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改革が必要なのは働き方ではなく『働く』という概念そのもの

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リンダグラットンの『LIFE SHIFT』の影響で100年時代をかなりの年齢まで働く前提で意見百出している状況が見受けられます。

わたしはこれまでギターを弾くとか、デザインをして対価を得るという手に職系で生活を立ててきました。このような仕事は大企業の正社員のような安定性はありませんが、定年無しで働けるメリットがあります。

運の良いことに、こちらのエントリでも触れたように、20代の頃から印税関連の収入を得て、身体的な労働を伴わずに金銭を得られることの大切さを経験から学びました。

昨年まで自分の意識の中には、自分自身が働き続けることしか思いが及びませんでしたが、映画『92歳のパリジェンヌ』を見てからはマインドセットの変更が必要だと認識した自分がいます。

50歳を過ぎれば老眼やら、加齢性の難聴などなど、体力だけでなく肉体の機能的な衰えを感じるはず。

この衰えている感、20代や30代の自分が想像できたか?もしくは若い世代が理解できるか?と言えばそれは無理だと思います。

このような認識があり、前回も書いたようなビスマルクの言葉とされている「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」を思い出すたびにモヤモヤする自分がいます。

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この写真サンフランシスコで昨年遭遇した風景です。最近話題になっているスマートスピーカーの宣伝の前に横たわるホームレスの人々にテクノロジが仕事を奪うというワードを具体化したような思いを抱いて思わずシャッターを切りました。

  • 機械やら人工知能が仕事を奪うけれど、新しい仕事も創出
  • 機械に奪われない仕事はこれだ
  • 50代、60代で転職する時代
  • 人生100年時代、働き方の新常識

こんな見出しが躍る中で大半は身体的な労働を伴う話が大半のようです。

ですが、働きたくても知性・体力な能力が低下して経済活動に参加したくても参加できない、もしくは市場で求められるパフォーマンスが発揮できないときを想定している意見は少なく、参考になるものを見つけることが、今のわたしは出来ていません。

わたしは今年53歳を迎えます。

大正7年生まれの父が国鉄を定年退職したのは53歳でした。

父親が定年後として過ごした年代を自分自身はまさに現場にまみれて毎日を過ごそうとしています。

少し飛躍しますが、人口知能が金融関係の仕事を奪うような事態は着実に進行しているようです。

逆説的ではありますが、こんな時代だからこそ、多くの人がテクノロジを活用してお金やシステムに稼いでもらう方法を見出す時代ではないのでしょうか?

年始にこのエントリを書きました。

このエントリで触れたことや今日紹介したことなど、改革が必要なのは働くという概念そのものなのではないか、という思いを強くしている自分がいます。

少し前にやたらとプログラミングが重要って話になりましたが、そのブームはその後どうなったのでしょう...

この20年ほどの間に提供されたテクノロジは個人に本当に多くの力を与えてくれたと思います。

ですが他方ではUberのような現象で業界が壊滅状態になるような構造変化が起きつつあるのも事実です。

テクノロジに叩きのめされるのを回避し、生き残る力としてのテクノロジ活用をどう進めるか。

この活用を労働と考えても良いのかもしれませんが、少なくとも人生100年時代には「働かざる者食うべからず」このマインドセットだけは捨て去る必要があると思います。(怠惰な人はどちらにしろ苦労するとは思いますが)

自分がこれまで読んだことがないジャンルの書籍に触れる機会がありました。人生を変えるには付き合う人を変えるのが有効と言いますが、接点を変えると得られる情報の変化が起こり、そこから新たな学びや経験が得られるというのは素晴らしいことです。

やはり行動しないと結果は得られない、それに尽きますね。

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