石原都知事はオリンピックではなく、WTO会議の招致をする勇気はある?
WTO(世界貿易機関)の会議がシアトルで開催された際に暴動が起きたことは皆さんもニュースなどでご覧になってご存知のことと思います。
先週末にこの1999年に起きたこの事件を取り上げた映画「バトル・イン・シアトル」を見まして、登場人物などは架空の設定ながら、基本的なストーリーについては実話をベースとしたもので、いろいろと考えさせられる内容に仕上がっていると思いました。
中身の是非については個々人の判断に任せたいと思うのですが、映画の後半で主人公がこのデモが何をもたらしたのかについて話し合う場面があり、
こんなデモをやったとしても多国籍企業は強大な力をすでにもっていて誰も触ることができないし、こんな事をやってどうなる?
だが、このデモをやったことで問題が存在することを知ってもらうことは出来たのではないか?
↑こんな感じの言葉が交わされるのですけど、やはりこの手の活動の課題はここに集約されると思います。
私たちは石油製品に依存し、世界のどこかで生産されている製品に依存し、金融など経済活動の成果で文化的な暮らしが出来ていますから、闇雲に資本主義を否定することは現実的ではないと考えます。
ただしその資本主義が抱える課題のひとつとして、一部の先進国が自国に有利な仕組みで国際化のルールを定めていたり、特許を逆手にとって発展途上国で生活に困窮し、病気に苦しんでいる人たちに薬品が高価で与えられないなどの問題点については多くの人が、商売優先だろ…という結論を下しにくい問題なのではないか?と考えます。
そして今日発売のNewsweek日本版には、「保険とタバコのおいしい錬金術」というタイトルで、喫煙者だからという理由で加入を断ったり、通常よりも高い掛け金を要求している保険会社が、喫煙者にタバコを売っているメーカーの株で利益を得ているという医学誌の記事を紹介しており、アメリカ型の保険制度を検討しているカナダとイギリスの読者に対して警告を発していると書いています。
資本主義を全面否定する気は更々ないですが、まず企業が儲ける段階で一般生活者がその強欲の餌食になるような商売が増えて欲しくないということ、経済発展も重要ではあるが、強欲になりすぎることにはとても嫌悪感を感じる自分がいて、シアトルの会議や紹介した書籍などでも取り上げられている医薬品の問題など、これだけ騒ぎにならなければ、2001年にドーハで開催されたWTO第4 回閣僚会議で“TRIPS 協定と公衆衛生に関する宣言が行われることもなかったかもしれない事、そしてこれは途上国の歴史的勝利例とされているという事を映画のシーンではないですが、もっと多くの人が知ることで、グローバル社会、経済とどのように付き合っていくのかを考える下地になるような気がしたのでした。
そして、今回この「バトル・イン・シアトル」を見たことで、Youtubeにアップされた報道映像や、外務省が配布しているパンフレットや、こんな壊述記事を眺めながらふと思ったことがあります。
「バトル・イン・シアトル」の最後の場面では、各国で繰り広げられたWTOへの抗議活動の写真などで構成されているのがとても印象的だったのですが、東京都の石原知事はいろいろと発言で物議を醸す方ではありますが、その発言内容の中には日本人は平和ボケしているとか、緊張感が足りないというような趣旨のものが昔あったような気がするのですが、わたしの勘違いだったかな……
もし石原知事が、オリンピックの招致活動ではなく、WTO(世界貿易機関)の閣僚会議の承知活動をぶち上げてみたらどんな事になったのかな?と