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今更聞けない『学問のすすめ』>「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」って福沢諭吉の言葉じゃないんですか?

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福沢諭吉の『学問のすすめ』の「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」というフレーズを知らない人は居ないと思いますが、実際に読んでいる方はいらっしゃいますか?

自分も恥ずかしながら、冒頭のフレーズは知ってはいたけれど…というくちでしたが、たまたま偶然に検索して、青空文庫にEPUB版もあったのをこれ幸いと、iPhoneのほうにその場で放り込んで読書する機会を得ました。

概要についてはwikipediaに記載されているのが分かりやすいと思いますが、この『学問のすすめ』実際に読んでみて驚くのは、冒頭の文章はあくまでそう言われているが…という書出しでされどもに続く、賢人と愚人との別などの厳しい指摘に愕然としました。

「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」と言えり。されば天より人を生ずるには、万人は万人みな同じ位にして、生まれながら貴賤(きせん)上下の差別なく、万物の霊たる身と心との働きをもって天地の間にあるよろずの物を資(と)り、もって衣食住の用を達し、自由自在、互いに人の妨げをなさずしておのおの安楽にこの世を渡らしめ給うの趣意なり。

されども今、広くこの人間世界を見渡すに、かしこき人あり、おろかなる人あり、貧しきもあり、富めるもあり、貴人もあり、下人もありて、その有様雲と泥(どろ)との相違あるに似たるはなんぞや。

その次第はなはだ明らかなり。『実語教(じつごきょう)』に、「人学ばざれば智なし、智なき者は愚人なり」とあり。されば賢人と愚人との別は学ぶと学ばざるとによりてできるものなり。

当時小学校の教科書にも用いられたとのことですが、西洋列強や、アジアの国々、日本の役人や市民に対して福沢諭吉の考えが示された本書は、今の時代の表現から見るとかなり過激なところもあり、現在の日本の教育現場でこれを教科書として採用しようとしたらどこまで表現が変更されるのがちょっと見物な気がします。

青空文庫で配布されているものと併読しながら現代語訳の書籍も手にしてみると、理解も早いと思われ、訳文の文体は好みが別れるところなのでアマゾンのチラ見機能や書店での立ち読みをお勧めしつつ、

もう一つの楽しみ方として、青空文庫で配布されているEPUB版、こちらがベースとなっているそうで

底本:「日本の名著 33 福沢諭吉」中公バックス、中央公論社
底本の親本:「福沢諭吉全集 第三巻」岩波書店
初出:「学問のすすめ」

残念ながら『学問のすすめ』への批判に対して書かれたという「学問のすすめ之評」という弁明の論文はEPUB版には掲載されておらず、この他、岩波版に書かれている小泉信三氏の解説は理解しやすく、福沢諭吉への興味を沸き立たせてくれる文章となっており、こちらの併読も是非お勧めしたいところです。

『学問のすすめ』が明治初期に書かれたのはすでにご存じかと思いますが、時代背景として四民同等の基本成立など大きく身分制度も変わってこれからどんどん新しい事にチャレンジできる環境を活かすために実学の有用性を説きつつも、多くの人の考え方、生き方は昔のままだというところについて痛烈な批判がされている箇所もあり、当時の様子を伺い知るのに参考になる場面多々あります。

昨日紹介した岡本太郎氏の著書は、明治から昭和へと時代は大きく進んではいるのですが、戦後日本が与えられて環境をなぜ活かさないのかという氏の想いや、江戸時代から続く日本人の気質について厳しい指摘がなされている箇所が少なくありません。

時代背景のまったく違う書籍ではありますが、「分限」という表現や日本人の気質についての指摘で同意見と思われるものが多々あり、日本人の気質というのを思い知るという意味で興味をかき立てられました。

また、社会のシステムが大きく変革したなかで、その環境をなぜ活かしていかないのか?という指摘については、グローバル化やインターネット一般化、ソーシャルの普及などに直面する現代においても参考になる記述を見つけることが出来ます。

まさかこういう形で明治時代の書物から刺激を受けるとは思っていませんでしたが、こういう読書機会を与えてくれた、青空文庫とEPUB電子書籍に感謝したいと思います<(_ _)>

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