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【正社員無くす論争】まずは生産性低いホワイトカラーに対し、徹底的に管理されているブルーカラー層から突っ込み入れてみてはどうか?

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ここ最近急激にワークスタイル変革についてのネタが登場するようになっています。

昨年の正社員雇用に過度に依存するのではなく有期雇用という制度を取り入れることで企業と労働者双方にメリットがあるのではないかというレポートを卒業研究で書いたのですが、ここ最近正社員なくすという主張が物議を醸しておりちょっとエントリを書いておきたいと思います。

日本においては正社員雇用されて安定した生活を送れるのが一番みたいな風潮で、確かにそこの安定度が高いことを望む事は間違いではないと思いますし、真面目に受験勉強したり資格取得の努力をした結果としてそれなりの待遇を望むのは当然かと思います。

ただ日本型の雇用の問題点はここ最近触れているように、その企業に属して長年尽くすことが前提のメンバシップ型で生活給が組み立てられており、その手厚い報酬は巡り巡って国の負担を軽減するというところでもメリットがある形でした。

男子一生の仕事みたいな言葉を最近はほんと見聞きしなくなりましたが、昭和の日本は男性が稼いで、必要なら奥さんが扶養控除の枠を出ないような形の非正規雇用で稼ぐようなモデルを想定してそこそこ上手く回っていた時代でした。

ただし、第1次産業に多くの人が従事する時代は土地と仕事が密接に関連しており、農家のモデルは第1次産業としても問題も抱えつつも、大家族でフォローしながら生活維持することが可能でした。

それが核家族化した現代においては仕事から切り離されてしまうと一気に隔絶状態に陥ってしまう社会構造に変化しました。その傾向はグローバル経済やらIT化が進んだサービス型社会の経済社会においてより顕著になっていると言えると思います。

前述のように終身雇用を前提としたメンバシップ型は年功を考慮する必要があるだけに、途中退職して社会生活を維持していく仕組みへの配慮や考慮がこれまではなされていなかったというのが正直なところではないでしょうか。

それが、わたしが20歳くらいだった頃のカタカタ職業ブームやらフリーターなどの働き方の多様化と、そういった働き方では日本では死ぬところまでの自分の面倒見ていくことは相当にハードルが高いことが見えてきたこと。

離婚などで一人親で家庭を維持していくようなケースが以前に比べ大幅に増加していること。

介護などの事情で正社員雇用から外れてしまったあとも家庭生活を維持していくことが必要なケースがやはり増加していること。

昭和の一度勤めたら定年まで勤め上げるのが一般通念という時代においては、辞めることがレアケースでしたが、当人が辞めたくなくとも介護などの事情でやむなく退職、それと同時に困窮してしまうのではやはり日本のメンバシップ型正社員制度、この高齢化社会では問題続出すると予想しています。

自分としては日本の正社員信仰は何か行過ぎな感じがしており、自分が病気しようが家族の介護をしようが安定雇用で収入も問題なしがそれは良いのかもしれませんけど、勤め先が変わっても生活を維持できる可能性が高めるという観点から、正社員を無くす同一労働・同一賃金の考え方には賛成する立場です。

また、自分が普段感じるのは日本のブルーカラー層は徹底的に管理されており、中には廊下を歩く速度まで床に書いてあるような職場で毎日数分の無駄も許されずに仕事している人達がいます。その一方で同じ会社に属するホワイトカラー層は高い生産性を実現しようとは到底考えられない状態という乖離が不思議でなりません。

正社員を無くすという話しはジョブ型社会が形成されていない日本においては急進的過ぎると思う方も多いかもしれません。

アメリカほどではないヨーロッパにおいても会社に必要な仕事が無くなれば解雇が出来るのはジョブ型社会が形成されていることは知っておくべきではないでしょうか。

そして米国では従業員が妥当だと感じればいくらでも休暇を取れるようにすべきだという制度を取り入れつつ、ただしほどほどの業績の人には、十分な解雇手当を支払い辞めてもらうという制度を取り入れている会社もあったりします。

ホワイトカラーエグゼンプションを残業無し法案と叩くのも良いですが、介護や家庭の事情などから日本型雇用社会の枠組みから離脱せざる得なかった層を始め、地道に頑張っているブルーカラー層、大手の雇用維持のために下請けとして泣かされている層はホワイトカラーエグゼンプション推進に向けて賛成すべきじゃないかと思ったりする訳です。

また、日本型雇用のレールから一度外れると非常に厳しい這い上がりと崖っぷちでルームランナーを走り続けるような状態が一生続く感じがしており、社会的弱者への補償制度の拡充も考慮も必要という前提で、大手じゃなくても頑張って働けば何とかなる社会と、働く側も自立可能な能力開発を続けるためのワーク・ライフ・バランスの実現が大事なんではないかと思うのです。

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