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人前で、自己嫌悪に陥ったとかは、もう言わないようにしようっと!?

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精神分析者 岸田 秀氏の「ものぐさ精神分析」から先日、日本人の体験などから来る考え方や行動の仕方についての考察を紹介させていただきました。

あんまり重い話題が連続するのもこのブログらしくないので、ヘンテコネタとのバランスもとらないとって少し焦っているのですけど、ここまで来たついでといってはなんですが、もう1発だけ重ネタお付き合いください(苦笑)

自己嫌悪って誰でも陥るというか、悩むのがかっこいい的な年代ってあったりしませんでした?

それが、運動が得意じゃないとかって話になるとそれが得意な人と自分を比較した場合にどうしても埋められない溝を感じて、茫然自失な状態になったりもしますし、運良く努力とかでなんとかなる事の場合反復訓練なり、そのほかにも反省とか、教訓を得ながら物事に対処していくのはとっても重要と思います。

つまり、自己嫌悪を感じてそこからどうするかが大事ということで考えるしかないのですけど(苦笑)

岸田 秀氏は「ものぐさ精神分析」の自己嫌悪の効用という章で、

自己嫌悪という以上、自分を嫌悪する自分と、自分に嫌悪される自分とが存在する。

「嫌悪される自分」は、現実の自分。それに反して「嫌悪する自分」は現実的な基盤は見つからない。。

すなわち、自己嫌悪は、その社会承認と自尊心が「架空の自分」にもとづいている者にのみ起こる現象である。

その行為は、たしかに自分がやったことには違いないが、そのときの自分は「どうかしていた」のであり、「ついやってしまった」のである。つまり「真の」自分から発した行為ではないというわけである。

本来であればもっと長い解説が書かれているので「ものぐさ精神分析」をお読みいただくのが一番良いのですが、概略としてこんな解説がされておりこれを読んでいたら、

自分の場合もこれまでいろいろ周りの状況に流されたとか、いろいろ失敗を繰り返しつつ、そこからちょっとだけでも改善してきたこと、自己嫌悪は感じても結局そのままにしていることなどが、どば~~っと頭のなかに溢れてくる感じがしてしまいました(苦笑)

44歳とかになると、これからやってもな~~みたいな考え方に流されそうになること多々あったりしますけど、ここはもう少し奮起する機会を増やして、自己嫌悪を感じつつそのまま問題温存している人生ではなく、

ひとつの例えとして、人間死ぬまで勉強だってことが単なるお題目ではなく、常に変化をしていくという事を受け入れて実践することが、人間の生き方にとってほんとにプラスになる考え方だよな…と思ったのでした。

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