が医学に詳しい一方で患者は医学知識が乏しいことから生じる情報の非対称性をきっかけとした問題です。一方で世の中には医師と患者の関係だけでなく情報の非対称性が生じている現場がたくさんあります。職人と弟子の関係のように「人の背中を見て覚えろ」という世界では「とにかくこうやってりゃいいんだ」というような教え方がされることもあるでしょう。そういった世界では弟子は右も左もわからずに技術を学び、いつの間にか職人になっているということの繰り返しが脈々と行なわれています。

前置きが長くなりましたが、最近のIT企業では新人研修を外部に委託することが多くあります。会場の設営や端末の手当てなどは確かに大変ですし、新人相手に教え慣れたプロに任せることの安心感も大きなものがあります。そこである程度「できあがった」新入社員は、現場でも即戦力、いわばパートナーにできますので効率性という面では大きなメリットがあるでしょう。しかしある程度仕事ができるため、周りも手取り足取りは教えないですし、充実した研修を受けたことによる本人の自負は現場の先輩の意見に耳を傾けなくなる原因になるかもしれません。

反対に右も左もわからずに放り込まれると容赦なく「このやり方はおかしい」とか「ソース全部消してやり直せ」とか「俺がこうテーブル設計した理由を言える?」とか、親方から体系的学習とは程遠い指示が飛んでしまうこともあるでしょう。こういったパターナリズムの強いやり方では効率が良くない部分があるのもまた事実です。うっかりすると打たれ弱い人が辞めてしまうかもしれません。

しかしソフトウェア開発も「ものづくり」の一種ですから、こういった親方的指導方法により体で覚える部分が存在するように思います。研修による優等生も良いですが、学んだ知識が正しく定着しているかどうか先輩に検証してもらえないまま、成果物がテスト基準を満たすか否かだけを判断されるのでは技術者として良い方向に成長しているかどうかわからなくなってしまいます。

確かに右も左もわからないところから一通りできるところまで教育をするのは現場にとって大きな負担です。最低限の技術を身につけるまで全社組織がまとめて引き受けること自体は間違っていないでしょう。だからと言ってバトンを渡されたほうの現場がその後も教育を放棄してはいけません。できればその現場でも技術の高い人物と一緒に働いてもらい、習得した知識を正しく使う方法や、誤解しているところを修正していく必要があるでしょう。

また、ソフトウェア職人(=Manifesto for Software)に「よくわからんけどそれはダメ」とか「とにかくダメ」というような怒られ方をされるのもまた価値があることです。そう言った性質の知識、すなわち親方自身も明確に意識できておらず、無意識下で持っている知識=暗黙知は一緒に仕事をしてこそ吸収していけるものだと思います。

このパートナーを促成栽培するやり方とパターナリズムによる教育の良いところを合わせた方式をパタートナーと言ってみてはどうでしょうか。まとめるとこんな感じになります。

  • ソフトウェア開発の基本論を学習し(パートナーとして活躍できる水準になる)
  • 職人級の人物とペアで働き(パターナリズムによる教育を受ける)
  • 神クラスの書いたソフトウェア関係の名著を読む(職人から受けた指導の意味を知る)

3個目はここでいきなり追加しました。自分のレベルが上がり、後から「あの先輩はこういうことを言っていたんだな」と理解できるようになることがあります。暗黙知のまま後輩に渡すのは渡さないよりましですが、自分がしっかりと理解できたら言葉で伝えることができます。そこまでやれたら最高でしょう。自分がどれだけやれているかというと……。教育って難しいですね。

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