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C世代が押さえておきたい「家庭問題」への処方箋

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仕事に没頭しすぎると、恋人や妻、子供との距離が離れがち、一方で家庭を重視すると、本当はもっと仕事や外での活動に没頭したいのに、という不完全燃焼感に悩まされる、こんな「家庭問題」に悩んでいるC世代は多いのではないでしょうか。

※C世代とは:2012年の元旦より、日本経済新聞にて下記の通り紹介された世代を指します。
コンピューター(Computer)を傍らに育ち、ネットで知人とつながり(Connected)、コミュニティー(Community)を重視する。変化(Change)をいとわず、自分流を編み出す(Create)。ジェネレーションC、未来へ駆ける。

かくいう私も、まさにその当事者の一人。P&Gからコンサルに転職した社会人4年目からの殺人的多忙な時期、そしてソーシャルメディアきっかけで活動と交遊の範囲が死ぬほど拡がった昨年後半の2回、この問題と顕在的に直面することとなりました。

このエントリーでは、この「C世代にとっての家庭問題」にフォーカスを充て、どのように対処していけばいいかを、下記の流れで考えます。

■本日の要旨
・C世代ならではの「家庭問題」増幅システムが存在する
・「家庭問題」は、高度成長期の時代背景が産み出した構造問題
・仮想敵を作らず、「集合知」を使ってC世代ならではの対処をしよう

■C世代ならではの「家庭問題」増幅システム
FacebookやTwitterが生活の中に組み込まれ、同じような課題意識を持っていたり、共通のテーマに響きあう人がつながるスピードは、特に去年、加速度的に伸びています。

私の場合で言えば、元々本業のビジネスアイデアのために「ソーシャルメディア」に関する研究・調査のために、様々な分野の人にインタビューを行い、研究会を開催する過程で多くの方と毎日のようにお会いし、そのまま研究会、Facebookと続けることで新たなコミュニティが生まれ、ITMediaで開始したブログ掲載と一部記事のヒットなどにより交遊の幅が多く拡がり、そこから具体的なプロジェクトが産まれ、その過程でさらに多くの人と交わる機会が発生し・・・というサイクルにより、ほぼ毎晩、家に帰らず外で活動するという日々が続きました。

これには、1歳半の息子を抱え、なおかつ時間短縮で独身時代から続けているマーケティングの仕事に従事している妻は大変だったと思います。夕方に息子を保育園からひきとった後、あやしながら夕食を準備し、お風呂に入れ、寝かしつける・・・このあたり、大変な負荷をかけつつ、帰ってくると外での会話でお腹いっぱいになってしまっている自分としては、会話もあまり続ける気力がなかったりと。

さらには、家に帰ってくるとiPhoneなどでちょこちょことFacebookやTwitterを確認し、妻から見れば、折角帰ってきても会話もする気がないと、まあ、愛想をつかされても当然というような状況でした。そして、家庭での雰囲気が悪くなると、さらに外での交流の方に、時間の割き方が偏りがちになる・・・

と、このように、外での活動の加速による付き合いの増加、さらには家庭へのソーシャルメディアの持ち込みなども相まって、家庭への協力や興味・関心が減りがちになるというような、「家庭問題」を増幅する構造は、C世代にとってとても身近です。

上記の私の例では、子供がいる家庭の話ですが、これは、恋人との関係における独身の人、妻との関係における結婚カップルにも当てはまるかと思います。

■直感的には、これは間違っている
一方で思うのが、仕事・家庭というところが融合して、どちらもよく回ることでこそ、本当に幸せになるし、社会としてもいいはずという感覚。これは、自分の幼少時からの経験からもそう思いますし、最初の職場であるP&Gのときの外人の上司、特に優秀な上司達をみていて実感しました。

外人だからとか、P&Gだからとか、そういうことは抜きにして、その当時の上司たちがそうだったという、実体験ベースの話です。

当時、部下である私から見ると、自分の休日や家族の話についてはとてもオープンだし、こちらの話についても、とても寛容。仕事に関する要求には厳しいけれど、そこに「仕事ができなければ家族を犠牲に」というようなニュアンスは一切なく、なにより姿勢として上司自身が家族を大切にしている、ケアしている、関心を寄せているというところがひしひしと感じられました。

そして、だからこそ人間的な魅力も大きいし、グリグリと仕事に打ち込んでいくときに、正しいことをしているなという感覚がある。あの、脅かされない感覚、本当の意味で地に足がついた感覚こそ、大切なのだと思います。

ではなぜ、さきほどの例にもあったとおり、身の回りを含めて、多くの人が「家庭問題」を増幅させる仕組みに巻き込まれてしまうのでしょうか?

それは、現状の日本において、以下のようなことが起きてきたからです。

■「家庭問題」を引き起こす原因は、日本の高度成長期が産み出した構造問題
この構造問題は、下記のようなことを指します。

1:戦後数十年、子育てや家庭と会社での仕事が切り離され分業するというシステムが、経済成長と共に発達し機能してきた

2:このシステムが作り出した「固定概念」が、子育てや家庭に関する問題を「個人対処」させ、「集団知」が介入しづらい環境をつくってきた

3:高学歴化による平均結婚年齢、出産年齢の高齢化が、「独身」「カップル」「子持ち」の3グループを分離し、「家庭問題」をよりいっそう「集団知」から遠ざけた

これらを1つ1つ、みていきましょう。

1:会社と家庭の分業システム
典型的なパターンは、専業主婦化の加速です。戦後日本は、世界でも、そして日本でも類を見ない程、専業主婦化し、かつ、労働人口が都市部に入り、奥さんが自分で子供を育てるというパターンが定着しました。
でも実はこれは時代的に稀有であり、それ以前は、村落や長屋などで、子供同士はみんな集団で遊ぶし、職場と子育てをする場所が物理的に近いから、夫も子供と接する機会が多いし、一緒に昼ごはんや晩御飯も食べるし、奥さんも夫と同じように働いたりするのが当たり前でした(このあたりの時代検証は、まだまだ個人的に不十分ですが、文献やデータを散見するに、間違いなさそうです)。
子供についても、奥さんだけがその世話をするのではなく、幼いころから近所の子供同士で集団で遊び、年長の子供が幼い子供の面倒を見たりしていたわけです。

2:子育ての「固定概念」定着と、会社での「集団知」の発達
こうして、専業主婦という仕組みが一般化し、夫が仕事に出かけ、妻は家で子育てを自分で頑張る、という仕組みが発達すると、経済が発達していく一方で、下記のようなことが起きました。

・C世代の多くが、そうした両親の営みを見て育ち、心境的に否定し辛いものになった

・ドラマなどでの典型的な生活にこうした仕組みが組み込まれており、将来の自分の働き方のイメージに定着した

・一方企業では、仕事の効率を高める仕組みが「集団知」として発達した

企業内での典型例は、営業組織での遅くまでの労働と、そのあとの飲み会というパターンです。これにより、集団での結束が高まり、徹夜してでも成果を上げるというのが定着しました。
会社の仕組みも、こうしたことを後押しし、働く夫が会社で集中して働けるありとあらゆる環境が整っていきました。成果型の報償制度、各種のイベントやキックオフ、オフサイト合宿、数々の研修制度など、数えきれない多くの仕組みが出来上がっていったわけです。

これらの動きが相まって、C世代が成人し、働き始めるころには会社の問題は、発達した仕組みと「集団知」で対処するもの、家庭の問題は妻と個別に考えるものというような構造が、仕組みの面からも、心理的な面からも出来上がってしまいました。

3:晩婚化による「独身」「結婚」「子育て」の乖離が家庭問題をより一層「集団知」から遠ざけた
そして、さらにこの流れに拍車をかけたのが、晩婚化です。全体的な高学歴化や女性の社会進出など複数の要因で初婚の年齢が高齢化し、社会、会社の中で、「独身層」が台頭し、さらに「結婚層」「子育て層」の3つが、年齢的に広範に分布するようになり、互いが分かり合えない、という環境を生み出しています。

例えば「独身層」から見ると、「子育て層」については、「仕事上の集まりなのに、子供の話をするのはどうなの?」とか、とかく捉えがちです。自分自身もそうでしたが、これはよくわかるし、子育ての様々な現実をイメージするのは難しい。

このように、会社での同僚であっても、所属する層が違っていることで、家族・家庭の問題にもバリエーションが発生し、お互いに相談し合えない、即ち「集団知」を発生しづらい環境が増えています。

そして、以上の3つの要素によるトレンドに拍車をかけるのが、携帯電話やメールといったツールの普及です。これによって、週末は連絡がつかない、家に帰ってしまったら連絡できない、といった状況がなくなり、会社や外部での活動が、週末や自宅での時間にも侵食するようになってしまっていったわけです。

かくして、構造的に

圧倒的な会社での集合知 VS 孤独な家庭での個人努力

という、家庭問題を増長させてしまう状況が、構造的に発生してしまうわけです。

では、これを解決するにはどうすればいいか、それは、家族も子育ても含めて1つの社会であり、会社・家族・子育てをすべて、関わる全ての人が集合知で取り組む場にするしかありません。

■仮想敵を作らず、「集合知」を使ってC世代ならではの対処をしよう
ここで具体的には、以下の3つの取り組みが挙げられます:

1.仮想敵をつくらないようにする(対立構造をつくらない)

2.ソーシャルツールを家族・個人に開放し、可視化を進める

3.結婚カップル・子育ても含めて社会全体だよね、という感覚を育てていく

1.仮想敵をつくらないようにする(対立構造をつくらない)
上記に挙げたような社会的な流れや、構造上の問題によって、家族や子育てがないがしろになるというのは、個人が悪いという話ではなく、構造がそうしてきた問題であることを明確に意識すべきです。

例えば「我々はいつも会社に搾取されている」とか、「社会制度は企業優遇で、個人をないがしろにしている」とか、あたかも特定のだれかの悪意によって問題が発生しているようなアプローチは、相対する相手との抗争や憎悪といったネガティブなエネルギーの消耗、あるいは問題の無視・スルーといったことにつながってしまいます。

構造をどう変えていくか、そこにフォーカスする姿勢が、構造によって造られた問題に対処する際は、重要になってきます。

2.ソーシャルツールを家族・個人に開放し、可視化を進める
かなりこれは最近助かっていることなんですが、自分の同僚が互いにどのように子育てをしているかといった点、どのようにカップルでの生活を楽しんでいるかという点などがFacebook上などでオープンになっていくと、会社などで知り合い人同士の会話の中に、こうした部分が意識されるようになります。

そしてさらに、ここに自分の家族が会社での活動などを見る機会が増えると、「いつも家で何かやってる」とか「普段何やっているのか分からない」ということが減ります。そして、「自分の想像のつかない部分に悪い想像を当てはめる」ということが減り、互いの事前情報が増え、会話の機会が増えるはずです。

3.結婚カップル・子育ても含めて社会全体だよね、という感覚を育てていく
これは、仕事柄、多くの子育て世代の方々のイベントに参加して思うところですが、少子高齢化著しい日本において、ライフネット生命の社長である出口の主張

「日本のこれから10年、20年後は、今この場にいる子供達が労働し、税金を納めてくれることで成立していく。だから、この子供達がぎゃあぎゃあと泣いて、それをサポートして育てていくのは、まさに国民全体の責務であって、一部のお母さんや保母さんたちに押し付けておくべき問題ではない」

という話には、本当に個人的に共感する部分が大きいです。

こうしたイベントでは、真剣に議論をしたり、プレゼンに耳を傾ける大人がいる一方で、同じ場所で、子供たちが声をあげて泣いています。ですが、その子供達の泣き声は、上記のような感覚を持っていると、全く気になりません。そして、その子供たちを世話している両親のことを、お互いにサポートしたいという心持ちが増していきます。

そして、これこそまさに、日本がこれからやっていくべきことの縮図だな、と感じずにはいられません。

子供を育てるということの大変さを理解し、互いにそれを全体でサポートしていく、結婚生活が大変な若手がいたら、その生活をサポートしてあげるように互いに相談し、配慮する、それをFacebookやTwitterなども活用し、活発にしていくことができたら、もっともっと、幸せな生活が、多くの人に待っているんだろうな、という想像ができて仕方ありません。

かくして、家族・家庭の問題に、真っ向から取り組んでいくことは、社会全体、そして個人個人をとてもハッピーにする切り口かと思います。

みなさんは、「家庭問題」に「集団知」で取り組むというこのテーマ、どうお考えになりますか?

それでは

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